第14話 氷と刃のマズルカ

「ようこそお客様」


 扉を開けた先──ダンスホールで待ち構えていたドレス姿の少女は恭しく頭を下げる。


「あんたは……」


 その少女が過去視の魔法で見た覚えのある人物だと気づいたアンヘルは眉を顰める。


「私はエカテリーナ・プリーテン、どうぞお見知りおきを」

「ご丁寧にどうも」

「お客様、あなたの名前を教えてくださらない?」

「……アンヘル・モーリエだ」

「まぁ、天使アンヘルだなんて素敵ね。後程墓標に刻ませていただきますわ」

「お生憎だが、それは出来ないぞ」


 アンヘルの発言にエカテリーナと名乗った少女は首を傾げる。


「だってここで死ぬのはあんたの方だからな」

「……まぁ怖い」


 双剣を抜き払って不敵に笑うアンヘルに対してエカテリーナは冷たい視線を向ける。


「ダニエルを殺したからって調子に乗らないで」


 エカテリーナが伸ばした手の先に現れた魔法陣から氷の矢が放たれる。


「っととと、」


 降り注ぐ氷の矢を躱しつつ、アンヘルはエカテリーナとの間合いを詰めていく。


「激しめのダンスナンバーがお好みかい?」

「減らず口を……」


 アンヘルが余裕を崩さない一方でエカテリーナは苛立ちを募らせていく。


「ベアのところに行かせはしない!」


 エカテリーナがそう叫ぶのと同時に巨大な魔法陣が展開され、そこから巨大な氷柱が落ちてくる。


「クリス、あれを斬るのは」

「無理ですね」

「……じゃあ避けるしかねぇな!」


 跳躍の魔法を駆使して壁際まで下がって巨大な氷柱を回避した後、アンヘルは走り出す。


「そろそろお開きの時間だ」


 エカテリーナが反応するよりも先にアンヘルが突き出した双剣の一方が彼女の胸を穿つ。


「あ……」


 アンヘルが剣を引き抜いた後、エカテリーナはその場に膝をつく。


「……ありがとう、天使の名前を持つ狩人さん」

「え?」


 アンヘルが意図を理解するよりも先にエカテリーナは塵に変じる。


「……あのお嬢さん、どうして礼を言ったんだ?」

「今際の際に正気を取り戻したのかもしれません」

「有り得なくは……無いか」


 塵の中から黄色い薔薇のコサージュを取り出した瞬間、アンヘルの脳裏に見知らぬ光景が過る。


「もう止めてベア!こんなの間違ってる!」

「間違ってるって、何が?」

「人を吸血鬼に変えることよ!」


 エカテリーナが何を言いたいのか理解出来ないベアトリシアは首を傾げる。


「急にいなくなったと思ったらこんな酷いことをして……一体どうしてしまったの?」

「どうもしてないわ、わたしはわたしのままよ」

「だったら何で!」

「わたしはお父様にもらった愛を皆にも分けてあげているだけよ」

「愛、ですって……?」


 驚愕するエカテリーナの手を掴み、ベアトリシアは微笑む。


「勿論あなたにも分けてあげるわ、カーチャ。仲間外れはいけないことだもの」

「要らない、私は、吸血鬼になんて、」


 エカテリーナの首筋に埋めていた顔を上げ、ベアトリシアは笑みを深くする。


「カーチャ、わたしたちはずっと一緒よ」

「……そうね、ずっと一緒よ。ずっと、ずっと……」


「──アンヘル、今度は誰の過去を見たのですか?」

「あのお嬢さん……エカテリーナの過去だ」


 塵の前に跪き、アンヘルは祈りを捧げる。


「……イフィーの工房に戻るぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る