第27話 生を名乗り死を呼んで、今冒険に挑む

 


『フフフハハハハハハハハハハァアアアアアアアアアアアアアアアア‼』


 変貌したギウンは己の姿を失いながらも、恣意的しいてきに嗤い声を上げた。

 されど、その音は獣性のそれ。人の形は言の葉にしかなく、叫びも嗤いも音もすべては人外のもの。


「……っち。クソがァ‼ ふざけてんのかァ‼」


 アディルが怒りにあらわに吠える。


「なにあれ……? まって……。そんなことって」


 悍ましくい紛い物の畏怖いふが身体中を這いまわり、忌憚きたんする。


「…………っ」


 声が出ないルナには冒険のすべての恐怖が甦ってその脚をすくませた。そして耳元でささやき首筋を撫でる嫌厭的けんえんてき不快が心意気ごと圧迫してはなぶる。


 その姿は憎悪を抱いて焼かれた人々の肉をくっつけたような忌避をあおる姿だった。

 ギウンの身体に無数の腐肉を張り付け、背中から飛び出す二メルはある爪が二つ。右腕は腐蝕ふしょくした竜のあぎと。左腕には無数の充血した目玉。カダベルコメルのエイリアン系統の顔の額には何らかの結晶が生えている。大きさはアディルより一回り大きく、その姿は吐き気をもよおす。

 生死の恐怖としては圧倒的にギルタブリルが上だったが、生命体としての忌避感は圧倒的に目の前の怪物に魅力があった。

 見ただけでわかってしまう。ギウンが己の身体に何を仕掛けたのか。


「オマエッふざけてんのかァ‼ んなのことが許されるとでも思ってやがんのかァ‼」


 果たしてその激怒に、人の形を涙程度にしか残していないギウンが答えるか。


『――――コ、レガ。カミノイシダァアアアアアアアアアア‼』


 いちじるしく知能は落ちているようだが、自我は保っているようだ。しかし、その怪物は先のようにべらべらと喋ろうとはせず、紫の息を吐きながらゆったりと歩み出した。


 刹那――竜の顎がルナへと迫り。


「調子に乗るな!」


 逸早く動いたアディルが片手剣で相殺する。互いに弾き合うが、ギウンは左手掌を開け。


「カミハココニイルノデスゥウウウウウウウウ‼』


 発光した掌に寄生する大きな単眼が光線を放った。彼我の距離は三メルもない。直撃したと思われた光線だったが。


「させないっての!」


 間一髪で立ち上がった土壁がはばむ。罅の入る土壁の束の間の努力に感謝し、アディルはルナを抱えてその場を離脱。高熱高威力の光線はリヴの強固な土壁を数秒で貫き、地面をえぐった。


『ハハハハハハハハハハ‼ コレガカミ二アタエラレシチカラ!』


 酔狂すいきょうに物を言うギウン。確かに精神は引っ張られてはいるが、実質ギウンと思われる自我は狂乱をばらまく。背中の二メルある爪が背中から抜けて投擲物となって迫る。


「オマエは右から攻めろ! ルナは歌う準備だ!」

「了解!」

「う、うん!」


 左右から弧を描いて迫る爪のブーメランを互いに往なし、ギウンへと左右から挟撃きょうげきする。


「【シルフよ・疾く走れ】」


 全身に風を纏わせたアディルが速度を上げ瞬撃。右腕の竜が咆哮を上げその牙と剣が銀音を激しく打ち上げる。風で身体を耐空維持し、二撃三撃と加えて放つ。が、ナギを扱っていると思われる顎のすべてに往なされる。


「くっ」


 押し返され僅かに体勢が崩れた所に容赦なく竜が噛み砕かんと吠え。


「【サラマンダーよ・ほとばしれ】」


 剣を持たぬ左手を前に突き出し、焔を放つ。火焔が竜からギウンごと呑み込む。


『ソノテイドガドウシタァアアアアアアアアアアアアアアアア‼』


 しかし、左腕の無数の目玉が火焔を吸収し出した。


「バビロンの目玉かよ! クソが」


 吸収された魔術はエネルギーへと変換され、掌の単眼から着地するアディル目掛けて発射。空中を音なく走る光線を右へと跳んで回避。地面を削る火力は容赦なく人の身体を焼き殺すだろう。そして、先の一撃よりも威力が強力なことからわかること。


「リヴ気をつけろ! あの目玉は俺らの魔術に比例しやがる!」

「わかってるよ!」


 ギウンの背後へと回り込んだリヴは瞬時に土を操作する。足場に地割れを引き起こしギウンを突き落とす作戦だ。


「飛べない目玉はただの目玉だっての」

「眼玉が飛べるか」


 逃げ出そうとするギウン目掛けて瓦礫を投擲とうてき。竜の顎がそれを噛み砕くが、追い込みと瀑布の如く水砲で押し潰す。水圧に押し切られたギウンの身体を奈落へと落ちて行った。


「これでもくらっておねんねしといて」


 土石の槍を降り注ぎ地割れに蓋をする。乗り出そうとするギウンの身体を突き刺し、圧倒的物量で押し切る。


 そして、訪れた静寂。


「はぁはぁ、倒したと思う? あたしは思いたい。てか思おう。思いましょう!」

「願望は捨てろ。死ぬぞ」

「その言葉はギルティだから!」


 そう叫ぶと同時に真下より強大なナギの揺らめきを感じ、一目散に逃げるリヴ。瞬間、大地を吹き飛ばし僅かに月が顔を出す闇夜へと光の柱が昇った。音もなく瞬間として破壊する暁光の柱。まるで天より神が出でたようにも見えたことだろう。しかし、かの柱はリヴを消滅させるために地下より撃たれたもの。放った怪物は悠々と自ら切り開いた穴より舞い戻って来た。


『イタイデスネ。シンジャイマスヨ。アノテイドデハシニマセンガネ!』


 ゲラゲラと笑うギウン。その身体からは確かに毒色とは言え墳血している。が、腐肉がうごめき傷口を塞いでいく。もはや人間の体内とは違うのだろう。恐らく心臓を破壊した所で確実に死ぬとは思えない。


「カダベルコメルの爪と顔、バビロンの目玉、ベルセルクの肉体、雲竜の顎。見た感じその四体だけど、これヤバくない? 合成獣キマエラってことだよね?」

「っち。禁忌に手を出すどこに救世主メシアなんざ清廉せいれんさがありやがるか。神じゃねーよそれは。悪魔だろうが」


 正しく悪魔的と言えよう。合成獣キマエラとは遥か昔、人がパンテオンの研究の果てに己の身体にパンテオンの能力や特徴を宿そうと体液や血液を投入して行われた実験の産物。本来のパンテオンの半分以下の恩恵を授かる変わりに自我の喪失や即死、病への変貌。それを段階ごとに進めた結果、一夜にして五つの村を滅ぼすほどの脅威として出現したとされている。人とパンテオン、生物の理から外れたかの実験は禁忌とされ封印された。

 歴史学で学ぶ災害の一つ。無論、アディルとリヴが眼にしたことはない。だが、わかってしまうのだ。


『ワタシハカミニチカヅイタノダ‼』


 狂戦獣ベルセルクの理不尽で暴力的身体能力を持ってしてギウンはアディルへ肉薄。雲竜の精神を食い千切るあぎとがナギを纏って魔術的な作用をもたらす。


「――くっ! ざけんな!」


 出力最大。風を纏った閃撃で迎撃する。一度目は弾き返せた一撃は今や重く強く競り合う火花の奥でバビロンの目玉がこちらを見た。


「【私の名を献上する・水紋よ閉じよ・氷柱よ飛べ】っ!」


 土属性と水属性の複合属性、氷属性へと転じ氷柱の大群がリヴより穿たれる。ガラ空きの背中を狙った三十の氷柱だが、不自然に背中へと曲がった左腕。寄生するバビロンの目玉が魔術を吸収した。時差なく、吸収された魔術をエネルギーに変換して放たれた。


「ぐぅぅっ⁉」


 咄嗟とっさに生み出した土壁で防御するも、詠唱無しで現象させた土壁ではもろい。罅が入ってはリヴの逃走を許さずに貫いた。


「~~~~~~~~~っ!」


 直撃の瞬間、時間が視界と聴覚を鮮明に蘇らせ、そこではっと気づく。歌声が響いていることに。


 その歌はリヴと光線の僅かな合い間に結界を張ったのだ。間一髪の結界は直撃を防ぐも強烈な一撃に爆破。リヴの身体は砂煙にならって転がっていく。


 ――リヴっ‼


 そう、その子が呼んだ気がして瞬時に顔を上げれば、投擲されたカダベルコメルの爪が鼻先をかすめた。研ぎ澄まされた命の危機に上半身を後ろへ逸らしたことで致命傷から逃れる。


「~~~~~~~~っ‼」


 そして、歌は一際大きく戦場に響き渡った。それはアディルとリヴの背中を押し、ギウンの精神と身体を不安定にさせる。


『グググゥゥゥゥガァッアアアアアアアアアア‼』


 痛哭を迸ったギウンに、「今だ!」とアディルが押し返した。ルナの心歌術エルリートによる精神干渉とタイミングを合わせて成したノックバックの隙。


「あぁああああああああああああ‼」


 アディルは出力全快の風に乗せて渾身の一撃を放つ。右肩上からの迫撃。それは深々と胸を切り裂いた。腐肉が爆ぜ血飛沫ちしぶきが降り注ぐ中、回復する奴の身体に慢心まんしんはしない。降り抜いた剣をひるがえし、左肩に構えた一刀を心臓へと突き刺した。まるではがねに覆われたようなベルセルクの強靭さをブチブチとぶちやぶり、ぐっと根本付近まで差し込む。


「~~~~~~~~っ‼」


 一際強く響いた歌声が更にエレメントに干渉し現象させる。大地から伸びた蔓木がアディルの背へ振り下ろそうとする腕を絡め捕り、腐肉の浸食を抑える。そして、火のエレメントを持たないルナには対象を強化する術は使えないが、水と土のエレメントより癒しの波動を贈る。

 癒しの波動はアディルの体力を戻し、精神を安定。ささやかな傷を治しその背を押す。

 ルナの懸命さに応えるようにアディルもまた叫んだ。


「【けろほむら・その名はサラマンダー・我が心を火種にたけろ】ッ!」


 突き刺した刃から猛然業火の渦が炸裂した。

 すべてを焼き払う灼熱地獄を浴び叫喚きょうかんするギウン。その肉、その心、その命を灰へと還さん。


『あぁあああああああああああああああああああああああ‼』


 雄叫おたけびは猛る猛る焔の如し。真紅の優艶ゆうえんにて尊き命は天にかえることだろう。それが摂理せつりだ。

 しかし、その禁忌は摂理すらも否定する。


 借り物の力とて其の力、バビロンの目玉が輝きだした。

 かの目玉はナギを含むあらゆる現象を分解してエネルギーへと変換吸収する能力を有する。その眼玉の怪しさと奇怪さは焔の中とて変わらない。土埃塗れの目玉だろうとエネルギー変換の根を止められない。

 全力の一刀が無に還元されていく。ありったけの炎が鎮火吸収されていく。

 炎から顔を出したその怪物が嗤うのだ。


『ザンネンデスネ。キサマではワタシにカテマセン‼』


 醜い火傷の姿。されど瞬時に動き出す腐肉。ベルセルクの再生能力がバビロンの目玉が吸収したエネルギーを使って不可能を可能にして見せる。

 ルナの精神干渉以外の術もまた分解され変換吸収。

 その星屑のような目玉たちの輝きはアディルとルナ、二人分のエネルギーを証明するように光輝いていた。血濡れで土に塗れ灰を被った火傷の姿でも、その醜さが許されるほどに悠然と輝きを放つ。月灯りすら霞むほどの極光となって。


『ハハハハハハハハハハ‼ ヤハリカミはタダシイッ‼ スベテはメシアがセカイをスクウノデス‼』

「――――っ」


 カダベルコメルの半面がギウンの人面になった今、肉体の消失による強まった自我は喜びに打ち震えた顔でバビロンの目玉をアディルたちへと向ける。


『メシアのタンジョウにイタンシャはイリマセン。スベテはカミノミゴコロのママ。シュウエンからスクウノデス‼』


 強まるエネルギー。極大の火力が昂り世界すら危機に怯えたように風が荒ぶる。

 ギウンは告げた。


『ユエにシュウエンのイよシネ』


 収縮しゅうしゅくされたエネルギーがすべてのエレメントに干渉。ただただ破壊の光へと転じ、都市アカリブもを吹き飛ばさんと今――


『グハッァッ⁉』


 ドクン――それは酷く酷く死を刻む感覚だった。


 それを味わった者は吐血する。まるで身体が破裂したかのような錯覚さっかくに怪物の身でありながら人のように胸を押さえた。止まらぬよだれ。明滅する視界。砂嵐に荒らされたような聴覚。ただただに冷たい体温感覚。なのに一番感覚が鋭い所を刺されたような白熱。

 なにが起こった? なにがどうなった?

 ギウンはよくわからない視界の中、無意識にもの凄く虚無を感じる左手へと視線を上げ。


『――――は?』


 今ほどこの男の人間性を垣間見た瞬間はないだろう。

 そして、結末は一人の少女によって定められていた。


「【永劫未来の獣】、ううんこっちのほうがいいかね。【死神】ギルタブリル」


 そう、災害の獣の一体の名を呼ぶのはリヴだ。


「あの獣の灰には特殊な力があったの。あの灰は一定量のエレメントとナギによる干渉。その時のがあってね。その量ってのはあんたの左腕が丁度よかったりするわけなんだけど……どうかな?」


 そう、死の宣告をしたのだ。その手にはスラグポリプスというスライム系統のパンテオンの死骸があった。


『ま、さか……』

「アンタに水を流した時にこのスライムに灰を含ませといたの。このスラグポリプスはアラクネの糸で錬金術したもので、粘着力がすごいんだよねー。多分だけど、その身体の中に入り込んでると思うよ」

『――――っ⁉』


 そう、あの水攻め土槍の攻撃の後、地上へと脱出したギウンは腐肉を回復させた。肉が傷口を覆い隠すやり方は体内に入った物質を取り除くことはしない。


『キサマッ⁉ ソレヲシッテのゲサクナノカッ!』

「バカ言え。奇策だ。オマエが取り込んだパンテオンの正体と性能がわかれば造作もねーよ。策ってのは何通りも用意しておくもんだ」

『バカナ! ソンナスなどドコニ』

「やっぱり、知性とか思考力とか視力もかな。結構パンテオンに左右されるみたいだね。見えてなかったんじゃないの? あたしたちの歌姫をね」

『…………マサカ』

「――はい。私が司令塔になってました」

『――――』


 絶句だ。アディルがルナにどの作戦で行くかと単純な指の動作などで伝え、それをルナはリヴへと同じ動作で伝えていた。どちらともアイコンタクトが取れるように背後に下がっていたルナだからできることだ。

 ギウンは呆気にとられる。なぜならその小娘は先日まで何も知らない赤子同然だったではないか。心歌術エルリートも安定せず、ましてや戦闘経験などありはしない。できたとして先のように歌うことだけ。害にもならなかったはずだ。だと言うのに、作戦を決める上で重要や役割をこなし、要望に沿って心歌術エルリートを発動させリヴを救いアディルを支えた。経った一週間でそれができるだろうか。否である。長年兵士どもを見て来たギウンにはあり得ない光景だった。


「これも全部、アディルさんとリヴ。それにセルリアさんのお陰です」


 その名に失念を覚える。あの異端の歌姫ディーヴァとして天才的才能を有するあの女。

 誰が予想できたか。アディルたちと同じように問題児であり孤独でもあるセルリア・メモルが新人歌姫に本気で訓練をするなど。


 灰になって死という刻印が押される。除かれていくパンテオンの素質。戻ってくるギウンという矮小な男の実態。醜く回りだす頭がすべてを理解する。膝をつく己を見下す三人の冒険者が何を為したのか。


「あんたが何が目的で動いてるのか知らないけど。あんたのしたことは許されないから」


 憤慨ふんがいがあった。憎しみがあり、嫌悪が刺す。


「ネルファとカインを……アルザーノ家の人をもてあそんで利用した罪を償って。あたしたちを殺そうとしたことを謝って」

『…………』

「っネルファとカインに謝ってッ!」


 その痛哭つうこく。その悲しみ。その喪失。その罪悪感。その忸怩じくじたる己の未熟さを呪う涙。

 その眼は己を呪いながらも一定の正義を宿して罪を押し付けてきた。そしてギウンにはその罪を背負う責任があった。

 リヴたちを捕えるためにアルザーノ家を利用し、生きる権利のあった彼らを侮辱ぶじょくし生きる権利をないがしろにした。関係のない二人のささやかな日常を破壊した。

 すべてはギウンのシナリオの上。だから、ネルファの尊厳を踏みにじりカインを過酷へと突き落とし、最後の別れをさせなかったのはこの悪辣あくらつな信仰者に罪を綴らせる。

 ギウンは静かに口を開いた。


『すべテは……神の導キのままニ……死しタ命は神のまマに』

「――――バカアホめんたいこッ‼ 死んじゃえ‼」


 リヴの土拳が容赦なくギウンを叩き殺した。荒い息。止めどないやるせなさ。消えない怒りと悲しみ。許せないと、歯を食いしばる。


「リヴ……」


 その背に何を言えばいいかわからず、ただ衝動的にルナはリヴの背中を抱きしめる。ぐすりと鼻を鳴らしたリヴは手で目元を拭って。


「当り前だから!」


 そう毅然きぜんと言い放った。


「カバラ教なんて大っ嫌い! だから行こ! あんな最低な奴なんていない所にさ」

「リヴ……うん」

「……ああ、行くか」

「うん、行こう」


 十六年の歴史に背を向ける。火の手が消火され、セルリアの結界も消えた都市アカリブに背を向ける。その背を押すように吹き抜ける風は硝煙を纏い、死がこびりついたその眼に確かな光を宿して一歩、彼らは踏み出した。


 そして到ろう。


 見下げる直径九百メルの大穴――『ラウムの穴』。

 まるで世界の胃へと吸い込まれそうな底無し穴にルナが唾を呑み込む。


「この先、何があるかはわからねー。どんな絶望、悲劇、喜劇、奇跡、ただの恐怖かもしれねー」


 世界は未知に溢れている。ここはまだ序章だ。穴の入り口だ。


「あの日の冒険ですら俺らは【エリア】の一つも知れてねーだろな。俺らを救わねー理不尽で溢れてやがるだろう」


 待つのは未知。ふりかかるのは理不尽。それが運命だとしても。


「いいかオマエら。引き返すなら今だぞ」


 リヴが何バカなと笑った。


「ここまで来たら行くに決まってるよ。キツにいがどんな遺産を残したのか知りたいもん」


 ルナは、私も、と頷いた。


「私も知りたい。私が誰なのか知りたい。それに……」

「ん?」


 二年後に死ぬと言った二人を助けたい。

 今はまだ、その死が信じられないから言葉にしなかったが。ルナは確かにその想いを胸にしまった。


「ううん。私も一緒にいくよ」


 アディルはそうか、と改めて穴に向き合う。

 待ち受けるは悲劇か喜劇か。あるいはもっと違うものか。

 ただ、生命が色濃く歌を歌う残酷な世界へと、その身その心を待ち受ける。


 さあ、いざけ……そう、誰かが背を蹴り。

 さあ、来て……そう、誰かが微笑み。


「よし。行くぞ」

「冒険の始まりだー!」

「えい!」


 そう、少年少女は未知なる穴へと飛び込んだ。

 今ここより彼らは冒険者と名乗り、誰も真相を知らない未知なる世界へと挑むのだ。

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