第11話 忠犬は化け物に成り果てた

「んー……?」

「どうかしましたか、アンヘル」

「この彫像、今までに見た奴と何か雰囲気が違わないか?」


 暫し黙り込んだ後、クリスが見解を述べる。


「……迂闊でした。これは恐らく吸血鬼が作った複製品です」

「何でそんな物があるんだよ」

「推測の域を出ませんが真新しい状態を見るに、こちらの奮闘を見て用意されたもの……辺りでしょうか」

「ベアトリシアの享楽的な性格を考えたら有り得そうな話だな」

「魔除けの結界を張る魔法はこの彫像にも施されているようなので今までと同じ扱いをして良いかと」

「癪に障るがありがたく利用させてもらうか」


 彫像に祈りを捧げた後、アンヘルは踵を返す。


「……ここからは先達の置き土産に期待しない方が良いかもな」

「そうですね。前人未到の領域に挑む心持ちで行きましょう」


 細心の注意を払いながら森の中を進んでいく内に広場と思しき場所に辿り着いたアンヘルは露骨に嫌そうな顔をする。


「……どう見てもそういう場所だよなぁ」

「お誂え向きにも程がありますね」


 アンヘルとクリスの期待に応えるかのように獣の唸り声が近づく。


「分かりやすく親玉っぽい奴が出て来たな」


 アンヘルが双剣を抜き払うのと同時に巨大な獣が臨戦態勢を取る。


「やる気ならこっちも負けて、ねぇっ!?」


 巨躯に似合わぬ速さで突進してきた獣は跳躍の魔法を用いて空中に逃れたアンヘルを噛み砕かんと大きく口を開く。


「そう簡単にっ!」


 双剣を獣の舌に突き刺し、その痛みで怯んだ隙にアンヘルは獣の牙を蹴って無理矢理間合いを取り直す。


「っぶねぇ……」

「間一髪、でしたね」

「気持ち悪いのは我慢してくれよ、クリス」

「この程度の不快感は許容範囲です」


 地面に転がり落ちた際に付いた土汚れを拭いもせずにアンヘルは双剣の柄を握る力を強める。


「……絶対に喰い殺してやるって顔をしてるな」


 口から血を滴らせたまま巨大な獣は走り出す。


「動きが荒くなってんぞ、バカ犬!」


 鋭い爪で引き裂かんとした獣の攻撃を躱し、アンヘルは獣の腹に十字の傷を負わせる。


「まだまだ元気そうだな……」

「アンヘル、この巨獣は吸血鬼の眷属です。吸血鬼と同じく、銀の刃で心臓を貫かない限り殺し切ることは出来ません」

「心臓、か……」


 一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をした後、アンヘルは双剣を構え直す。


「本当に厄介だな、吸血鬼って奴はよぉ!」


 血塗れになっても尚暴れる巨大な獣の懐に入り込み、双剣の一方で獣の胸を貫く。


「ギャ、ウ……」


 か細い声を上げた後、巨大な獣は塵に変じる。


「やっと……か」


 空から落ちてきた橙色の薔薇のコサージュを掴み取った瞬間、アンヘルの脳裏に見知らぬ光景が過る。


「本当にベアトリシアの病は治せないのか?」

「残念ながら……」


 医者の返答に男は絶望の表情を見せる。


「力及ばず、本当に申し訳ありません」


 深く頭を下げた後、医者は重い足取りでその場から去っていく。


「神よ、妻だけでなく娘まで私から奪い取ると言うのか……」


 残された男は涙を流しながら恨み言を並べていく。


「そんなこと、絶対に許しはしない……」


 ふらりと立ち上がり、男は歪な笑みを浮かべる。


「待っていなさいベアトリシア、お父様が救ってあげるからね」


 そして男は禁忌を破った。

 何処かより手に入れた禁書を紐解き、呪われた花を蘇らせた。


「血染めの薔薇よ!我が娘に永遠の命を与え給え!」


 男の切なる願いに薔薇は答えた。

 病に冒された娘を吸血鬼に変えることで救い、不死を与えた。


「ねぇお父様、わたし行きたいところがあるの」

「ああ、どこでも構わないよ」

「ダニエルも連れて行って良い?」

「勿論だとも」

「おいで、ダニエル」


 名を呼ばれた犬は上機嫌な声で吠え、娘の元へと駆け寄る。


──トランダフィール一家の失踪が世間に知れ渡ったのはその数週間後のことだった。

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