第15話 栄誉得られぬ闘技場

「お前さん、また難儀な経験をしたもんだね」

「少しは慣れたつもりだったんだけどな」


 浮かない顔をしたままアンヘルはショートブレッドを囓る。


「……あと一つ、扉の先を攻略してコサージュを手に入れれば赤い薔薇の扉に施された封印が全部解ける。そうすれば、ベアトリシアのところに……」

「油断は禁物ですよ、アンヘル」

「あと少しって時ほど厄介事は転がり込んくるもんだからね」

「それなんだよなぁ」


 肩を竦め、アンヘルは残りわずかとなったショートブレッドを口の中に放り込む。


「だからこいつには看破の魔法を施しておいたよ」

「看破の魔法?」

「隠されたものを見えるようにする魔法さ。目に負荷をかけるから長時間は使えないけどね」


 黄色い薔薇のコサージュを手渡し、イフティミアは微笑む。


「キーワードは"見通せ"だよ。気を引き締めて行きな」


 イフティミアの工房から魔城へ移動し、エントランスホールにアンヘルが入るのと同時に封印の解除を報せる音が響く。


「後はここだけだな」

「……この扉の向こう側からも強い魔の気配が漂っていますね」

「書庫の時は感じなかったのか?」

「はい、不思議なことに」

「常に身構えてるかどうかの差かねぇ……」


 疑問を抱きつつアンヘルが白い薔薇の扉を開けると土埃が舞う闘技場に移動していた。


「いかにもな戦いの場、だな」

「早速敵が来ましたよ」


 ゆっくりと近づいてきた魔の存在──甲冑を纏った騎士は手にした剣の切っ先をアンヘルに向ける。


「良いぜ、相手になってやるよ」


 抜き払った双剣の切っ先を騎士に向け、アンヘルは笑みを浮かべる。

 その振る舞いを合意の表明と見做した騎士は一歩前に踏み込むのと同時に剣を横薙ぎに振るう。


「当たるかよ!」


 その一閃を屈むことで回避したアンヘルが放つ一太刀を騎士は盾で防ぎ、そのまま押し潰そうと力を込める。


「くっ……!」


 このままでは力負けすることを察したアンヘルは低い姿勢のまま後ろに一歩下がり、その影響でよろめいた騎士の鎧と兜の隙間に双剣の一方を差し込む。


「──、」


 致死の一撃を受けた騎士は音も無く地面に倒れ伏す。


「……さすがに強かったな」


 双剣を鞘に納めた後、アンヘルは辺りを軽く見回す。


「早いとこ彫像を見つけるぞ」

「安全地帯を確保するために、ですね」

「今回ばかりは意地を張ってる場合じゃないからな」


 周囲を警戒しながら探索を進める内にアンヘルは目当てのものを見つけ出す。


「これ……大丈夫なのか……?」

「魔除けの結界を張る魔法は問題なく機能しています」

「なら良い……のか?」


 払拭しきれない疑問を抱いたままアンヘルは欠けた彫像に祈りを捧げ、探索を再開する。


「……こういう単純なのが一番キツいんだよな」


 そう独り言ちながらアンヘルは双剣を抜き払い、対峙する騎士を鋭く睨みつけた。

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