連理之枝
三鹿ショート
連理之枝
彼女は度々、私と妻の仲について訊ねてくる。
「何故、それほどまでに愛することができるのですか」
その問いに対して、私は同じ言葉を発している。
「私が愛することで見せてくれる笑顔が、素晴らしいものだからだ」
「私はその笑顔を見たとしても、何も感ずることはありませんが」
「それは、きみが私ではないからだ。人間によって味の感じ方に差異が存在するように、妻の笑顔を見てどのような想いを抱くのかは、異なるものなのだ」
「では、自分が見たことがない表情を見たいと思うことは、あるのですか」
彼女の言葉に、私は首肯を返した。
「それがどのようなものだろうと、私は妻の全てを知りたいと思っている」
彼女は、そうですかと呟くと、それから言葉を発することがなくなった。
***
妻の様子が常と異なっていると感じたのは、平時よりも私に対して尽くそうとしていたからである。
私が妻のことを尊重しているように、妻もまた私のことを尊重してくれているのだが、今回はその程度が強かった。
まるで、後ろめたい行為に及んだために、その罪滅ぼしをしているかのようである。
勿論、妻が私を裏切るような真似に及ぶことはないと信じているために、気のせいだと考えることにした。
だが、それは間違っていたらしい。
***
彼女が示した写真には、私が見たこともない表情で乱れている妻の姿が存在していた。
合成なのではないかと疑ったが、彼女は首を横に振ると、
「残念ながら、これは現実です。あなたの愛する妻は、あなたの知らないところで、あなたの知らない異性と関係を持っていたのです」
其処で、私は妻の奇妙な態度を思い出した。
罪滅ぼしのようだと思っていた行動は、その通りだったということではないか。
思わず、私は手にした写真を千切ってしまった。
荒い呼吸を繰り返す私を、彼女は表情を浮かべることなく見つめている。
私は彼女を睨み付けると、
「何故、このような写真を見せるのか。知ったとしても、黙っていれば良かっただろう」
私の言葉に、彼女は再び首を左右に振った。
「自分のことを裏切っているということも知らずに、一心に妻を愛し続けるあなたが、不憫だと思ったのです」
私は、頭を抱えた。
「このような事実など、知りたくは無かった。きみの余計な真似のために、私はこれからどのように生きていけば良いのか、分からなくなってしまったではないか」
私がそのように告げると、何かが私の肩に触れた。
目をやると、彼女が口元を緩めながら、私の肩に手を置いていた。
「それでは、今度は私のことを愛するというのは、どうでしょうか」
その言葉に、私は耳を疑った。
「何を言っている」
私の言葉に対して、彼女は顔を赤らめると、
「かつては、あなたと私、そして、あなたの妻の三人で同じ時間を過ごしていたにも関わらず、あなたが私を選ぶことはなかった。それでも、友人の幸福のためならばと我慢していたのですが、今はその必要がなくなったのです」
彼女は自身の胸に手を当てると、
「私は、あなたのことを裏切るつもりはありません。疑うようならば、自宅に閉じ込めたとしても、私が文句を口にすることはありません。そうすることであなたが安心するのならば、私は喜んで、自由を手放しましょう」
彼女が私に対して、それほどまでの想いを抱いていることなど、知らなかった。
そのような彼女に、私は妻との日々を彼女に嬉々として話していた。
彼女は一体、どのような気分で私の話を聞いていたのだろうか。
知らずに残酷な行為に及んでいた自分を戒めるために、私は自身の頬に思い切り拳を打ち込んだ。
歯が折れたような気がするが、彼女の苦痛を思えば、軽いものである。
私は彼女に頭を下げながら、
「きみの気持ちは有難いが、きみのことをそのような目で見たことはないために、即座に行動することはできない」
其処で、私は顔を上げると、
「しかし、妻の裏切り行為を伝えることによって、私との友人関係が終焉を迎えてしまう恐れが存在するにも関わらず行動してくれたきみには、感謝している。ゆえに、きみが望むような関係ではないだろうが、これからも、良き友人として共に過ごしてくれれば、嬉しいのだが」
私の言葉に、彼女は一瞬だが、寂しそうな表情を浮かべた。
だが、即座に笑みを浮かべると、首肯を返した。
***
「本当に、これで満足なのですか」
「はい、満足です。此処で即座に私へと乗り換えるような人間ならば、私が好意を抱くことはありませんでしたから」
「あなたがそれで良いのならば、私がこれ以上何を言ったとしても、無駄なのでしょうね」
「あなたの方こそ、良かったのですか」
「何のことでしょうか」
「彼に飽きたからとはいえ、あなたが悪人のような形で別れることになってしまったでしょう」
「構いません。出世するだろうと思って彼の愛を受け入れたのですが、私の想像よりも、彼は平凡な人間でしたから、優秀な人間に乗り換える時機をうかがっていたのです。あなたの想いを聞いたときは、渡りに船だと思いましたよ」
連理之枝 三鹿ショート @mijikashort
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