第26話 ルティア パート9


 「『神の盾』がある限りケルトを殺すのは不可能だ。もし、ケルトが『決闘の盟約』を宣言をして、決闘を受けたとしても『覇王』レベル2のケルトに勝てる人物は王都には少ないだろう。しかし、『神の盾』は完璧なスキルではない。致命的な弱点があるのだ」

 「弱点とはあれのことですか?」


 「そうだ。『神の盾』の対象者は人間だけと限られている。人間以外の種族の攻撃は跳ね返すことはない」

 「確かにその通りです。なので、王都に入る亜人種は制限が設けられています」



 王都にいる亜人種はレベル1の『支配の首輪』の対象者であるコブリンだけである。それ以外の亜人種はいない。


 

 「そうだ。ロード国王陛下を脅かす危険な存在は排除されている」

 「それならケルトも同様になります」


 「そうだ。しかし、αアルファと同様にβベータも異質な成長を遂げている」

 「αとはあのコブリンのことでしょうか?」


 「そうだ。いかなる拷問にも耐え抜いた為、ロード国王陛下が直々に拷問をしたコブリンだ。αはロード国王陛下の提案した聖女様を使った拷問により、他のコブリンとは違う成長を遂げて『支配の首輪』の対象となったのだ。そして、その時αと同時にβも居たのだ。αは女性でβは男性だ。『亜人館』の利用は男性しかいないが、女性のコブリンだけを求めるとは限らない。一部の人間は男性のコブリンとの性行為を楽しみたい者もいる。その数少ない希望を満たすために男性のコブリンも誘拐しているのはお前も知っているだろう」

 「もちろんです。愛の形も欲望の形も自由です」


 「αは少しの自尊心が残り利用客には大いに人気が出て『亜人館』の一番人気の看板娘になった。一方βは自尊心は残らなかったが肉体がホブゴブリンのように強化されたのだ」

 「それは危険ではないのでしょうか?」


 「『支配の首輪』で管理され自我を失っているから問題はない。しかも、いつでもケルトを襲えるように教育をしたので俺達に危害を加える心配もない」

 「『調教師』の『称号』を授かったディスプリン様のスキルの賜物ですね。ですが、ケルトは強敵です。『神の盾』に守られていなくても・・・」


 「俺の『調教師』は『称号』を授かった者のレベルを一時的に上昇させるバフ称号だ。しかも、レベル5の『調教師』を授かった俺と専属契約をすれば、レベルアップと同時にさらなる肉体強化のバフを与えることもできるのだ。βと俺は専属契約を結び肉体を強化をし、ホブゴブリンからゴブリンオーガ級の力になったと言えるだろう。さすがのケルトでも不意打ちでゴブリンオーガが襲ってくれば対処はできない」

 「それは素晴らしい作戦です。これでケルトも一貫の終わりですね」


 

 

 ディスプリンの完璧な計画の罠に引き寄せられるように、ケルトはルティアを背負いながら懸命に走っていた。するとケルトの前に突然茶色いフード付きマントで全身を隠した大きな男が行く手を遮った。



 「邪魔だ!」



 ケルトは止まることなく男を避けて通り抜けようとした。

 

 しかし、男は素早くマントから右手を出す。右手には鋭利な刃物が突き刺さっているこん棒が握りしめられていて、無情にもこん棒はケルトの腹部に激突した・・・かのように見えたが、ケルトは咄嗟にしゃがみ込みこん棒をかわす。



 「この気配は人間ではないな」



 ケルトは『神の盾』のスキルに依存はしていない。いかなる時も最大限の警戒心を持ち、自分の身を守る努力を怠らない。もし、ケルトが『神の盾のスキル』に依存していれば、ここでケルトは重傷を負い命を奪われていたであろう。

 

 こん棒をかわされたβだが、攻撃の手を緩めることはない。次は左手に持っていたこん棒をケルトの頭に叩きつける。しかし、ケルトはこの攻撃もあっさりとかわす。こん棒は地面に直撃して地面には大きなひび割れができる。

 


 「俺は急いでいるんだ。お前と遊んでいる暇はない」



 二度の攻撃をかわされたβはバランスを失い前方向に倒れそうになる。ケルトはルティアを背負ったまま、体を回転させてβの後頭部に蹴りを入れる。後頭部を蹴られたβは地面に吸い込まれるように倒れ込んだ。ケルトはそのまま振り返ることなく出口の門へ走って行った。


 

 「ディスプリン様、ケルトが行ってしまいます」

 「そうだな。でも、俺たちではどうすることもできない。それよりもすぐにケルトの暗殺を失敗したことを報告してこい」


 「え?私がですか」

 「あたりまえだ。モナーク王子殿下は『亜人館』に行って上機嫌になっているころだろう。この好機を逃すと降格処分だけでは済まされないぞ」


 「わ・・わかりました」



 男はケルトの後を追うようにスラム街の門にむかった。ケルトは無事にスラム街を出て宿屋に向かう。ヒーリンはすぐに宿屋に向かいたかったが、炊き出しが忙しくて2時間後に到着した。



 「お兄様、遅くなってごめんなさい」

 「いや、別に気にしてはない。それに、スラム街を出る途中に亜人種に襲われた。おそらくお前がいないところを狙っての犯行だろう」


 「そうだったのですね。お兄様おケガはありませんか」

 「見ての通りどこもケガをしていない。俺を暗殺しようなんて無理なことだ。俺はいかなる時でも油断をしない。そうしないとデンメルンク王国で生き抜く事はできないからな」



 ケルトにとって亜人種を暗殺者に使用することなど想定内の出来事である。ロード国王に対して1ミリも信用などしていない。



 「そうですね。私も1日たりとも心が休まることはありません。いついかなる理由で、どのような扱いを受けるのか想像もできません。今のところ『レア称号』のレベル上げ以外のことは自由にさせてもらえてます。成長できないのは心苦しいことですが、お父様からロード国王陛下の機嫌をそぐわないように細心の注意を払うよう言われていますので、迂闊なことはできません」

 「気を付けるよヒーリン」


 「はい。お兄様」

 

 

 グロワール王立学院には寮がありほとんどの学生が寮で暮らすことになる。しかし、ケルトは身の安全を守るために、王都内の宿屋を転々と変えて暮らしている。一方ヒーリンはミレニアム大聖堂にある『憩いの館』で暮らしている。



 「ヒーリン、今日は宿屋に泊まっていくのか?」

 「そのつもりです。お友達にお兄様の具合が少し悪いみたいなので宿屋に泊まると伝えていますの問題はありません」



 ケルトが体調を壊して卒業式に出ることができないのは決められた未来である。なので、ヒーリンが宿屋に泊まることを疑う者はいない。この日、ヒーリンはずっとルティアの手を握りしめ少しでも回復をすること願い続けていた。

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