第16話 虫を侮ることなかれ
「──待ちくたびれたぞ、狩人」
騎士との戦いを何度か切り抜けた後に辿り着いた場所で一人佇んでいた青年は敵意の籠もった眼差しをアンヘルに向ける。
「業腹ではあるが、ここまで生き延びたことについては素直に褒めてやろう」
「そりゃどうも」
「だがその悪運もここまでだ」
険しい表情のまま青年はレイピアを抜き払う。
「貴様の最期はこの僕、フロリアン・インロキュリアが華々しく飾ってやろう。光栄に思うのだな」
「……あー、戦う前に一つだけ良いか?」
「何だ」
「態度がデカい男はレディに嫌われやすいぞ」
一瞬の沈黙が流れた後、フロリアンと名乗った青年は激しい怒りを露にする。
「虫けらの分際で、舐めた口を利くな!」
フロリアンの突撃を抜き払った双剣で受け流し、アンヘルはにやりと笑う。
「そんな怖い顔ばっかりしてると女王様のご機嫌を損ねるぞ」
「貴様ごときにベアトリシア様の何が分かる!」
数度の打ち合いをした後、アンヘルはフロリアンとの間合いを取り直す。
「アンヘル、挑発はそれくらいに……」
「心配すんなって。ドジ踏んで死ぬようなことはしねぇよ、絶対にな」
一瞬で表情を消し、アンヘルは地面を蹴る。
「その名に相応しい不愉快な死に様を晒せ、虫けら!」
先程の発言とはほぼ真逆の内容を叫びながらフロリアンはレイピアを荒々しく突き出す。
「っ……!」
その一刺しを頬に掠めつつアンヘルはフロリアンの背後に回り込み、双剣の一方をフロリアンの背中に突き立てる。
「ば、かな……板金の鎧だぞ……?どうして……」
「この程度の薄い金属で私を防げると本気で思っていたのですか?酷く侮られたものですね」
クリスが蔑みと呆れに満ちた声を発する中、クリスはフロリアンの背中から引き抜いた剣を鞘に納める。
「
「最悪に決まっているだろう……」
地に伏した姿勢のままフロリアンは忌々しげに呟く。
「ああ、ベアトリシア様……申し訳、ありませ……」
言い終えるよりも先にフロリアンは塵に変じる。
「……最後の最後までムカつく奴だったな」
そう吐き捨てるように言いながら塵の上に落ちた白い薔薇のコサージュを手に取った瞬間、アンヘルの脳裏に見知らぬ光景が過る。
「ねぇフロリアン」
「何でしょう、ベアトリシア様」
「わたしとずっと一緒にいてくれる?」
「──ええ、勿論ですとも。僕は貴女様に忠誠を誓った騎士、この命が尽きるその時まで貴女様のお傍にいます」
フロリアンが告げた言葉に対し、ベアトリシアは心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。
「お父様も、ダニエルも、カーチャも一緒。このお城で素敵な時間を過ごすの。ずっと、ずーっとね」
「……夢を見る時間はもうすぐ終わりだぞ、女王様」
ぼそりと呟き、アンヘルは踵を返す。
「アンヘル、イフティミアの工房に戻って態勢を──」
「分かってるって」
懐からペンデュラムを取り出し、アンヘルは転移の魔法を発動させた。
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