第22話 決闘②

 

 超速の疾風が観客すべての眼を奪う。銀を打つ風爆の瞬間的戦闘美に誰もが魅入る。

 リヴの勝利などかすませる超常の激戦が数多の旋律の上で踊りだす。

 まるで連弾のようなカノン音楽。そう感じる風撃と斬音の旋律。一歩も止まらない止められない超常の迅速のぶつかり合う。ノンストップで走り続ける風の子どもたちは、されど疲弊ひへいの裏にいつまでも笑みを浮かべながら一手一手を楽しんでいた。


 リースは思う。いつまでも続けばいいと。

 アディルも思う。どこまでもいければいいのにと。

 そして同時に思うのだ。――やつを倒す、と。


 シンプル故に難解だ。倒すためにその脚は止められない。勝つために力を弱めることはできない。皮肉にも終わりを願う度に終わりはやってこなかった。

 それほどに互いの力量は均衡きんこうしているようにすべての戦士は思えた。

 どこまでも続く絵画のようだと。

 しかし、唐突に終わりはやって来る。


「――――っ」

「――――」


 アディルの斬撃がリースのそでかすったのだ。それを皮切りに繰り出される剣戟けんげきがリースを確かに押し返していく。風撃を霧散せずに受け流し、迎撃していた斬撃を回避し、攻められた一手をアディルに奪われる。

 観衆にはこう見えたことだろう。アディルの速度がここに来て上昇したように。しかし実際は違う。


「――っ」

「へばってきたようだな」

「っそ、んなことない。まだ、まだまだ」


 踏ん張り身体に鞭を打つリース。だが、キレは落ちるばかり。アディルの一撃を耐えきれずに後退する。眼に見てわかる胸でする呼吸。大量の汗に無意識に曲がる背中。持ち上げる双剣の鈍さと重みを感じる腕の無気力さ。陰る瞳に映るアディル。瞳の奥のアディルに同じだけの疲労は見えなかった。


 閃撃がリースの右手のナイフを弾き飛ばした。その刹那的停滞が分水嶺ぶんすいれいだ。

 反射的に。それはもう本能に引っ張られるままに左足を軸に振り返り。その一閃が咲く前に切り返したアディルの剣がリースの腹部を裂いた。墳血がゆったりと理解していく視界の鈍足感。たちまち鳴り響く警鐘けいしょうは、されど決定的な差によって警鐘の意味を為すことはできなかった。


「くたばれ」


 冷徹な一言は右肩への回し蹴りによって言霊をリースへと刻み込んだ。無様に転がっていく女。収まらない腹部の出血が痛々しい跡を築き、それを踏みしめながらうずくまるリースの下へと強者は歩む。腹を抑えながらなんとか顔を上げたリースの目先に剣先が突きつけられた。


「俺の勝ちだ」

「――――」


 有無もない。決定的な勝利だった。リースは笑うしかなかった。


「ふふ。私の負けみたい」

「ああ、オマエの負けだ」


 リースが認めたことにより決闘は終わりを告げた。審判の女が勝敗を降す。


「リース・フォルト三等騎士及びドルマ・ゲドン三等騎士ペアの戦闘不能により――アディル二等兵、リヴ二等兵ペアの勝利とする」

「うぉおおおおおおおおあああああああああああああああああああ‼」


 それは悲鳴か歓喜かよくわからないどよめきだ。聞こえてくるのは失望や嫌味、見下すような三流の戯言。同時に心を熱くさせた者たちによる祝福の声もあり、それはここまで健闘したリースとドルマ・ゲドンへと送られたものだ。

 氷を溶かされたドルマ・ゲドンはそのまま医務室へと運ばれ、腹部から血を流すリースにはアディルが回復薬を手渡す。


「勝てると思ってたのに。体力の差がこんなにもあるなんて」

「伊達に冒険者しねーからな」

「なるほど。あなたの強さが少しわかって気がする」

「そうかよ」

「ふふ。そうです。また、手合わせしてくださいね」

「…………気が向けばな」

「ふふ。気を向けさせるから大丈夫」


 最後まで変な女だった。負けたというのにまったく悔しそうにせず、再戦を申し込む度胸。その顔を視てそれを言われればリースがアディルたちを酷く憎み本気で追放したかったわけじゃないことがわかる。あれらすべてが決闘へ持ち込むために策だったのだろう。決闘するために乗ったと言え、転ばされた感が否めない。

 リースは微笑みながら「えっちなお願いでもいいからね」と言い残して去って行く。


「いやしねーから」

「ほんとに?」

「疑う余地がどこにありやがる。オマエは作戦しってんだろ」


 茶々を入れてくるリヴに辟易へきえきするアディル。リヴはいぶかしむが「まーいいや」と数歩進んでアディルに振り返った。


「じゃあ、あたしあの二人に首輪つけてくるね」

「言い方がアレだが頼む」

「おっけー」


 そう言って走っていくリヴの背中を見つめる。そんなアディルの下に一人の少女がやって来た。


「アディルさん……」

「ルナか」


 アディルに声をかけたのは軍服を着たルナだ。どうやらこの決闘を見ていたらしい。遠くにはセルリアがこちらに手を振っている。

 三日ぶりの再会。それはどこか遠くに思えた。あの一日だけの大冒険が遥か昔だったように、ここで顔を合わせてそう思ったのだ。言葉を互いに探す。言いたいことがあって、けどどこかよそよそしくなってしまう。それが本来の距離感を表していた。

 ルナとアディル、リヴはまだ出逢って二日も経っていない。そんな距離感。だけど友達や仲間、戦友と言えるような関係性。その曖昧さが二人に沈黙をもたらす。

 巡る巡る記憶の中。深呼吸は少し大きくルナは言葉にする。


「なんだかすごくハラハラしました」

「そうか……心配、かけたか?」


 自惚うぬぼれと言われそうなアディルに気負きおいなくルナは頷く。


「でも、二人が強いって知ってたから。きっと大丈夫って思ってたよ」

「…………そうか」

「うん」


 ああ、やっとアディルは咀嚼そしゃくできた。アディルもまた心のどこかで気になっていたのだ。信用できるセルリアに頼んではいたが、ルナがちゃんとやれているのか。それを心配と呼ぶにはアディルのプライドが認めないが、それに限りなく近い感情を経った一日の冒険で抱いてしまった。打算と私欲の中で、それは汚せないくらいに透明なものとして。


「セルリアになんもされてねーか?」

「大丈夫ですよ。セルリアさん、優しくてかっこいいです。心歌術エルリートのことも詳しく教えてくれたよ」

「ならいいが、こき使えよ。オマエの頼みならなんでも聞くだろうからな」

「そ、そんな! 今でも充分だよ」


 そこに嘘はない。ルナはルナで歩み出している。記憶がなく、自分が誰かもわからなく、放り込まれた軍の中で。きっとたくさんの不安や葛藤などを胸の奥に隠しながら強く在ろうとしている。

 ルナはだからと言った。


「ありがとうございます、アディルさん。私のために……その色々してくれて」

「…………」

「それが言いたかったんです」

「…………」


 鼓動の中に不可視な違和感を見つける。だけど気持ち悪さのないどこかくすぐったさに似た鼓動の変律にどうも言葉を詰まらせてしまう。

 ありがとう……感謝の一言が強く響いたのか。

 ただ一つだけアディルは無意識に求めていた。


「――ルナ。俺とリヴの目的は変わってねー。この状態でも俺らは変わらねー」

「…………」

「だから、オマエには考えてほしい。俺はオマエの意志を尊重する」

「…………」


 ルナは数度、瞬きを繰り返し、そっと頷いた。

 儚い姿。今にでも消えてしまいそうな彼女にかける言葉など持ち合わせてはいない。己の目的のためだけに邁進まいしんしてきたアディルは女の扱い方などわからないのだ。

 互いに見つめ合いながら沈黙が続く。


「そろそろ時間よ」


 その沈黙をわざと破くようにセルリアが告げた。ルナはペコリを頭を下げ「それでじゃあ、えっとまたです」と歩いていく。


「もしも、連れていく気ならしっかりしなさいよ」


 そう、忠告をセルリアから受け、取り残されたアディルは微かな痛みに耐えるような葛藤に天を仰いだ。




 それは決闘最中のこと。とある依頼を受けたヘリオとマリネットは兵舎内を駆け足で移動していた。所々で指定された依頼をこなしながら、基地内をくまなく移動する。


「こっちはおっけーだぜ」

「こっちもできたわ。次に行くわよ」

「へいへい。たくよー。なんで俺らがこんなことしなきゃならんのかね」

「仕方ないでしょ。……あの二人には借りがあるのだから」

「まーそうなんスけど。下手すれば俺ら懲罰もんなんだけど」

「だからコソコソやるんじゃない」


 傍から見れば不審に映るであろう二人。あるいは恋人同士でイチャイチャしているのか。マリネットの眼が怖いので話しを戻し。


「たくよー。よくこんなの考えつくぜ。俺は怖くてしゃーねーんだけど」

「同感ね」


 友であり恩義のある双子だ。邪険にするわけじゃないが、時折り本気で恐怖や異質を覚えることがある。二律背反の感情が一定の距離感を生み出し、その関係の名はいつだって巡り変化する。


「まーいいか。さっさと終わらせようぜ」


 考えたってアディルとリヴの心理の全貌を解き明かし、それを理解することはできることはない。ヘリオがマリネットのことをわからないように、アディルとリヴの目指すものもまた理解の範疇はんちゅうに収まらないのだ。

 逆説的に【エリア】に挑むということは理解できることを指差した。


 無心で作業を進めていると、足音が反響した。ふと音がヘリオの鼓膜を叩いたのだ。それはそちらの存在をこちらへわざと知らせるように。

 顔を上げる。反射的に物を背後に隠す。


「お前たちここで何をしている?」


 将官の紋章を軍服にあつらえた男がいた。姿勢を正し敬礼するヘリオとマリネット。訝しむ将官の眼差しを受けうぐっと言葉に詰まるヘリオに変わりマリネットが言葉を発する。


「落とし物を探していました」

「落とし物? 下級兵が来るような所じゃないと思うが」


 現在地点は上官職の者たちが使う棟だ。下級兵がそれなりの用事もなく立ち入る場所ではない。あわあわするヘリオに構わずマリネットは臆せずに告げる。


「二等兵のアディルと妹のリヴの問題事に巻き込まれた際だと思います。総司令官に呼び出されたのでこの道を歩きました」


 矛盾はない。あの双子が度々に問題を起こし呼び出されているのは周知されている。道も間違いではない。しかしと疑う将官にマリネットは手に持つブレスレットを見せつけた。


「大丈夫です。もう落とし物は見つかりましたので」

「ブレスレットか? 錬金物の類か?」

「はい。友達が作ってくれたナギの扱いを補助してくれるものです」


 嘘半分真実半分。確かに補助効果のある錬金物に将官は「そうか」と疑う目を優しく緩めた。


「悪かったな引き留めて」

「いえ。それでは私たちはこれで」


 これ以上探られる前に離れようと急くマリネット。その背にヘリオは心臓をバクバクしながら追いかけ。


「世界は着実に終焉へと向かっている。この世界には救世主メシアが必要だ」


 棘が首筋を突いた。そんな感覚なのに、どうしてかその言葉たちは滑稽さをきわめていた。脚を止められる。背中越しに振り向くのだけは意地で阻止そししながら、されど将官は構わない。


「現在に神はいない。獣が跋扈ばっこする奈落はこの世界を呑み込みだろう。そんな未来、そんな悲劇、そんな悪夢から我らを救い出せる者とは誰だと思う? ――そう! 救世主メシアだ‼ 我らは救世主メシアを求めなければいけないのだ!」


 神、終焉、奈落、獣、救世主。その思想はおののく信者たちの共通思想。静かに土から手を伸ばす盲信の思想。けれど、完全否定のできないかの思想は人々を魅入らせ存在する。


「人類の終わりは当に決まっている。すべは新世界への道のりだ。我々は進化しなくてはいけないのだ。そう、新人類へと」


 将官は笑いながら言った。


「だから――異端は要らない」

「――――――」

「世界に選ばれた双子の子らに伝えなさい。貴様らの行いはやがて世界叛逆の牙となると」


 百八十度違う相貌。規律に忠実な強面なのに対し、今は柔和な笑みを浮かべている。何かに憑かれたような将官をどうしてか振り向いてしまい、瞬間に後悔をした。

 ああ、忠告されているのだと。


「それでは」


 そう、背を向けて去っていく将官。その背が見えなくなってやっと二人は息を吐く。まだすべての作業は終わっていない。できたのは三分の一程度だろう。双子を思えば続行するべきだろうが。


「……さすがに帰ろうぜ」

「ええ。……これ以上は無理ね」


 兵士の命は軽い。特別な事情がない限りテロ行為でもしてみれば容赦なく殺される。今、ヘリオとマリネットは生死の間際に立たされていたのだ。

 二人はその場から静かに背を向けて戻っていった。

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