第20話 無粋な蛇足
「……どういうことだよイフィー。あいつを倒したら一件落着じゃないのか?」
「そうなるのはベアトリシアが関与していたことだけ、吸血鬼は今もどこかで人間に害を成している筈さ」
「そんな……」
落ち込むアンヘルの額を小突き、イフティミアは微笑を浮かべる。
「お前さんがベアトリシアを、魔城の主を討ったことは間違いなく称えられるべき功績だよ」
「……そう、なのか?」
「ああ、これからは人間も吸血鬼もお前さんに一目置くよ」
不意に言葉を切り、イフティミアは暗い顔で溜め息を吐く。
「新しい魔城の主が現れ続ける限り、ね」
「……は?どういうことだよそれ」
「お前さん、自分で言っただろ。ベアトリシアの父親が血染めの薔薇を蘇らせたって」
「あ、ああ」
「その過程は覚えてるかい?」
「確か禁書を紐解い、て……」
急に黙り込んだアンヘルは青褪めた顔をイフティミアに向ける。
「そう、その禁書とやらがある限り血染めの薔薇は何度でも蘇る。血染めの薔薇を得た者は魔城の主となり、明けない夜を生み出す城を顕現させる」
「……だからアンヘルが、魔城の主を討った実績を持つ狩人が重宝されるのですね」
「ま、待ってくれ。人間はともかく吸血鬼にとって俺はさっさと消したい天敵の類だろ?」
「基本的にはそうだけどね、魔城の主になった吸血鬼が他の連中から嫌われている場合は事情が変わるんだよ」
ジャムクッキーを一口囓った後、イフティミアは言葉を続ける。
「ベアトリシアの討伐を他の吸血鬼たちが邪魔しなかった理由もそれさ。ぽっと出の小娘に魔城を占拠されて憤慨してた連中の顔が目に浮かぶよ」
「つまり吸血鬼たちは魔城の主……ベアトリシアが討たれる時を待ち焦がれていた、ということですか?」
「待つことしか出来なかったんだよ。連中にはベアトリシアを殺すことが出来ないからね」
自分が与り知らない話に頭を抱えていたアンヘルは深い溜め息を吐く。
「……事情はどうあれ、吸血鬼の都合に振り回される気なんて微塵も無いからな」
「良いんだよそれで。お前さんが気にかけておくべきなのは万が一に備えて血筋を残すことくらいだよ」
「血筋を残す、ね」
イフティミアの顔をじっと見つめたまま、アンヘルはぽつりと呟く。
「あんたは立候補してくれないのかい?」
「よしとくれよ。魔女と人間は──いや、魔の存在と人間は結ばれちゃいけないんだ」
「……そう言われちゃ引き下がるしかないな」
アンヘルがあっさり引き下がったことにイフティミアはきょとんとする。
「意外だね、もう少し言い寄られるもんだと身構えていたのに」
「笑い話に出来る失恋ならまだしも、憂うしかない悲恋を経験した女を口説く気にはなれねぇよ」
これまた予想外の言葉に驚くイフティミアをよそにアンヘルは双剣の柄を撫でる。
「クリスは家宝にでもするかなぁ」
「私が契約を結ぶのはアンヘル、あなた一人だけです。他に鞍替えする気はありませんよ」
「そりゃまた情熱的な告白だな」
冗談めかした口調で言いながらアンヘルは肩を竦める。
──そして復讐譚は幕を閉じた。
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