第43話 雷竜ドゥグロームVS冒険者

 

 今から行うのは恩を仇で返す行為であり、喧嘩を吹っ掛けることだ。

 温情から見逃されたというのに私欲で温情を裏切る。それがどれだけ忌々しく憤怒に値することかわかるだろう。

 故に雷竜ドゥグロームは瞋恚しんいの咆哮を上げた。


『愚か者どもッ! ワタシに牙を向くかァアアア! その脆弱にして強欲な罪を焼き落としてくれようッ‼』


 大層怒り心頭のドゥグロームは天に広がる雷雲のすべてに稲妻を走らせ、雷鳴を轟かせた。荒れ狂い無差別に落雷する仙境せんきょうの地にて、嵐のような暴風の中を二人の戦士は疾く駆ける。


「わかってやがってが……近づくことすら無理がありやがる」

「空からは雷。百メル以上の竜体には常に【雷霆の守護】がある。それを突破しないと」

「ああ。鱗の欠片程度も手にはいんねーな」


 風のエレメントにナギで常に干渉しながら魔術を行使する。風に体を躍らせ跳躍を繰り返し移動。百メルの竜体、背後に回り込むことや背に着くことは可能だが【雷霆の守護】によって並みの攻撃手段では弾かれ逆に焼き殺されかねない。


 取れる手段は三つ。


【雷霆の守護】の無効化。

 雷竜ドゥグロームの撃破。

 正面突破の当たって砕けろ作戦。

 の三つだ。


 まず撃破は不可能と考え、鱗だけの採取なら正面突破は正攻法になる。時間が長引くとこちらの体力が減るデメリットに加えドゥグロームがこちらの動きに慣れる恐れと攻防戦の駆け引きが始まり突破口がどんどん失われていく。これはドゥグロームの能力や特性がすべて判明していない情報不足からの不利であり、アディルたちは己らの手札の少なさを自覚しての考えだ。また、『クルル海湖』でのイレギュラー戦を考え、錬金物アルケミスはできる限り残しておきたいのがリヴの主張。加え、パンテオンじゃないので心歌術エルリートの精神解離による弱体化が期待できない点も長期戦の不利を物語る。


「怒ってやがるが俺らのことを見下してんのは違いねー」


 ドゥグロームは愚か者を殺さんと怒り狂っているが、その実、脆弱な人間をあなどってもいる。事実、ドゥグロームが本気を披露すれば脆弱な人間など一瞬で灰になるだろう。ドゥグロームの力は人間を圧倒する、それ故の自信があり、いつでも殺せる羽虫に本気を見せることなどしない。


「つまり、攻撃してくるが、侮ってやがる今がチャンス!」


 そう、好奇は一度切り。それも初手初撃の一度きり。


 風のエレメントが満ち溢れている仙境。加えて雷属性は火と風の複合属性であり、その適正を持つアディルにとっては十二分の力を発揮できる戦場であった。奇しくもドゥグロームの領域とはアディルを最大限に力を発揮させる、まさに『聖域』であるのだ。


「【私の名を献上する・炎よ嘶け・風魔よ叫べ・雷火よ疾く走れ】」


 火と風が交わり昇華する。統合して顕在する雷属性、雷が力にアディルは雷雲の中へと入っていった。


『愚か者め。小癪こしゃくな真似など一切もさせん!』

「悪いんだけど、手土産を持って帰ってくるまで僕と相手してくれないかな?」


 そう、追尾しようとするドゥグロームを凄風せいふうの渦が阻み、アイレとドゥグロームは風渦の中で対面することとなった。


『この規模の颶風ぐふうを貴様が起こしたとでも言うか』

「そうだね。でも、あまり長続きはしないから早く終わらせようか」

『笑止! して然り。愚か者どもに雷霆の裁きをくれてやろうォ!』


 大陸全土の空を震わせる咆哮が轟雷した。

 刹那、天より一斉に降るいかずちの裁き。加えドゥグロームの胴体から迸る青雷光がアイレに一斉に迫る。まるで光の線を一点へ集中させた青白い景色は音としてはあまりにも瞬間的にして脳を焼き切るような破壊音がつんざく。

 雷光の到来におよそ一秒もかかっていない。それほどの速業であったが。


『これを避けるか。愚者もまた生き抜く蛮勇を持つか!』


 歓喜と同じく憤怒の瞳が捉える。眼にも止まらぬ速さで風の上を駆ける戦士を。アイレが逃れたのも束の間、直ぐに青雷光は迸り雷火を散らす。

 その光景をルナとリヴの眼から見た場合、六ヶ所同時に雷が爆ぜたのだ。多少のズレはあれ、戦士ではない彼女たちの目にはそう映った。

 そして、その都度六回の雷襲をことごとく回避してみせたアイレは、瞬間にドゥグロームのふところへ潜り込む。が、青雷が阻むだけではなくカウンターしてきた。迸る稲妻を風で防御し、刹那な思考もせずすぐさま退避。アイレが一秒前までいた場所に空から一線の稲妻が落雷し薄雲を打ち払い尖塔を砕く。


「近づくことさえ容易じゃないとは思ってたけど、ものすごく強くなってるね」


 眼を細めたアイレは再び連続乱発の雷襲と舞踏を始める。光景としては圧巻。翡翠の風と青雷光がひしめく空は一種の幻想神秘だ。世界の終わりを想起してもいいことだろう。鮮やかな二種色の合間を絶え間なく散るのは雷火。頭上高くを黒い雷雲が占め、対照的に地上は白い霧雲に覆われ、また風の檻が白と黒を混ぜ合わせ渾沌の一幕とする。

 アイレとドゥグロームの攻防は途轍とてつもなく長く感じながらも、その実今だ一分、百秒と経っていない。二秒に一度くらいのペースで空を駆ける落雷と、それを躱す疾風。ふと瞬きをして目を開くと火花が散っている。その数十の攻防戦を見て、今だ一分ばかりだと誰が思えるか。当人たちでさえ感じられないだろう。

 されど、作戦は覚えている。

 アイレはドゥグロームを引き付け煽りながら作戦内容を思い出していた。



『時間をかけるメリットはねー。短期決戦で仕留める』


 それがアディル定めた作戦だった。


『環境の利は俺にもありやがる。雷雲ともども利用して最大花力でぶっこむ』

『でも、それだけでなんとかなるの?』


 訊ねるリヴの言いたいことはわかる。人間如きの必殺で『神』に近しく『獣』と同等の『竜』を屠れるか。無理だ。その体に傷をつけるのが関の山だ。


『【雷霆の守護】を突破する必要もあるわけだし、もちろん僕は君たちの意見に従うけど』


 そこで言葉を切ったアイレが抱いたのはどの言葉がどのような印象を与え感情を引き出すか。しかし、直ぐに浅はかさが芽生え己に失笑する。代わりに苦笑して。


『って、どうせ最後にはリヴさんの言うことをさせられると思うからなんでもいいよ』

『ふふん。あたしの下僕って認めたってことだね!』

『単に諦めただけだから』


 作戦はアディルに一任させる。反論もしないという意志表示に「なら」とアディルはとんでも作戦を告げた。


『俺が一撃を喰らわす。アイレオマエは雷竜を引きつけろ』

『……あのー……異論はないって言ったけど、それはちょっと無理なんじゃ』

『無理とかないから。あたしの奴隷ならいけるやれるがんばれる!』

『なんで降格してるの?』


 逃げられる隙がなく渋々アイレは囮を引き受けた。

 そしてここからが肝だ。アディルはリヴに提案を持ちかけた。


『落雷草を使って外部の雷力を吸収できるもんって作れるか?』


 キョトンと首を傾げたリヴだったが、すぐにアディルが何を言いたい、したいかと理解し思案顔になる。


『落雷草だけじゃ無理。落雷草は雷属性を吸収して生命力に還元するから、落雷草で吸収するとアディルの生命力が高まるだけだと思う』

『それって傷を癒せたりもできるってこと?』


 やっと口を挟めたルナにリヴが興奮気味に「そうそう! 概ね回復薬だね」とのこと。


『だから、落雷草の還元先を変更しないとダメだね』

『無理か?』


 その口調にはきっとリヴを煽るように仕向ける偽善の落胆があった。そして、案の定リヴは不敵な笑みを浮かべ調子に乗る。


『あたしを舐めるなってね! この天才美少女錬金術師リヴ様にお任せあれ!』


 調子に乗っている時のリヴはそれなりに頼りになるのだ。ウザイけど。

 ジャジャン!と、リヴは一つの素材を取り出して見せつける。


『それってヌエの角だね』

『ピーンポーン! ヌエの角は体内の電力を蓄電する機能があるの。落雷草を回路にしてヌエの角に繋げる。すると、落雷草の外部からの吸収で雷を吸収して、還元する能力をヌエの蓄電能力で上書き。ヌエの角に必要な外部からの回路を落雷草で作って蓄電完了! というわけですぐに作ろう!』


 言うが速し、摩訶不思議なウエストポーチから幅一メル半ほどある錬金窯を取り出すとすぐに調合を始める。


『落雷草の根にオパールを括りつけて……ほい。ヌエの角一本、アディル、セフィラちょうだい』

『はいよ』


 剣型のセフィラを窯へ。


『ほい。あとはアルケミア結晶、ルベライト、バイオニアモールの皮鱗』


 一通り素材を錬金窯へ投入し終え、元素核剣杖エレメントセフィラを取り出した。


『【調合開始オプス・オン】』


 開始の合図と共にエレメントとナギに干渉する。元素核剣杖エレメントセフィラは適正に関係なく各エレメントを操ることができ、ナギの操作にも補助的役割を持つセフィラだ。これで、リヴに適正のない雷属性の原型、火と風のエレメントに干渉し窯の中に満たす。そこにナギを流し込みながらかき回す。

 咄嗟の製法レシピでの試行だが、果たしてうまくいくのか。それぞれが息を呑んで見守る中、金色の光が強さを増し、大きく光を上げた。

 そして、金色の光に包まれゆっくりと窯の上空を浮遊する錬金物アルケミスをリヴが手にする。

 アディルに渡した剣を原型に刀身が角と刀の間を取った薄い槍刀の姿となり、柄には落雷草が左右にあしらわれ真ん中にはオパール、全体的に金糸雀カナリア色と艶やかだ。刀身にはルベライトの赤色が散りばめられている。

 かの剣を掲げリヴは叫んだ。


『完成!』


 剣を受け取ったアディルは手に馴染ませるように素振りを繰り返し性能を確かめる。


『大丈夫大丈夫! だって! なんせこの天才美少女錬金術師リヴ様の作品なんだから! グッドグッドグッドだよ!』

『無償にイラつくが……で、こいつを使えば最高火力が出せんだな』


 アディルの確認に愚問と、リヴはサムズアップして。


『うまく使えばきっとたぶん恐らくドゥグロームの守護を破壊できると思う! アディル次第だけど』



 という、この上ない他力本願と無駄な根拠で任された当人は現在、空高く埋める雷雲の中でかの剣……仮名、落雷剣の機能を使い力を貯めていた。

 アディルがアイレに課した囮時間は一分。


「もう一分経ったんじゃないのかな」


 その時だった。感覚、神経、直観、本能が痺れを感じたのは。まるで見えない雷に背を撃ち抜かれたような感覚。それは一瞬の隙となりドゥグロームの雷撃を喰らってしまった。


「うぐっ!」


 間一髪で致命傷は避けたが半身がやられ同じように動くことは不可能だ。正しく死への一手だった。しかし、アイレに焦りは見当たらない。むしろその相貌に浮かぶのは不敵な笑みだ。


「やっとだね」


 そして、見えない痺れを感じたのはアイレだけではなかった。ドゥグロームもまたあるまじき痺れを感じ悪感を抱く。雷を統べる雷霆の竜だ。雷の支配者が痺れを感じるなどあまりにも不可解だった。

 ドゥグロームが痺れの中で感じ取った感覚は二つだった。

 遥か頭上に現れた大いなる存在。そして、か細くもほんのりとかぐわうように広がる『歌』だ。

 それが何か、そんな確認をする暇も隙も時もなく。

 刹那に戦士は最高最強の一撃を繰り出した。



「死ねェェエエエエエエエエエエエ‼」



 天から穿たれた雷閃が雷竜の腹部へ突き刺さる。無意識に発動している【雷霆の守護】と雷槍が衝突し、膨大な雷力が爆破した。岩柱を吹き飛ばし、雷雲を破壊し、大気のすべてを感電させた。束の間の痺れの監獄が、それを仙境の三分の一に味合わせる雷槍が、嗚呼、今、雷竜の傲慢を打ち破る。


 一分間の蓄積チャージが数百年、誰も破ったことのない【雷霆の守護】を破ってみせた。


『ガァっアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ‼』


 乱雑的に弾ける雷が人の隙間を開き、余す力を持ってアディルは白き鱗が覆う胴体へ突き刺す。凄まじい電圧がドゥグロームの体を痺れ唸らせ思考を剥奪する。墳血を顔面に浴びながら落雷剣で鱗を切り離すように横刃にして真下へと、鱗と肉の付け根を切りつけ引き抜き。


「――っ⁉」


 次の瞬間、ドゥグロームを小型にした全長二メルほどの竜がアディルに突進をかまして噛みついた。身体が大きく引き飛ばされ、激痛の走る右肩に竜の牙が喰い込む。


「グッ! ッ邪魔だクソ竜!」


 左拳に力を籠め竜の腹を穿つ。折れた身体が口を離し、すぐさま落雷剣で両断する。が、完全な時間ロスに加えドゥグロームから遠く距離が開いてしまった。全身に響く絶え間ない痛みはルナの心歌術エルリートによる治癒魔術で徐々に癒されていくが、正反対にドゥグロームの周囲には無数の小型竜が犇めき始めた。まるで護衛兵のように。

 そして、ドゥグロームもまたアディルに多大なる憤激を抱き吠えたのだ。



『キサマラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!』



「アディル! 撤退しかないって! てかあたしとルナは逃げるから!」


 と、走り去りながら叫ぶリヴ。アディルは舌打ちをしてリヴの後を追う。風で無事着地すると同時に背後から無数の雷撃が豪雨の如く降り注いだ。


「ざけんなぁああああ! クソかよぉおおおおおお!」


 たまらなく叫びながら逃亡を始める。アディルの脚力はすぐにリヴたちに追いつき、並走。


「アディル! 鱗は!」

「っち。あのチビ竜がいなけりゃ」

「うそ! え? じゃあタダ働きじゃん!」

「俺のセリフだぁ!」

「今は揉めてる場合じゃないよー!」

「そうなんだけどね!」


 怒り心頭の竜たちが背後から猛然と襲い掛かってくる。アディルが風で支えながら三人は全速力で逃亡。そこでふと気づいた。


「あれ? あたしの下僕は?」

「僕ならいるよ」


 そう、背後に風撃を展開させ無事合流したアイレは「って下僕じゃないから」とぼやく。

 全員一応無事であることを確かめ、アイレがリヴをアディルがルナをそれぞれ抱え最後の力を振り絞り。


「あぁああああああああああああん! あたしの鱗ぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 全速逃亡するのだった。

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