第2話

 黒手帳をパラパラめくれば、つたない文字で魔術的なあれそれが書かれている。


 十字架やホルスの目、ドーマンセーマンといった感じで、黒魔術というより古今東西の宗教的モチーフがゴチャゴチャに混ざっている。黒栖も子どもだったのかな、なんてあの時の黒栖に言っても「本質を隠すためさ」とすました表情で返されてしまいそうだ。


 ページも中ほどまで進んでいくとグチャグチャだった内容が変化した。それまでは、私でも知っているような神秘的な存在についてほのめかしていた。


 だが、折り返し地点よりも先は何か具体的なものが感じる。黒栖には何か目指すもの、明確な目的が生まれ、そこへズンズン向かっていくための備忘録として機能しているかのよう。


 それは地上におわしまします神々や摩訶不思議な生物をあがめる類のものではない。むしろ、地球をピョンと飛び出した先の存在へと向けられていた。


 手帳のあるページには、触手をウネウネうねらせたタコみたいな真っ黒な生物が描かれている。見ただけでゾゾっと怖気が走る絵の上には「かせいじん」と書かれている。さらには『宇宙戦争』に出てきたようなヒョロヒョロした針金と樽とをくっつけた生物まで描かれている。

 

 今や、その筆跡はガリガリ紙を削るほどに強い。何か、奇怪な生物が、あるいはその不吉な呪術がこの世に存在していることを、確信しているかのような。


 でも黒栖はオカルトに精通しているだけの一般女子小学生に過ぎなかった。どうして真空を行き来する生物と対面できる。


 いや。


「だからこそ、黒栖は――」


 行方不明になってしまった。


 最後に遭ったあの夜も、宇宙にまつわることをやろうとしていなかっただろうか。


 私は記憶の糸を手繰るように、ページをバサバサめくっていく。


 そして、その言葉にぶち当たった。




「ビュンキラービュンギラギン ティンクララ ヘィアィア ボオウボオウ カアカア ペィアピィア」




 黒栖の言葉が耳元から脳の中へとフッと吹き抜けていった。隣を見ても、誰もいない。ユラユラ揺れる裸電球の光によって、私の影がほかの影たちとぶつかり溶け合っているばかり。そこには何の姿もありもしない。


 幻聴。


 私は一人首をユルユル振る。黒栖の声が聞こえるわけがない。黒栖は十年以上前にいなくなってしまったのだから。


 小学生行方不明事件。


 当時、巷をザワザワさせた事件も、今となっては覚えている人間はほとんどいない。私が覚えているのだって、黒栖という大切な友人が巻き込まれたからだ。


 ――黒栖がいなくなった原因が私にあると思わずにはいられなかったから。

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