第21話 決闘①

 

 騎士の決闘。当事者双方が同意して、あらかじめ了解し合ったルールに基づいて行う闘争を差す。恨みを晴らす、名誉の回復、純粋な力比べ、賭け事など理由は多岐たきに渡る。軍の世界は常に弱肉強食が基盤にある。強い者が弱い者を搾取さくしゅする。弱者は強者に抗うことを許されず、強者はその限りを持って支配する。決闘は言わばその根本的地位による支配を同じ土俵に置いて公平に戦える、兵士の憂さ晴らしを目的として取り入れられた仕組みだ。

 二年前にこの決闘によって二等兵のアディルが一等騎士をくだしたのが新しく、それ自体が決闘の本質だ。下級兵の中から優れた才能を持つ戦士を見つけ出す。下級兵が最も素早く昇進する術。故に決闘は文字通りの人生を決める戦いでもある。

 そして、今だ全勝連覇のアディルの決闘となればギャラリーのそれは多いこと。

 用意された場所はコロシアム。直径四百メルの闘技場に円形に囲い込む観客席。ざわつく周囲はゴミだまりが踊っているような喧噪で、闘技場に立つアディルには煩わしいほど他にない。


「異端者! 負けろー!」

「こけろー!」

「死ね! ブーブー」


 ほんと、屑虫というのはうざったい。構ってられるかと無視。ベロを出すリヴはぷんすかと腰に手を当てる。


「あたしらが嫌いならあんたたちが死ねばいいのに」

「極論だな」


 この妹はなかなかに口が辛辣である。正式な場でなければ爆薬の一つでもぶち込んでいるだろう。どうして荒っぽく育ってしまったのか。クソ兄貴のせいであろう。

 とにかく、軍が貸し出してくれた剣型のセフィラを眺めながら考える。



「オマエはどっちをやる?」

「うーん、速くないほう」

「なら脳筋か」

「作戦とかいいわけ? 向こうの女の人けっこう強いんじゃなかったっけ」

「んなもんないらねーよ。それよりあいつらをどう使うか……」

「あら。もう勝ったつもりでいるの。失礼な人」


 会場のどよめきを背負ってやって来たのは翡翠ひすいの髪の女と薬漬けみたいに「ふーふー」と鼻息の荒い脳筋男。わざわざ嫌味を言うために遅くきたらしい。暇人かよ。


「それともスポンジ頭は現実逃避をしているの」

「オマエの相棒の方がクソな脳みそしてんだろうーよ。その程度の脳筋を従えるオマエに価値なんかあるか」

「何言ってるの? 従えてなんていないわよ」

「ん?」


 きょとんとされて事前情報と違うことに戸惑うアディル。女は言った。


「あなたたちとの決闘を一緒にしてくれる人を募った時。彼しか来なかったから彼にしただけ」

「…………」

「別に誰でもいい。彼だけしか戦う勇気がなかっただけで、彼を従えてるとかじゃない。誰もあなたたちと戦いたくない腑抜けの中で彼だけが戦うと言ってくれたから一緒に行動していただけ。だから従えてるわけじゃない」


 しーんと鎮まり帰るコロシアム。まるで先の喧噪が嘘のように静けさが波を打った。


「ヤバいよアディル。空気がヤバいんだけど! 一致団結であっちについてたのに、バカにされてるよ! 仲間なんて思われてないのに勝手に勘違いして『俺らの代弁者』みたいに盛り上がってたのが嘘みたいに鎮まってるんだけど! 脳筋くんより戦意も度胸も勇気もないスポンジ頭以下って言われてすっごい複雑な顔してるんだけど!」

「妹よ、解説ご苦労。そして黙れ」

「あ! 脳筋くん泣いてるし。相手にされてないってわかって泣いてるんだけど」

「黙ってくれ妹! 俺らが悪者みたいになりそうだから!」

「それじゃあ始めよ。あなたたちを藻屑もくずにするからね」

「ブレねーなオマエは!」


 両者一定の距離を開け中央に整列し、審判の教官がルールの確認を始める。


「ルールの確認を行う。二対二のフリー。武器及び錬金物、魔術の仕様許可アリの殲滅戦。二人とも戦闘継続不可と判断、あるいは降参により勝敗が決まる」

「はい」

「ああ」

「次に勝利報酬について。リース・フォルト三等騎士、ドルマ・ゲドン三等騎士ペアの勝利報酬はアディル二等兵及びリヴ二等兵の軍事機関からの追放でよろしいか?」

「ふふ。あとで泣きごと言っても知らないから。泣き言言ってくれたらペットくらいにはしてもいいけど」

「ざけんなクソ女。万が一も起こんねーよ」

「承諾と。次にアディル二等兵、リヴ二等兵ペアの勝利報酬は『従僕の首輪』をリース・フォルト三等騎士及びドルマ・ゲドン三等騎士に装着でよろしいか?」

「オマエこそ後悔すんじゃねーぞ。甘ったれた命令なんざ俺はしねーからな」

「大丈夫。私、えっちなことも大好きだから」


 とんでも発現をした気がしたが、訊かなかったことにしよう。


「アディル! それが目的なの⁉ 変態! 死ねば!」

「テメェー‼ リースさんの身体が目的ってのかァ! 殺すッ‼」

「聞かなかったことにしろよ! オマエくらい俺を信じやがれや」


 これは作戦か。アディルとリヴを仲違いさせ、ドルマ・ゲドンの殺意を高め、周囲を味方につける罠だったか。なんと下衆げすなことをと睨むアディルにリースは言った。


「子供って紅冠鳥カーディナルが届けてくれるんだよね。素敵だと思わない?」

「…………」


 一言いっておこう。リース・フォルトという女は別次元で生きているらしい。


 茶番はここまで。闘志が波のない水平の波紋となって浸透しんとうした。一触即発いっしょくそくはつの緊迫感に会場の音は切り裂かれ誰もが口を閉じ喉の底で息を貯める。深淵を落したような冷感は微かな火花を瞳の奥に散らし呼吸を伸ばした。伸びる呼吸は氷の霧のように。リースの息がアディルの息が互いの耳にささやいた瞬間。


「始め――」


 すべてを感じ取り、一切の抒情じょじょうもなく仕来しきたりも不要と。唐突な一言は四人の心臓を深く沈め解き放った。


「――――」

「――――」


 瞬撃が爆風をすさむ。風のエレメント同士の一撃。片手剣と双剣のナイフが銀音を奏で、爆ぜた風の中で互いを初めて見定め見つめあった。時として数秒にも満たない。銀の反響を滑るように弾き合う。千切れた風を収束し、着地した瞬間に再びの迫撃。風が銀を切り裂いて反響させた。


「私に付いて来てね」

「上等だァ」


 始まる。迅速の閃撃が何度も銀を響かせ風を爆ぜさせる。眼に負えない速度で二人は幾度の逢瀬おうせを重ねた。

 槍のような迅速の一撃をアディルは片手剣の腹でなす。通り過ぎる背を追うように大地を蹴って横凪に振るう。僅か上を跳躍して回避したリース。彼女は滞空状態のまま両手のナイフを左にそろえアディルの首へ斬首。身体を逸らして間一髪で回避するもその前髪がほんの少し散る。バク宙の容量で真下から足蹴りを見舞う。が、足底にリースは自分の足底をピッタリを重ね合わせ、アディルの足裏を足場に大きく跳躍。反転した視界の奥でこちらへ身をよじる姿を目にし、一秒遅れてアディルは右肩を下向きに身体を捩じった。

 片足の着地。まるで限られた逢瀬の時間に焦るように、脚力を増強補助する風に身を任せながら大地を蹴る。

 互いの鼻先が触れるような感覚を得ながら、タイミングは計らずも同じく。

 銀音が風の刃となって吹き叫んだ。


「さすが。私の速度に付いて来てくれたのは初めてかもしれない」

「皮肉か? オマエの強さってのは認めてやるが、その程度なわけないだろうな」

「ふふ。今日はたくさん楽しもうね!」


 それはもう。それはそれは嬉しいそうに笑みを浮かべるものだからアディルとて噴き出してしまった。

 これは決闘だ。互いの私欲を賭けて殴り合う儀式だ。勝敗の果てには望まぬ未来が待っている。敗北一つで人生が簡単に転ぶ可能性だってある。だというのに、嗚呼、目の前の風の少女は楽しそうにしているのだ。まるでアディルと戦うことこそが初めから目的だったと言わんばかりに。


「オマエのイカれた風に乗ってやるよ!」

「ふふ! いくよ」

「こい」


 一度互いに距離を取った二人は深呼吸を、相手の呼吸をなぞるように大気に触れる。すーっと止んだ大気の凪の中、風に乗って二人は風音を奏でる。旋律は互いの得物の唸り声。痛哭と歓喜に打ち震える純粋な闘志。炎のように風が吹き荒れ鮮明に拍動を映し出す。

 純粋純然な一撃一撃が対話のように幾度を繰り返された。


「すごい楽しんでるじゃんお兄ちゃん」


 まるで昔のアディルみたいで魅入っていたリヴの頬もほころぶ。兄のそういう素の姿を見て嬉しく思う辺り、やはりリヴはアディルの妹であり有無言わせぬブラコンである。


「これは邪魔できないねー」

「たりめーだぁ。リースさんの邪魔なんかするか」


 リヴに反応したのはドルマ・ゲドン。八重歯の屈強な男の眼はまさに姉貴を見るような、けど確かにある恋愛感情がリヴをとがめる。


「リースさんの勝利は決まったも同然。俺は俺がやるべきことをするだけだァ」

「えっと……いっそ、観客にならない?」

棄権きけんすれば観客だろうな」

「あ、やっぱなしで」


 明らかにリヴを排除する眼差しだ。脳筋と揶揄していたが、その全身の鍛え上げられた筋肉を見て今はバカにできそうもない。奴が背負う大剣のひと凪でリヴの脆弱な身体は小石のように吹き飛ばされるだろう。筋肉は嘘を付かず、騎士の名もまた伊達だてではない。戦意をたぎらせ戦闘態勢に入ったドルマ・ゲドンには兵士にはない強者の風格が備わっていた。


「俺は女だろうと手加減はできねーからなァ」

「まあ、だからって逃げるわけにはいかないんだよねー」


 負ければ意味がなくなる。リヴもまた己の役目を全うするために杖を構え腰を落した。


 強者のつらは獰猛に歓迎する。背負う大剣を抜いたドルマ・ゲドンは両手で柄を持つ右半身を背後に引いて肩の上に大剣を構えた。

 風が髪を舞い上げ砂を散らし、それらまとめて吹き飛ばす。視界が荒れて晴れてを繰り返すのはカウントダウン。

 三度の風が視界を晴らし、喉が三度唾液を呑み込み、冷汗が三滴背中を流れ、三歩で始まった。


「【ノームよ――】ッ」

「くたばりやがっれェエエエエエエエ‼」


 ドルマ・ゲドンの三歩はリヴへ大剣を振り下ろし。リヴの三歩は詠唱を唱える暇はなく途中で途切れ。されど、ポケットから錬金物を落すことには成功した。

 詠唱をおとりに錬金物へとナギを干渉させ三歩で発動させる。


「なっ‼」


 すべてを砕く渾身の一撃はリヴのいた場所を激しく叩き割った。それは大地にクレーターを刻み直径五メルの亀裂を残すほどの威力。真面にくらえばどれだけ性能のいい軍服に防御力を高める錬金物を用意していても無事では済まない。

 リヴに迎撃という判断はなかった。逃亡の一択。故に最初から絞っていた策は最大難所の初撃を回避してみせたのだ。

 砂煙の奥に姿を持つリヴにドルマ・ゲドンが吠える。


「テメェー。何をしやがった?」

「知ってる? 磁石って普通はくっつくんだけど。同じ性質を持つ表面同士をぶつけると反発し合うんだよ」

磁力じりょくか!」

「脳筋なのに普通に頭いいじゃん。もしかして脳筋じゃなかったりして」


 リヴが発動させたのは磁力はフェライト磁石と電想天石エルバナイトで調合した永久磁石パーマネグシアという錬金物のものだ。電力で常に磁力を保持する永久磁石パーマネグシアにナギで干渉させると途轍とてつもなく大きな磁力が発生するのだ。その際にエレメントを調整することで反発する磁力を形成できる。この磁力の反発を使って大剣の速度を越えてリヴはその場を離脱しtみせた。


「じゃあ、磁力を反対のエレメントに反応させたらどうなると思う」


 リヴは水のエレメントに干渉し現象を与える。真上より降り注ぐ雨粒。それはドルマ・ゲドンの身体を伝うだけでダメージの一切がない。


「こんな雨如きで俺を倒せるとでも思ってやがんのかァアア‼」


 舐められていると感じたのか、ドルマ・ゲドンは再び大剣を構え大地を蹴ろうと脚に力を込めた。して、男は気づく。その身体がその場に杭で留められたかのように動かないことに。


「ドルマ・ゲドン。あんたって火のエレメントだけに適正あるんだってね。確か、火の反対って水じゃなかったっけ」


 可愛らしく頬に指を当てて首を傾げるリヴの発言にはっとする。

 今、この場にて降り注ぐ雨が永久磁石パーマネグシアを水のエレメントに反応させたのだ。火と水は対極のエレメント同士。磁力の法則よりその互いのエレメントは強い磁力によって引き寄せ合う。その引力によってドルマ・ゲドンはその場を動けなくなった。


「というわけで勝たせてもらうね」

「テメェー‼ きたねーぞッ‼」

「錬金術アリだから汚くありませーん」


 しかしこの方法にはデメリットが存在する。火のエレメントを持つドルマ・ゲドンに水のエレメントが引かれあう。つまり、水のエレメントに適正のあるリヴも例外ではないのだ。同じ属性同意、対象との距離は約七メル。これ以上近づくことはできない。


「近づけなくたってあたしはアディルじゃないんで。魔術師の力をみせてあげる!」


 そう、リヴは戦士ではない。錬金術師であり魔術師だ。近接戦闘に特化してアディルをサポートする遠距離戦闘向きのリヴにとって七メルの差など無きに等しい。

 今度こそリヴは詠唱を唱える。


「【大地の鼓動・その名はノーム・其を守る砦となれ】」


 セフィラの杖を通して土のエレメントにナギを干渉させる。拍動する土の恩恵はその詩に答え現象を引き起こす。築くのは四面の岩壁。それはドルマ・ゲドンを囲うようにそそり立つ。


「クソっ! どうなってる! 動けェエエエエ‼」


 ドルマ・ゲドンの力量と土のエレメントが増加したことによって磁力の法則が歪み身体が少しずつ動きだす。ドルマ・ゲドンの拳一撃で岩壁など無惨に砕け散るだろう。故にその前に決着をつけないといけない。リヴは再び詠唱を唱える。


「【波紋の清流・その名はウンディーネ・埋もれ沈め】」


 次にドルマ・ゲドンを襲うのは上空から濁流のように落ちて来た水の大群だった。一瞬にして岩壁の中をいっぱいになる水。土のエレメントより強まった水のエレメントが、火のエレメントを持ち磁力を纏うドルマ・ゲドンを前方から押さえかかる。数分とせずに溺死するだろう。いや、その前に永久磁石パーマネグシアの効力が終える。その瞬間、すべての負荷が解除されドルマ・ゲドンであれば起死回生も不可能ではない。


「言っとくけど、結構本気でやってるからね」


 昨夜、リースたちと決闘することにあった夜。マリネットともう一人の情報通の男が持ち寄った二人のデータを読み、対策をしてここにやって来たのだ。負けるわけにはいかない故に最初から全力である。気を抜くことはない。


「じゃあ仕上げね」


 リヴは杖をドルマ・ゲドンの方向へと突き出し、心頭滅却。その力を発動する。


「【私の名を献上する・水紋よ閉じよ・雪華せっかに誇れ雪園ゆきぞのよ】」


 それは四つのエレメントにない現象の一つ。して、その力は才能によって具現化する。


 冷気が広がった。肌を冷やし心の臓を震わし、かじかみがやって来る。水と土のエレメントが反応することで誕生する現象。複合属性によって誕生した『氷』は振り払った杖の動きの鼓動してリヴの意志のままに現象が始まる。

 水と土が混じり合うことで出来上がる複合属性の一つ、『氷属性』はドルマ・ゲドンを閉じ込めた岩壁の水槽を丸ごと氷の牢獄へ変化させたのだ。

 鉄よりも強固な氷の檻は気泡を吐くことも許さず、ドルマ・ゲドンを封じ込めたのだ。身動き取れないドルマ・ゲドンの戦闘不能が決定され、会場がどよめく。

 エレメントの応用と錬金術によって一手しか攻撃をさせずに勝利を収めたリヴの知略戦は感無量。すばらしさと反して素直に褒められな痛い顔の観客にドヤ顔を見せつけた。


「これがあたしの実力さ‼」

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