第29話 ルティア パート12

 デンメルンク城で卒業式が行われていた頃、人気のいないミレニアム大聖堂には顔をフードで覆い隠し全身を包帯でグルグル巻きにされたルティアをおぶっているケルトとヒーリンの姿があった。

 ルティアはヒーリンに綺麗に体を洗ってもらい傷口にばい菌が入らないように包帯で全身をぐるぐる巻きにされていた。傷は塞がり体力も少しだけ回復しているように見えるが、まだ意識はなく眠っているような状態である。

 ミレニアム大聖堂には、今日は合同卒業式の為、生徒職員教会関係者など誰もいない。



 「ヒーリン、ミレニアム大聖堂に入る入り口にも誰もいないようだな」

 「そのようですね。いつもなら警備の兵が数名いるはずなのですが、全員合同卒業式に参加しているみたいです。これは好機です」


 

 ケルトたちは、最大限の注意を払いつつミレニアム大聖堂に侵入した。



 「お兄様、ミレニアム大聖堂本殿の入り口が開いています」



 ミレニアム大聖堂本殿の入り口はいつも固く閉ざされている。忍び込む人物などいないのだが、一番警備が厳しいのが本殿である。



 「ヒーリン、どうする?このまま進むべきなのか?」



 ミレニアム大聖堂に来たことのないケルトは判断に迷っていた。



 「お兄様、行きましょう」



 ヒーリンは即答した。



 「わかった」



 ケルトはヒーリンの一瞬の迷いのない判断に従うことにした。2人はミレニアム大聖堂本殿に堂々と入り口から入り込む。



 「お待ちしておりました」



 2人が本殿に入ると真っ赤な円形の帽子に純白の祭服を着た小柄な初老の男性が杖を突いて立っていた。その姿を見たケルトとヒーリンは直ぐに跪き頭を下げる。



 「シンシ教皇様、私たちが来ることはわかっていたのですね」

 「そうですね。でも、賢いあなたなら理解してたでしょう」



 ケルトはシンシ教皇の姿を見て驚いていたが、ヒーリンは顔色を変えることなく冷静な面持ちであった。



 「ヒーリン、知っていたのか?」

 「いえ、知りませんでした。しかし、シンシ教皇様のスキル『神のてのひら』を拡大解釈すれば、私たちがゴブリンを連れてここに来ることを予知しているのではないかと疑念に抱いていました」



 『聖人』が有するスキル『神のてのひら』は相手の心を読み取ることができるスキルである。シンシ教皇は『聖人』のレベルを3まで上げている。レベルを上げれば、新しいスキルを入手したり、スキルの性能が上がることがある。ヒーリンは日頃のシンシ教皇の発言などにより、『神の掌』のスキルには、相手がどのような行動をするか予測できる力も備わっているのではないかと思っていた。



 「どのように解釈してもらってもかまいません。ただ、あなたが述べたように私はあなた方がここに来ることはわかっていました。もちろん、ここに来た理由もです」

 「それでしたら単刀直入に言わせていただきます。ミレニアム大聖堂本殿の最上階まで行かさせてください」


 「どうぞ好きにしてください。その為に警備兵を全て合同卒業式に参加させたのです」

 「ありがとうございます」



 ヒーリンはお礼を告げると立ち上がり先に進む。その後を不安げな表情でケルトも続いた。



 「ヒーリン、なぜシンシ教皇は俺たちをすんなりと通してくれたんだ」



 シンシ教皇の姿が見えなくなるとすぐにケルトは疑問を投げつけた。



 「『聖人』の『レア称号』は功徳を積み上げることがレベル上げの基本だと言われています。酷い目にあったコブリンを治癒するために私たちはここに来ました。シンシ教皇は全てを知っていると思われますので、『聖人』としての行動をしたのだと思います」

 「そうなのか?それならシンシ教皇自信がコブリンを助けに行けば良かったのではないのか?俺には何か裏があるのか心配でならない」


 「お兄様はシンシ教皇様のことを何も知らないのです。シンシ教皇様は徳の高い慈悲に満ち溢れた素晴らしい方なのです。それは『聖人』の『レア称号』をレベル3まであげたことが証明になります。歴史書を調べても『聖人』をレベル3まで上げた方はほとんどいません。人間とは欲深く怠惰な生き物です。『聖人』のスキル『神の掌』は相手の本心がわかってしまう悲しいスキルです。ほとんどの『聖人』の『レア称号』を授かった方は、人間不信になり功徳を積み上げることなどできないのです。シンシ教皇様がご自身で助けなかったのは、私たちが助けることを知っていたからです。率先して人助けをしなくても、善なる行いを手助けするのも『聖人』の使命です」



 人の心がわかってしまうのは良いものではない。人間とは本音と建前を上手に使い分けて生きている。本音を全てわかってしまう『聖人』は、人間社会で生きていくのは難しいので、悪の道に進んでしまうことになる。ケルトもそれがわかっているので心配をしているのであった。



 「わかった。深く考えるのはよそう。このまま最上階まで向かうぞ」

 「はい」


 

 ケルト達は中央にある螺旋階段をひたすら上に登り最上階までたどり着いた。

 最上階には円状の大きなホールになっているが、奥に小さな扉があった。2人は迷わず扉の前まで駆け出した。



 「ここまで邪魔する者はいなかった。本当にシンシ教皇は俺たちに協力してくれたようだな」

 「もちろんです。シンシ教皇様は信頼に値する人物です」


 「わかっている。しかし、油断は禁物だ。シンシ教皇は良いヤツかもしれないが、ロード国王に歯向かうほど愚かではないはずだ。もし、俺らの行為がロード国王にバレていたらシンシ教皇もロード国王に従うに違いない」

 「たしかにそうかもしれませんが、最上階まで無事に辿り着きました。後はこの扉の向こうに聖女様がいることを願いましょう」


 「そうだな。しかし、罠があったら危険だ。俺が扉をノックしよう」



 ケルトは扉をノックしようとしたその時・・・



 『ギィィ―――』



向こうから扉が開いた。



 「お待ちしておりました」

 「・・・」



 ケルトは急に扉が開いてビックリして声が出ない。扉を開けて出迎えてくれたのはオレンジ色のショートカットの小柄な女性であった。



 「シェダル様でしょうか?」



 ケルトの後ろにいたヒーリンが代わりに声をかける。



 「私はメイドですので敬称は必要ありません」



 女性の正体は第3王妃ヴァルキリーの専属メイドであった王族直属メイド『五芒星』のシェダルであった。

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