第12話 犠牲者の血は薔薇を紅く染める

「血染めの薔薇が何なのか、だって?」


 工房へ戻って来るや否や、思いがけない物のことをアンヘルに問われたイフティミアは複雑な表情を見せる。


「ベアトリシアの父親がそれを蘇らせたことが過去視の魔法で分かったんだ」

「そうかい」


 暫し黙り込んだ後、イフティミアは徐ろに口を開く。


「……魔女や吸血鬼にとって薔薇が特別なものだって話は前にしたね」

「ああ、膨大な魔力を溜め込めるから特別扱いしてるんだろ?」

「溜め込める魔力が多いってことは強力な魔法を施せるってことでもある。お前さんがあの城から持って帰ってくるコサージュが分かりやすい例だね」


 今回の戦利品である橙色の薔薇のコサージュを懐から取り出した後、アンヘルは問いかけを重ねる。


「……血染めの薔薇はこのコサージュよりも凄い代物なのか?」

「凄い、と言うよりは危険な代物だよ。何たってあの薔薇に施されているのは不死の魔法だからね」

「不死の魔法……」

「正確には吸血鬼の能力を高めて永遠の美しさを保つ魔法だけどね」

「何だそりゃ」

「あの薔薇はとある貴婦人がいつまでも美しい姿でありたいがために作ったものなんだよ」

「そんな理由で……って言わない方が良いか?」

「女が抱く願望の定番だからね、無闇に貶さないのが賢明な選択だよ」


 魔法で温かさと風味が保たれた茶を一口啜った後、イフティミアはふと気になったことを訊ねる。


「そういやさっきからクリスがだんまりを決め込んでるようだけど、何かあったのかい?」

「あー……バカ犬を倒す過程で付いた血のせいで気分が悪いんだとよ」

「洗ってやらなかったのかい?」

「水辺を探してガッツリ洗ったさ。ほら、ちゃんと綺麗になってるだろ?」


 鞘から引き抜かれた双剣をイフティミアに見せながらアンヘルは困った顔をする。


「イフティミア……この不快感を払拭する魔法があるなら私に施してください……」

「お、やっと喋った」

「……お前さんが苦しんでる不快感の正体は吸血鬼由来の穢れだね。ちょっと待ってな」


 そう言ってイフティミアは席を立ち、奥の棚から硝子の小瓶を持ってくる。


「アンヘル、クリスをそこに置きな」

「お、おう」


 言われるままにアンヘルがテーブルの上に置いた双剣の一方にイフティミアが小瓶の中身──澄んだ青色の水を一滴垂らす。


「どうだ?クリス」

「……不快感は消え去りました。ありがとうございます、イフティミア」

「これくらいお安い御用……って言いたいところだけど、ちょっとまずいかもね」

「まずいって何がだよ」

「聖銀で出来た武器であるクリスが自力で浄化しきれない穢れを持つ敵が今後も出てくる可能性が高いことさ」

「……何か対処法は無いのか?」

「勿論あるさ、強力な浄化の魔法を施してクリスに宿る聖なる力を強めるって方法がね」

「施す先は、これか」


 そう呟いてアンヘルは橙色の薔薇のコサージュをテーブルの上に置く。


「じゃあ早速取り掛かろうか」

「魔女って本当に色んな魔法を使えるよな」

「それを取り柄にしている魔の存在だからね。お陰で何度人間にありがたがられたり、恐れられたりしたことか」

「吸血鬼に比べたら魔女は無害な方だろ……」

「その吸血鬼のせいであたしらみたいな静かに暮らしたい連中は相当迷惑してるのさ」

「自分たちで吸血鬼を倒そうとはしなかったのか?」

「お前さんが先達と呼ぶ奴らの中にいたよ、もう我慢ならないと息巻いてあの城に挑んだ小娘たちがね」

「──そうか、すまない」


 俯くアンヘルの鼻先を指先で弾いた後、イフティミアは橙色の薔薇のコサージュをテーブルの上に置く。


「お前さんがベアトリシアを討てばあいつらも浮かばれる筈さ」

「だと、良いんだけどな」

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