第44話 違える倫理、生きる罪


仙娥せんがの霊峰』からなんとか退避したアディルたち一同は座り込んで息絶え絶えに呼吸を整えていた。


「クソがっ……んだけ追いかけ回すんだよ」

「まさか仙境せんきょうを出るまで追いかけてくるなんてね」


 背後、数百メル先を見ると仙境入り口付近に竜たちがたむろしてる。一歩でも近づけば砲撃されかねない。完全に悪者扱いである。


「あーあ。鱗採取できなかったし、これじゃあ剣を作った意味もないやー」


 剣を作るのにヌエの角一本を失ったのは痛手と暗にアディルを責める。


「っち。……ま、この剣の性能は間違いねーよ。そのうち使うかもな」

「はいはい。まーある程度素材が集まったからいいんだけど……うぅ~やっぱり鱗がぁ~~」


 悔しいと頭を抱え喚くリヴ。「リヴ落ち着いて」とルナが慰める。うぅ~とめそめそしながらルナの胸に顔をうずめて「これが母性」と頬をすりすりさせた。


「キモイ」

「うるさい」

「まーまー」


 めそめそリヴの頭をルナが撫でながらアディルにねる。


「アディルさん、この後はどうします? 大分暗くなってきたけど」

「ま、帰るしかねーよ。再戦は不可能だろうし」


 無駄に疲れたとアディルも疲労困憊の様子。永続的にルナが治癒魔術を行使していたとは言え、あれだけの大技を使えば治癒を上回る消費だろう。

 全体的に昏い三者に一人、のうのうとしているアイレが首を傾げ。


「みんな元気ないね。どうしたの?」

「どうしたもこうしたもないよー! だって鱗がぁああ! 鱗がぁああ!」

「すごい執念」


 アイレはド引きした。そして、「あ、そう言えば」と風魔術を行使し始めた。すると空高くよりキラリと輝く人の胴体ほどの大きさの物がアイレの手にへと落ちてきては収まり。


「これ採れたよ」


 そう、件の雷竜ドゥグロームの白鱗がドドンと輝いてその手にあった。


「「「…………」」」

「……あれ? ほしかったんだよね?」


 驚愕唖然とする三人の様子に首を傾げるアイレ。次の瞬間、ぐったりとしていたリヴは水を得た魚のように飛びあがり。


「鱗ぉおおおおおおおおお‼ え! なんで! 鱗じゃん!」

「勢いがすごい。なんでって、アディルさんが破壊した鱗を回収しただけだけど」

「オマエ……あれを採ったのか?」

「うん。さすがに持つのは無理だったから先に風で飛ばしといたんだ」


 アイレから鱗をひったくったリヴが爛々の眼差しで鱗を掲げくるくる回る。歓喜に踊る錬金術師リヴ様はまさに子供のようだ。


「さすがあたしのセバスチャン!」

「まさかの執事への昇格。って下僕と変わらないんだろうけど」


 とにもかくにも頑張り損ではなかっただけよかったと怒りを鎮める。


「これで最恐の雷装兵器を! ふふふ」

「顔が怖いよリヴ!」


 これにて素材集めのミッションコンプリート。さあ宿に帰って飯を食い風呂に入って爆睡しようと歩き始めたその時だった。

 三つの火焔球がリヴたちを呑み込むように着弾し炎の渦を高らかに暴発させた。辺り一面を廃野に変えた爆炎だが、風の一太刀で呆気なく霧散。残り火が小さく残る野にて、アイレが睨み返す。


「随分手荒な歓迎だね。僕たちに何の用かな?」


 勾配こうばいの少なかった丘陵きゅうりょうは気づけば高低差の激しい大地の隆起が複数に渡りアイレたちを取り囲んでいた。見てわかる人為的な環境構築。それがアイレたちを狙った作為的なものだとはすぐにわかる。ぞろぞろと隆起した大地の上からこちらを見下ろすように出てくる者ども。浮かべているのは殺意と欲望に染まったニヤケ笑み。

 頭に布を巻いた赤髪の男が一歩身を乗り出し。


「けけけ! 用ってほどじゃねーよ。てめぇーらの持ってるもん置いてけよ。そしたら手はださねーからよ」

「盗賊さんかな。もう手は出されたんだと思うんだけど」

「あァ? ちげーよ。手元が狂っちまっただけだっての。たまたま、てめぇーらにぶつかっただけだって。なー」

「そうそう。偶然だから」

「こんな所に人がいるなんて思わなかったぜ」

「でさー俺らお金に困ってるんだよねー」

「次いでに女も?」

「ハハハハハ! 女は飽きたっつってたろ」

「女を犯すのは飽きただけだっての。餌としては充分使えるし」

「何より、女の出す悲鳴ってのは最高にそそるんだよねー‼」

「ガハハハハハハハハハハハハハっ‼」


 その下卑た笑みがルナとリヴを視姦しかんし、狂気的欲望に染まった思考をひけらかす。命を軽んじる野党の下衆ゲスさは手に負えない始末だろう。呆れたとリヴが一歩前へ出る。


「きゃっきゃきゃっきゃーうるさいんだけど。あんたたち何猿? 人の真似が上手ですね~。猿にこれの価値とかわかんないんであげませ~ん。べろべろばー」

「同レベルかよ」


 煽り返すリヴは舌を出しながら雷竜の鱗を掲げてみせる。今にも小躍りしてめんたいこなどと意味不明なことを言ってきそうな人物以下だと煽られ、それはそれは盗賊どもの怒りを高めた。


「てめぇー殺すゥ‼」

「ほら。煽られたらすぐに殺す。子供が親に注意されて「お母さんなんてだいきら!」っていうのと一緒じゃん。子供子供やーい子供上手なお猿さん」

「このックソ餓鬼がァアああああ‼ ぶっ殺すッ‼」

「ぶっ殺すゥ‼ ぶっ殺すゥ‼」

「ぶち殺す」

「ぶっ殺ろ‼ ぶっ殺ろ‼」

「ブロッコリーにしてやるぅううううううううう‼」

「残念だけど、あたしカロリーフラワー派なんで」

「どっちも一緒だろうが」


 プチンと血管が切れた盗賊どもが一斉に魔術を行使した。その姿がリヴの言う通りの滑稽さに嵌まっているが、とにもかくにも二十近い四つのエレメントが現象する。火球、水槍、風刃、土弾。容赦のない全力がリヴたちをぶち殺す。

 彼らは盗賊であるがれっきとした冒険者だ。無法都市のならず者ども、それがこいつら盗賊や野盗を差し、紛れもない冒険者として積み上げた一応の実績は伊達ではない。殺すことに特化した鋭い一撃一撃は確かにリヴたちを容易く殺せただろう。しかし、今ばかりは運が悪いと言わざる負えない。


「はぁはぁはぁ……っやったかぁ?」


 二十人弱の本気の砲撃。それをもろにくらって無事でいられるわけがない。現に砂煙から出てくる様子はなく、赤布男を出頭に笑い声を上げ始めた。


「ハハハハハハ‼ ざまぁーねぇーな‼ 俺らを侮辱したことをあの世で後悔すんだな‼」

「ひゃっほーい! いやー女をなぶってピーピー泣かすことができなかったのが残念だい」

「さすがに物資とか残ってねーんじゃねーの?」

「別にいいだろ。前金はもらってんだ。今日は豪勢に奴隷どもを玩具に飯を食うか!」

「それもそうだな。良い穴ちゃんたちまっててねー」

「おまえ、男でもオッケーなんだろ?」

「まーね。おまえもヤルか? 女を従えんのも気持ちいけどよぉー。男を言いなりにして女みたいにかすのも悪くねーぜ。なんせイケメンをぐちゃぐちゃにできるからな!」

「きめー笑笑」


 この後、どの女を犯しどの男を嬲り誰を売り飛ばし誰を殺すか。まるで獣の世界で彼らこそ獣のそのものように、破綻しているか否かは定かではないか倫理の欠けた欲望のタダ漏れに、嗚呼、悍ましい以外に言えることがあるだろうか。言えることが一つだけあった。

 砂煙の奥より、槍を構える青年が憎悪を込めて告げた。


「じゃあ、君たちも殺していいよね」

「あァ?」


 大気が切れ赤い飛沫が風になびく。


「…………ぐがっ……」


 気づくことすら遅れ、赤布男は己の心臓に視線を落とす。が、何が起こったのか確認する暇を与えてもらえずに、胸を詰め込んだ何かが抜かれ、それは生気であり己を穿ったのが誰かわからないまま仰向けに倒れて死んだ。


「リダーァ!」


 リダと呼ばれ男の凄惨せいさんな死。否。


「一撃で殺してあげたんだ。僕なりの慈悲だよ」


 男の場所を変わるように一人の青年が立っていた。その手に握るは翡翠の槍。矛先から垂れる血液が物のすべてを物語る。

 全員の視線を集めたアイレは静かに確かに憎悪を宿しながら。


「だから、大人しく殺されてね」

「――――ざけんなァアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

「殺せぇえええええええ‼」

「敵は一人だぁあ! ぶち殺せぇえええ!」

「あんたたちって計算もできないの? 片手で足りるんだけどねー」


 背後から聞こえた陽気で不愉快な声に振り返った瞬間、投擲された石礫が無差別に体を貫いた。いたぶるといった目的ではなく無造作な攻撃。それはまるで。


「あれ? まだ死んでないの? もーめんどくさいからさっさと死んでよねー」


 殺す意志すらないゴミを処理する感覚と同じだった。そして、盗賊どももまたゴミだと言われながら反撃する暇もなく石礫に首、目、脳、心臓を穿たれて無惨に死ぬ。


「ひっひやぁああーーっ⁉」


 仲間の死に尿を漏らしながら逃亡する一人を風圧が押さえつける。唐突に地面に押し付けられ身動きが取れない男は「な、なんだよっ……なんだよ⁉」と喚く。


「なんでっ俺がこんな目にあわなくちゃならないんだよッ!」

「君がやって来たことと同じことだよ」


 そう冷徹に見下ろしてくる憎悪を刃にする青年。男は違う違うと首を横に振り。


「違うぅう! あ、あいつらは生きてる価値なんてないから! 俺らが価値をつけてやってんだよ! それがあいつらだろ! 俺は悪くねー。悪くねーよッ! どうせ死ぬんだからどう扱おうが俺の勝手だ! 俺はあいつらと違うから、俺がこんな目に遭ってるなんて意味わかんねー! さっさとどけろよ! 殺すぞッ!」


 狂気だ。根本的に間違え自分の思う通りだと思い込み、目先の快楽と利益しか見ていない人を人と見ない人。果たしてそれが同胞などと呼べようか。反吐が出る。が、それが人間であり普遍であり摂理である。

 そんな弱肉強食の理不尽をどうして愛せるか。嗚呼、そればかりだ。愛せないことばかりで腹が立って仕方がない。

 そう、アイレは男の手を槍で突き刺した。


「いだぁああああ! だ、だれかたすけっ」

「他はみんな殺したよ。腕をもいで、足を千切って内臓を掻き混ぜてお尻の穴を破って喉から槍を突っ込んであげた」

「なっ……」


 言葉がでなかった。出るのは尿と血と汗と涎だけで、命乞いも拒絶も愛するセリフも。


「僕は君たちが嫌いだ」


 両腕が切り飛ばされた。


「僕は誰も愛さない君たちが嫌いだ」


 両足が引き千切られる。


「僕は愛を偽る君たちが嫌いだ」


 体を何度も何度も突き刺し、男はただただに痛みに悶え血と尿とその他を垂らす。


「僕は話しを聞いてくれない君たちが嫌いだ」


 そして、真っ赤に染まった槍が男を見下ろし、勝手に持ち上がる上半身で見上げ。

 その青年は今まで見たことのない狂気に似た瞋恚しいの声音で告げた。


「僕はね。生きるために君を殺すんだよ。嫌いな君が生きてると死んでしまいたくなるからね」


 槍は口穴から深々と男の喉を突き破り内臓を貫き腹を破って貫通した。そして、風撃が肉片一つと残らず塵尻にしたのだった。



 風の向こうより戻ってきたアイレの目の前ではリヴの土が最後の一人を殺す所で、男は「まってくれ! 知ってることは話しただろ! 見逃してくれるんじゃないのか!」などと意味不明なことを叫んでいる。リヴは、はて?と首を傾げ。


「あたし、人を売る趣味も嬲る趣味もないから」

「――っ⁉」

「これはね。あたしたちが生きるためにやってること。それって悪いことじゃないんだ。だって、あんたたちを殺さないとあたしたちが殺されちゃうもんね」


 そう無慈悲に岩石が降り落ち、男は最後まで命越えをしながら岩の下敷になって沈黙した。


「ふぅー、アイレくんも終わった」

「うん。情報は吐いてくれたの?」

「それが全然。前金と依頼書があっただけで依頼主もまったく。成功報酬が前金の倍だから依頼を受けただけだって」

「ということはただの盗賊だったわけだね」

「まーその後ろに誰がいるのか……ほんと、ここは嫌いだよ」

「僕も、嫌いだ」


 なんの収穫もなく、肩を落としながら戻る。


「終わったよー。なんも吐いてくれなかった」

「そうか」

「はやく戻ることに越したことはないんじゃない」

「わかってるいくぞ」


 どこかいつもと様子が違うアディルを訝しく思いながらルナが眼に入り手を振るリヴに一声。


「リヴ――」


 その声が、その姿が、どこか怯えているように見え。

 少女は――確かに恐れる眼差しでこう言った。


「――人を……人を殺すことって、普通のことなの?」

「――――」


 まるで、少女には普通に思えないと言われているよう。

 その曇りなき眼の、純粋な心の純白な魂の、そんなとがめるようで恐れるようで線を引くようで。そんな目で見られて、リヴは軽い怒りを覚えながらはっきりとこう言った。


「普通だよ」

「――――」


 息を呑む少女に彼女はなんでもないように。


「殺さないと殺される。人も獣も変わらない」

「…………」

「これは罪なんかじゃない。ううん、罪だとしても許されるの。だって、生きてるために仕方ないんだから」

「リヴ……」


 道化は微笑む。それが普通だとこの世界を説く。決して少女の顔は見ずに。


「ルナは殺さなくていいよ。ルナはね、純粋無垢なままでいてね」

「え?」

「でも、あたしたちにとっては普通だから」


 見つめ合う眼で互いに何を語り合えただろうか。背を向けるリヴにルナは手を伸ばすことすらできず、ましてや声も出せず。ただそこに確かに存在している隔たりに酷く寒気を感じた。

 見上げたルナの瞳と合うアディルの眼が逸らされる。

 進む三人と置いて行かれる自分はなんなのか。

 ルナはリヴが殺した死体を見て、胃液を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る