第5話
そびえたつ山に登山道というものはない。個人が所有しているものであり、何のために所有しているのか、小学生の私にはわからなかった。
「昔は神社があったんだけどね」
もともと
神社とか祠とかは、ぱっと見存在しない。もしかしたらモリモリ繁茂している木々の間に隠れているのかもしれなかったが、山の中へ足を踏み入れた数少ないヒトであろう私もついぞ見つけることはできなかった。
そんなわけだったので、山の斜面を登っていく道はまったく整備されていない。ゴロゴロ石が転がり、膝ほどの草で地面は覆われている。
よく見れば、草の中に一筋のラインがビィーっと引かれていた。踏み倒された草は、私と黒栖が何度も行き来したおかげで道のよう。光のない中、一列になってその道を歩いていく。
虫のさざめき一つしない中、私たちは声を潜めてただ歩く。斜面はそれほどきつくはないとはいえ、小学生には過酷な登山。ズルリ。何度も転びそうになりながらも、黒栖の後を必死に追いかける。
どうして黒栖の背を追いかけているのだろう。――ハアハアと荒い息遣いで登る私の脳裏に、そんな疑問が浮かんできた。いつどこで黒栖と仲良くなったのか、自分でもわからなかった。幼い自分はすっかり出会いを忘れていた。
――小学生の私だけじゃない。今こうして親友との出会いを振り返っても、そのような記憶は墨で上書きされたみたいに真っ黒だ。
細い昆布のような草木に体をくすぐられ、ハックションとくしゃみをしながら山の斜面を登ることしばし。前方がパッと勢いよく開けた。緩やかになった傾斜をえっちらおっちら進んでいけば、まもなく頂上へとたどり着く。
それほど高い山というわけではなかったが、辺りに山という山は他になく、見晴らしはいい。
ハフハフと息をつきながら、絶景と言えなくもない眼下の光景に目を奪われる。闇に浮かぶ青白い蛍光灯の光は、地上の星のよう。
その場に立ちすくんで景色を見ている間に、黒栖はズンズン進んでいく。
頂上には奇妙なことに木々が生えておらず、芝生のほかには何も生えていなかった。まるでハゲワシの頭のようにツルツル。ここにやってきているのは私や黒栖くらいのもので、誰かに整備されているわけでもないのに、だ。
青々とした中に、石が転がっている。ピッチャーマウンドほどの広さの円形に並べられており、いくつかは三角点のような柱状の石でできていた。その特別な石をそれぞれ線で結べば星型が生まれる。
つまり、魔法陣。ピョンと頭を出した柱の石は要石ともいえなくもないかもしれない。その表面には、小学生の手にはあまる複雑な文様が刻み込まれていた。よくよく見てみれば、闇夜を背景に幾何学的な模様がほのかに光っているようにさえ思われた。
サッと顔を上げれば、黒栖が魔法陣の中に入って、私の方を振り返った。
手が差し出される。その手を私は掴んだ。
確かに掴んだはずなのだ。
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