第18話 過ちは過ちでしかなく

 魔城のエントランスホールにアンヘルが入った瞬間、一際大きな音が鳴り響く。


「最後だけあって派手だったな」

「これで全ての封印が解けて赤い薔薇の扉を開けられるようになった筈です」

「じゃあ早速……突入する前に最終確認だな」


 一呼吸置いた後、アンヘルはキーワードを口にする。


「"見通せ"」


 獲得出来る情報の量が増えた目でエントランスホールにあるものを一通り見た後、アンヘルは目を伏せる。


「特に異常なし、扉に追加の仕掛けが施された様子も無し……か」

「後のことは進んでから考えるしか無さそうですね」

「そうだな」


 覚悟を決め、アンヘルは赤い薔薇の扉を開ける。


「ここは……」

「大聖堂の中、でしょうか」


 美しいステンドグラスが飾られた回廊を歩きながらアンヘルは徐に口を開く。


「ギャビーとハリーの結婚を認める時に約束させたんだ。二人で幸せになれ、って」

「しかしその約束は、ベアトリシアのせいで……」

「そうだ、あいつのせいでギャビーもハリーも約束を守れなくなった。そのことを謝りながら死んだ」


 不意に足を止め、アンヘルは双剣の柄に手を置く。


「クリス、俺たちは約束を果たすぞ」

「はい、勿論です」


 双剣の柄から手を離し、アンヘルは両開きの重い扉をゆっくりと開ける。


「まぁ、とうとう来てくださったのね!」


 その先で待っていた美しいドレスを纏った少女──ベアトリシアは満面の笑みを浮かべる。


「ここがゴール地点、お姫様が囚われた祭壇よ」

「……何かご褒美でもあるのかい?」

「勿論あるわ、とっても素敵な贈り物が」


 一瞬で距離を詰め、アンヘルの首筋に触れようとしたベアトリシアの手に激しい痛みが走る。


「な、何……!?」

「お生憎だが、受け取り拒否だ」


 数歩離れた先で困惑の表情を見せるベアトリシアに冷ややかな視線を向けたままアンヘルは双剣を抜き払う。


「……その剣で殺したのね。ダニエルのことも、カーチャのことも、フロリアンのことも」

「次はあなたの番ですよ、女王吸血鬼ベアトリシア」

「ねぇどうして?どうしてそんな酷いことをするの?」


 余りにも無垢な、事の深刻さを理解してないベアトリシアの言葉にアンヘルは表情を険しくする。


「先に酷いことをしたのはお前の方だろ」

「いや、来ないで……助けて、お父様!」


 ベアトリシアの悲痛な叫びに応えるかのように醜悪な怪物が突然姿を現す。


「あれが、ベアトリシアの父親……?」

「森で戦った巨獣と同じです。吸血鬼の眷属となり、元の形を失った成れの果て……それがあの怪物です」

「つまりやることはいつもと同じか」


 双剣を構え直し、アンヘルは地面を蹴る。


「グオオオオオ!」


 咆哮を上げながら醜悪な怪物が振り下ろした右腕を躱し、アンヘルは怪物との間合いを詰める。


「このまま胸を一刺しに……」

「アンヘル、伏せてください!」


 判断が一瞬遅れたアンヘルは怪物が横薙ぎに振るった左腕をもろに喰らい、壁に叩きつけられる。


「がっ……!」

「お父様、その人をやっつけて!」


 醜悪な怪物がじりじりと迫る中、アンヘルは咳き込みながら言葉を紡ぐ。


「……うちの、親父も、それなりの親バカ、だったし、あんたと同じ、経験をしたら、禁忌を破って、いたかも、な……」

「アンヘル……?」

「けど、なぁ!」


 壁伝いに立ち上がるや否や、アンヘルが跳躍の魔法を使って突っ込んできたことに醜悪な怪物はたじろぐ。


「どれだけ!筋の通った!理由が!あっても!」


 その隙を突いてアンヘルは連続斬りを見舞い、最後に踵落としを叩き込む。


「禁忌を破って良いことには、ならねぇんだよ!」


 醜悪な怪物が立ち上がるよりも先にアンヘルは二本の剣を怪物の胸に突き立てる。


「お父様!」

「ベ、アト、リシ、ア……」


 娘の名前を呼びながらかつて父親だったものは塵に変じた。

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