第17話 決して違えてはならない約束

「いよいよだね」

「ああ、次で最後だ」


 テーブルの上に並べられた五つのコサージュを眺めながらアンヘルは温かい茶を一口啜る。


「全ての封印が解けた赤い薔薇の扉を開けた先に何が待ち構えているのか、予測の立てようがありません」

「でも行くしかないんだ。先達の置き土産が無いと分かっていても、誰も踏んだことの無い道だと分かっていても」

「ならあたしはお前さんたちが少しでも楽を出来るような魔法をこいつに施そうかね」


 五つある内の一つ──白い薔薇のコサージュを摘み上げ、イフティミアは笑みを浮かべる。


「どんな魔法を施すつもりなんだ?」

「そうだねぇ、今のお前さんたちに必要なのは……加護の魔法か」

「加護の魔法?何でまた」

「良いかいアンヘル、お前さんがどれだけ強くなってもベアトリシアにここを噛まれたら一巻の終わりだ」


 アンヘルの首筋に指を当てたままイフティミアは言葉を続ける。


「クリスは魔の存在を殺す武器であってお前さんを人間のままでいさせてくれるお守りじゃない」

「故に加護の魔法が、ベアトリシアがアンヘルを噛めなくなる魔法が必要なのですね」

「自分の力不足を糾弾されているようで不服かい?」

「いいえ、適材適所の話だと割り切っています」

「ならこの話はここまでだ」


 アンヘルの首筋から指を離し、イフティミアは白い薔薇のコサージュに加護の魔法を施す作業に取り掛かる。


「……絶対に生きて戻ってくるんだよ」

「おう」

「クリスもだからね」

「分かっています」

「ふたり揃って帰って来なかったら承知しないよ」

「……おいおい、いくら何でも心配し過ぎだろ」

「何言ってんだい、これでも相当抑えてる方なんだよ」


 魔法を施し終えた白い薔薇のコサージュをアンヘルに手渡し、イフティミアは微かに震えた声で告げる。


「さぁ、行ってきな。そしてあたしに言わせておくれよ、お帰りの一言を」

「──ああ、約束する」 

「必ずやベアトリシアを討ち、この工房にふたりで帰って来ます。ただいまを言うために」

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