第5話 安息を与える魔女の工房

「──おや、随分と早いお帰りじゃないか。もう音を上げて……ってわけじゃなそうだね」


 工房の主たる魔女はアンヘルの憔悴しきった様子を見て言葉尻を濁す。


「イフティミア、介抱を頼めますか」

「言われるまでもないよ」


 イフティミアと呼ばれた魔女はアンヘルを質素な椅子に座らせ、温かい茶を淹れたカップを手渡す。


「ゆっくり休んで、話す気力が湧いたら教えておくれよ。それまで待っててやるからさ」

「……た」

「うん?」

「何も、分かってなかった。あの城に挑むのがどれだけ危険で、無謀なことなのかを」


 少しずつ、雫を垂らすようにアンヘルは言葉を紡いでいく。


「俺より強い奴は沢山いた筈だ。でも皆死んで、殺されて、人形に変えられて……」

「……アンヘル、繰り返しになりますがあなたのしたことは供養です」

「分かってるよ、分かってはいる……つもりだ」


 茶を一口啜り、アンヘルは深い溜め息を吐く。


「……ああそうだ、イフィーに見てもらいたいものがあるんだった」

「おや何だい?」


 アンヘルがテーブルの上に置いたもの──青い薔薇のコサージュを手に取って暫し眺めた後、イフティミアは徐に口を開く。


「こいつはまた、凄いもんを持って帰ってきたね」

「そうなのか?」

「魔女や吸血鬼が薔薇を特別扱いするのは膨大な量の魔力を蓄えておけるからなんだけど、こいつは格別だよ。解錠の魔法を発動するためだけに使うのが勿体無いくらいだ」

「……他に使い道があるってことか?」

「これから使い道を増やすんだよ。ちょっと待ってな」


 棚から必要な道具を集め、イフティミアは作業に取り掛かる。


「アンヘル、お前さんはあの城から生きて戻ってきた。それだけでも十分凄いのに、お宝まで手に入れたんだ。胸を張りなよ」

「っ……ありがとな、イフィー」


 ようやくアンヘルが微笑んだことに対してイフティミアは安堵の息を吐く。


「さあ出来たよ」

「どのような魔法を施したのですか?」

「跳躍の魔法……まぁ要するにジャンプ力を上げる魔法さ」

「空を飛ぶ魔法じゃないのか」

「人間にその魔法はまだ早いよ」


 残念がるアンヘルに青い薔薇のコサージュを手渡し、イフティミアはにんまりとした笑みを浮かべる。


「キーワードは"跳べ"だ。クリスも覚えておくんだよ」

「分かりました」

「休憩も取ったことだし、そろそろ行くか」

「またいつでも帰っておいで。労いの言葉くらいならいくらでもかけてやるからさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る