最終話
私は寂れた学校の横を歩いていた。
わが学び舎はいつの間に閉校となっており、門扉は赤茶けた南京錠と鎖によって厳重
に施錠されていた。使用されていないグラウンドを侵食する緑……。
前方にそびえたつ山は、夕日を浴びて朱色に輝いている。下校途中に見たものと寸分たがわぬ姿に安心感がこみあげてくるほど。
その山の裾野へと近づいていく。現在、誰が土地を所有しているのかは知らなかった。十六女家が所有しているのか、国が所有しているのか。どちらにせよ、山の近くには人の姿はなく、動物の息遣いもなかった。
何も変わってはいなかった。山は昔の姿のまま、その体を曝している。
私は山の頂上を見上げてから、周囲を回ることにした。
黒栖がいなくなってから、もう十年以上経過している。慣れ親しんだ獣道同然のコースは、雑草によって覆い隠されなくなっているに違いない――そう思っていた。
だが、違った。道すらも、あの時と同じ姿をそのままに残しており、私はパチパチと何度も瞬きしてしまった。まるで、あの時にタイムスリップしてしまったかのようなそんな光景。
信じられなかったが事実であった。ポケットにねじ込んだ手帳が何よりの証拠。
しかしながら、異様な雰囲気を感じた。子どものころには感じなかった、何かが潜んでいて、そいつにネットリ見つめられているような気持ちの悪い感覚。大人たちがこの山を忌避していた理由がわかるような気がした。
行きたくない、だが同時に行って確認したいという気持ちがぶつかりあってバチバチと火花を散らす。
私はその場に立ちすくんでいたが、最後には山の斜面へと足をかけた。本当のところはどうだったのか――好奇心には勝つことができなかった。
⭐︎⭐︎⭐︎
久方ぶりにやってきた山の頂上もまた、何ら変化がなかった。
芝刈り機でもかけたのかと聞きたくなるほど整えられた頂上には、こぢんまりとしたストーンサークル。
その中央に立って天を見上げてみる。いつの間にか星々が瞬き始めていた。こんなことならライトの一つでも持ってくるべきだったかもしれない。だが、今更嘆いてもしょうがなかった。
そういえば、今日は新月ではなかっただろうか。
私は手帳を開く。ここに立って、それで黒栖は――。
「ビュンキラービュンギラギン ティンクララ ヘィアィア ボオウボオウ カアカア ペィアピィア」
私には宇宙人相手に交信することなんてできそうになかったし、したくはなかった。
だが、黒栖にはもう一度だけ会いたい。
その気持ちを乗せて、言葉を発する。
最後の単語を発した途端、体から何かがスルスルと抜け落ちていく感覚に襲われた。徹夜で課題を終わらせた瞬間のように。
石柱に刻まれた文様がドクンと波打った。それは唐突にやってきた疲れによる錯覚だったのしれない。
それに、確認のしようがなかった。
空から押しつぶすような視線をヒシヒシ感じた。見上げれば光があった。最初それは星の輝きかと思われたが、動いている。天を動く物体といえば、飛行機とかICCだが、それにしては稲妻みたいに機敏。
「UFO……」
まさしく宇宙船らしい動きであった。その光は大気圏中にもかかわらず、ビュンビュンとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。移動するたび、空気が圧縮されたようなボーンボーンという音が鳴り響く。そいつは、ビュンビュンとあたりに暴風をまき散らしながら、確実に私の方へと近づいてきていた。
森の鳥たちがカアカアと鳴く。不吉に、遠い宇宙からの未知なる存在を喜ぶように。
そして、ギラギラ輝く光は私の頭上で静止した。
降り注ぐ神秘的な光。目をすがめながら見上げていれば、何かが降りてくる。
ヒトのかたちをした宇宙人。
あるいは、宇宙人の姿をしたヒト。
「久しぶり」
私が呟いた言葉に、逆光の最中の存在は笑っていた。
オノマトペラント 藤原くう @erevestakiba
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