第27話 生を名乗り死を呼んで、今冒険に挑む
『フフフハハハハハハハハハハァアアアアアアアアアアアアアアアア‼』
変貌したギウンは己の姿を失いながらも、
されど、その音は獣性のそれ。人の形は言の葉にしかなく、叫びも嗤いも音もすべては人外のもの。
「……っち。クソがァ‼ ふざけてんのかァ‼」
アディルが怒りに
「なにあれ……? まって……。そんなことって」
悍ましくい紛い物の
「…………っ」
声が出ないルナには冒険のすべての恐怖が甦ってその脚を
その姿は憎悪を抱いて焼かれた人々の肉をくっつけたような忌避を
ギウンの身体に無数の腐肉を張り付け、背中から飛び出す二メルはある爪が二つ。右腕は
生死の恐怖としては圧倒的にギルタブリルが上だったが、生命体としての忌避感は圧倒的に目の前の怪物に魅力があった。
見ただけでわかってしまう。ギウンが己の身体に何を仕掛けたのか。
「オマエッふざけてんのかァ‼ んなのことが許されるとでも思ってやがんのかァ‼」
果たしてその激怒に、人の形を涙程度にしか残していないギウンが答えるか。
『――――コ、レガ。カミノイシダァアアアアアアアアアア‼』
刹那――竜の顎がルナへと迫り。
「調子に乗るな!」
逸早く動いたアディルが片手剣で相殺する。互いに弾き合うが、ギウンは左手掌を開け。
「カミハココニイルノデスゥウウウウウウウウ‼』
発光した掌に寄生する大きな単眼が光線を放った。彼我の距離は三メルもない。直撃したと思われた光線だったが。
「させないっての!」
間一髪で立ち上がった土壁が
『ハハハハハハハハハハ‼ コレガカミ二アタエラレシチカラ!』
「オマエは右から攻めろ! ルナは歌う準備だ!」
「了解!」
「う、うん!」
左右から弧を描いて迫る爪のブーメランを互いに往なし、ギウンへと左右から
「【シルフよ・疾く走れ】」
全身に風を纏わせたアディルが速度を上げ瞬撃。右腕の竜が咆哮を上げその牙と剣が銀音を激しく打ち上げる。風で身体を耐空維持し、二撃三撃と加えて放つ。が、ナギを扱っていると思われる顎のすべてに往なされる。
「くっ」
押し返され僅かに体勢が崩れた所に容赦なく竜が噛み砕かんと吠え。
「【サラマンダーよ・
剣を持たぬ左手を前に突き出し、焔を放つ。火焔が竜からギウンごと呑み込む。
『ソノテイドガドウシタァアアアアアアアアアアアアアアアア‼』
しかし、左腕の無数の目玉が火焔を吸収し出した。
「バビロンの目玉かよ! クソが」
吸収された魔術はエネルギーへと変換され、掌の単眼から着地するアディル目掛けて発射。空中を音なく走る光線を右へと跳んで回避。地面を削る火力は容赦なく人の身体を焼き殺すだろう。そして、先の一撃よりも威力が強力なことからわかること。
「リヴ気をつけろ! あの目玉は俺らの魔術に比例しやがる!」
「わかってるよ!」
ギウンの背後へと回り込んだリヴは瞬時に土を操作する。足場に地割れを引き起こしギウンを突き落とす作戦だ。
「飛べない目玉はただの目玉だっての」
「眼玉が飛べるか」
逃げ出そうとするギウン目掛けて瓦礫を
「これでもくらっておねんねしといて」
土石の槍を降り注ぎ地割れに蓋をする。乗り出そうとするギウンの身体を突き刺し、圧倒的物量で押し切る。
そして、訪れた静寂。
「はぁはぁ、倒したと思う? あたしは思いたい。てか思おう。思いましょう!」
「願望は捨てろ。死ぬぞ」
「その言葉はギルティだから!」
そう叫ぶと同時に真下より強大なナギの揺らめきを感じ、一目散に逃げるリヴ。瞬間、大地を吹き飛ばし僅かに月が顔を出す闇夜へと光の柱が昇った。音もなく瞬間として破壊する暁光の柱。まるで天より神が出でたようにも見えたことだろう。しかし、かの柱はリヴを消滅させるために地下より撃たれたもの。放った怪物は悠々と自ら切り開いた穴より舞い戻って来た。
『イタイデスネ。シンジャイマスヨ。アノテイドデハシニマセンガネ!』
ゲラゲラと笑うギウン。その身体からは確かに毒色とは言え墳血している。が、腐肉が
「カダベルコメルの爪と顔、バビロンの目玉、ベルセルクの肉体、雲竜の顎。見た感じその四体だけど、これヤバくない?
「っち。禁忌に手を出すどこに
正しく悪魔的と言えよう。
歴史学で学ぶ災害の一つ。無論、アディルとリヴが眼にしたことはない。だが、わかってしまうのだ。
『ワタシハカミニチカヅイタノダ‼』
「――くっ! ざけんな!」
出力最大。風を纏った閃撃で迎撃する。一度目は弾き返せた一撃は今や重く強く競り合う火花の奥でバビロンの目玉がこちらを見た。
「【私の名を献上する・水紋よ閉じよ・氷柱よ飛べ】っ!」
土属性と水属性の複合属性、氷属性へと転じ氷柱の大群がリヴより穿たれる。ガラ空きの背中を狙った三十の氷柱だが、不自然に背中へと曲がった左腕。寄生するバビロンの目玉が魔術を吸収した。時差なく、吸収された魔術をエネルギーに変換して放たれた。
「ぐぅぅっ⁉」
「~~~~~~~~~っ!」
直撃の瞬間、時間が視界と聴覚を鮮明に蘇らせ、そこではっと気づく。歌声が響いていることに。
その歌はリヴと光線の僅かな合い間に結界を張ったのだ。間一髪の結界は直撃を防ぐも強烈な一撃に爆破。リヴの身体は砂煙に
――リヴっ‼
そう、その子が呼んだ気がして瞬時に顔を上げれば、投擲されたカダベルコメルの爪が鼻先を
「~~~~~~~~っ‼」
そして、歌は一際大きく戦場に響き渡った。それはアディルとリヴの背中を押し、ギウンの精神と身体を不安定にさせる。
『グググゥゥゥゥガァッアアアアアアアアアア‼』
痛哭を迸ったギウンに、「今だ!」とアディルが押し返した。ルナの
「あぁああああああああああああ‼」
アディルは出力全快の風に乗せて渾身の一撃を放つ。右肩上からの迫撃。それは深々と胸を切り裂いた。腐肉が爆ぜ
「~~~~~~~~っ‼」
一際強く響いた歌声が更にエレメントに干渉し現象させる。大地から伸びた蔓木がアディルの背へ振り下ろそうとする腕を絡め捕り、腐肉の浸食を抑える。そして、火のエレメントを持たないルナには対象を強化する術は使えないが、水と土のエレメントより癒しの波動を贈る。
癒しの波動はアディルの体力を戻し、精神を安定。ささやかな傷を治しその背を押す。
ルナの懸命さに応えるようにアディルもまた叫んだ。
「【
突き刺した刃から猛然業火の渦が炸裂した。
すべてを焼き払う灼熱地獄を浴び
『あぁあああああああああああああああああああああああ‼』
しかし、その禁忌は摂理すらも否定する。
借り物の力とて其の力、バビロンの目玉が輝きだした。
かの目玉はナギを含むあらゆる現象を分解してエネルギーへと変換吸収する能力を有する。その眼玉の怪しさと奇怪さは焔の中とて変わらない。土埃塗れの目玉だろうとエネルギー変換の根を止められない。
全力の一刀が無に還元されていく。ありったけの炎が鎮火吸収されていく。
炎から顔を出したその怪物が嗤うのだ。
『ザンネンデスネ。キサマではワタシにカテマセン‼』
醜い火傷の姿。されど瞬時に動き出す腐肉。ベルセルクの再生能力がバビロンの目玉が吸収したエネルギーを使って不可能を可能にして見せる。
ルナの精神干渉以外の術もまた分解され変換吸収。
その星屑のような目玉たちの輝きはアディルとルナ、二人分のエネルギーを証明するように光輝いていた。血濡れで土に塗れ灰を被った火傷の姿でも、その醜さが許されるほどに悠然と輝きを放つ。月灯りすら霞むほどの極光となって。
『ハハハハハハハハハハ‼ ヤハリカミはタダシイッ‼ スベテはメシアがセカイをスクウノデス‼』
「――――っ」
カダベルコメルの半面がギウンの人面になった今、肉体の消失による強まった自我は喜びに打ち震えた顔でバビロンの目玉をアディルたちへと向ける。
『メシアのタンジョウにイタンシャはイリマセン。スベテはカミノミゴコロのママ。シュウエンからスクウノデス‼』
強まるエネルギー。極大の火力が昂り世界すら危機に怯えたように風が荒ぶる。
ギウンは告げた。
『ユエにシュウエンのイよシネ』
『グハッァッ⁉』
ドクン――それは酷く酷く死を刻む感覚だった。
それを味わった者は吐血する。まるで身体が破裂したかのような
なにが起こった? なにがどうなった?
ギウンはよくわからない視界の中、無意識にもの凄く虚無を感じる左手へと視線を上げ。
『――――は?』
今ほどこの男の人間性を垣間見た瞬間はないだろう。
そして、結末は一人の少女によって定められていた。
「【永劫未来の獣】、ううんこっちのほうがいいかね。【死神】ギルタブリル」
そう、災害の獣の一体の名を呼ぶのはリヴだ。
「あの獣の灰には特殊な力があったの。あの灰は一定量のエレメントとナギによる干渉。その時の
そう、死の宣告をしたのだ。その手にはスラグポリプスというスライム系統のパンテオンの死骸があった。
『ま、さか……』
「アンタに水を流した時にこのスライムに灰を含ませといたの。このスラグポリプスはアラクネの糸で錬金術したもので、粘着力がすごいんだよねー。多分だけど、その身体の中に入り込んでると思うよ」
『――――っ⁉』
そう、あの水攻め土槍の攻撃の後、地上へと脱出したギウンは腐肉を回復させた。肉が傷口を覆い隠すやり方は体内に入った物質を取り除くことはしない。
『キサマッ⁉ ソレヲシッテのゲサクナノカッ!』
「バカ言え。奇策だ。オマエが取り込んだパンテオンの正体と性能がわかれば造作もねーよ。策ってのは何通りも用意しておくもんだ」
『バカナ! ソンナスなどドコニ』
「やっぱり、知性とか思考力とか視力もかな。結構パンテオンに左右されるみたいだね。見えてなかったんじゃないの? あたしたちの歌姫をね」
『…………マサカ』
「――はい。私が司令塔になってました」
『――――』
絶句だ。アディルがルナにどの作戦で行くかと単純な指の動作などで伝え、それをルナはリヴへと同じ動作で伝えていた。どちらともアイコンタクトが取れるように背後に下がっていたルナだからできることだ。
ギウンは呆気にとられる。なぜならその小娘は先日まで何も知らない赤子同然だったではないか。
「これも全部、アディルさんとリヴ。それにセルリアさんのお陰です」
その名に失念を覚える。あの異端の
誰が予想できたか。アディルたちと同じように問題児であり孤独でもあるセルリア・メモルが新人歌姫に本気で訓練をするなど。
灰になって死という刻印が押される。除かれていくパンテオンの素質。戻ってくるギウンという矮小な男の実態。醜く回りだす頭がすべてを理解する。膝をつく己を見下す三人の冒険者が何を為したのか。
「あんたが何が目的で動いてるのか知らないけど。あんたのしたことは許されないから」
「ネルファとカインを……アルザーノ家の人を
『…………』
「っネルファとカインに謝ってッ!」
その
その眼は己を呪いながらも一定の正義を宿して罪を押し付けてきた。そしてギウンにはその罪を背負う責任があった。
リヴたちを捕えるためにアルザーノ家を利用し、生きる権利のあった彼らを
すべてはギウンのシナリオの上。だから、ネルファの尊厳を踏み
ギウンは静かに口を開いた。
『すべテは……神の導キのままニ……死しタ命は神のまマに』
「――――バカアホめんたいこッ‼ 死んじゃえ‼」
リヴの土拳が容赦なくギウンを叩き殺した。荒い息。止めどないやるせなさ。消えない怒りと悲しみ。許せないと、歯を食いしばる。
「リヴ……」
その背に何を言えばいいかわからず、ただ衝動的にルナはリヴの背中を抱きしめる。ぐすりと鼻を鳴らしたリヴは手で目元を拭って。
「当り前だから!」
そう
「カバラ教なんて大っ嫌い! だから行こ! あんな最低な奴なんていない所にさ」
「リヴ……うん」
「……ああ、行くか」
「うん、行こう」
十六年の歴史に背を向ける。火の手が消火され、セルリアの結界も消えた都市アカリブに背を向ける。その背を押すように吹き抜ける風は硝煙を纏い、死がこびりついたその眼に確かな光を宿して一歩、彼らは踏み出した。
そして到ろう。
見下げる直径九百メルの大穴――『ラウムの穴』。
まるで世界の胃へと吸い込まれそうな底無し穴にルナが唾を呑み込む。
「この先、何があるかはわからねー。どんな絶望、悲劇、喜劇、奇跡、ただの恐怖かもしれねー」
世界は未知に溢れている。ここはまだ序章だ。穴の入り口だ。
「あの日の冒険ですら俺らは【エリア】の一つも知れてねーだろな。俺らを救わねー理不尽で溢れてやがるだろう」
待つのは未知。ふりかかるのは理不尽。それが運命だとしても。
「いいかオマエら。引き返すなら今だぞ」
リヴが何バカなと笑った。
「ここまで来たら行くに決まってるよ。キツ
ルナは、私も、と頷いた。
「私も知りたい。私が誰なのか知りたい。それに……」
「ん?」
二年後に死ぬと言った二人を助けたい。
今はまだ、その死が信じられないから言葉にしなかったが。ルナは確かにその想いを胸にしまった。
「ううん。私も一緒にいくよ」
アディルはそうか、と改めて穴に向き合う。
待ち受けるは悲劇か喜劇か。あるいはもっと違うものか。
ただ、生命が色濃く歌を歌う残酷な世界へと、その身その心を待ち受ける。
さあ、いざ
さあ、来て……そう、誰かが微笑み。
「よし。行くぞ」
「冒険の始まりだー!」
「えい!」
そう、少年少女は未知なる穴へと飛び込んだ。
今ここより彼らは冒険者と名乗り、誰も真相を知らない未知なる世界へと挑むのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます