第16話 覗く残酷は薄ら笑みを浮かべている
「少一時間ほど前だ。人型の何かが群れで走っていくのを見た。方向は『
「わかりました。急ぎましょう」
そう、カインを含めたアディルたち一向は
視線の先、緑の群れを抜け闇の中で森が焼けたようにそれでいて陰湿な影を持つ森が見える。中心『ラウムの穴』から西北西半ばに位置する暖色系の葉や花が咲くかの森は不思議な力を宿している。それはその森内で
例えば、一度その集落に踏み入れば装備をすべて
「綺麗……だけどなんだか怖い」
それが適切な表現だろう。
「引き締めろ。集落に片足でも踏み込めばルールに捕縛されるからな」
事前に聞いた『万紅の陰森』の特性。ルナは必要以上にリヴに近づき「あたしに掴まっときなお嬢さん」とここぞとばかりにリヴは気取った姉ずらをしてきて、少しムカッとしたが今はその言葉に甘んじることにする。
「そのルールを解く方法とかないの?」
「首領。集落をつくった
「任せてください。これでも騎士の名折れ。パンテオンとの交戦には心構えがあります」
ルナたちより十以上年の離れた人だ。経験の豊富さなど段違いだろう。
所でと、ルナは今更になりながら訊ねた。真っ赤な落ち葉は血痕のよう。
「その
「攫猿は
「――――」
「奴らの特徴は集落のルールが大きい。ルールは
ルナは絶句した。リヴもカインもいい顔などしないがそれでもどこか
ただただにぞわりと気持ちが悪い。
「うっ、うぇぇぇえ……」
ルナはその場に
「ルナ! 落ち着いて。大丈夫だから」
ルナの背中をさすりながら水を用意するリヴ。一通り吐き終えたルナは水で口をゆすぎ吐き捨てる。苦し気な呼吸をしながら立ち上がった。
「ごめんなさい…………」
「別にいい。外でリヴと休むか?」
「…………ううん。行く。行かないと……」
「…………」
どこか使命感にも似た断固にアディルはそれ以上何も言わず歩き始める。ルナは水を胃へと流し込み痛む喉が和らぐのを感じた。
「ホントに行くの? 無理してない?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね。……私は大丈夫だから」
優先すべきことはルナの介護ではない。それをルナ自身がわかっている。それが堪らなくリヴには悲しかった。
速足で歩いているとアディルが何かを察知し片腕を広げ止まる。身体を低くする。
「いましたか」
「ああ。この先にいる。キーキーうっせー声がしやがる」
もう少し近づき木に隠れ覗く。
アディルたちは各々の武器や物を構えタイミングを計る。
「いいか。計画通りに行くぞ」
「りょーかい」
「はい」
「わかりま――」
その時だった。
「いやぁああああああああああああああああああああああああっっ‼」
絶叫が響き渡った。それはまるで絶望の声だ。あらゆる痛苦の慟哭だ。
ギョッと視線をそちらに向ける。
集落、木材を積み立て葉で固めた家々の奥、まるで壁のない馬小屋のような牢屋より三度の絶叫、痛哭、慟哭が耳を
「うぎゃぁっやめってぁぁあうあああぁあああああああああああああああああああ⁉」
「――――ネルファぁ様ァァァァァァァァ‼」
「おい‼」
大声を上げて飛び出したカインはアディルの制止を聞かずにネルファの声が聞こえた牢獄へと駆けだした。
『キーキーキィキィキィキィィィィ‼』
得物だ得物だ愚かな得物だ、と言わんばかりに一斉に
「っ邪魔をするな! クソッ! どけろッ!」
飛び掛かって来る攫猿を切りつけ剣で薙いで一掃。尾の追撃を防いで弾き返し叩き殺すように切りつけていく。
「うぁあああああああああああああああ‼」
「っち。俺は援護に行く!」
「わかった! あの子は私たちに任せて! ルナ行ける?」
「――。行く」
アディルが直ぐに飛び出し、風のエレメントにナギで干渉し魔術を発動させる。風撃がカインに群がる
「援護する。あっちに行かせねーようにするぞ」
「うわぁああああああああああ‼」
返事はない代わりに声を上げ、飛び掛かって来る
激しい戦いを通り越し、リヴとルナはネルファのいる牢獄へと近づく。
「【ノームよ・叩き潰せ】」
土の拳が
「おもったより数が多いね。ルナお願い!」
ルナは意識を研ぎ澄ます、エレメントとナギを感じながら自分に秘められた
「『キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーー‼』」
甲高いルナの悲鳴が
「行こう」
道が開けたことで他のことに構わずにダッシュする。
馬小屋と称したのはその
ルナは吐きそうなのを唇を噛んで耐えた。耐えるしかない。耐えなければならない。耐えなければ……ならない。
「酷い……」
リヴとルナのその光景を目にする。
視線の先、服を破かれ壁に両手首を鋼の輪で繋がれた少女がいた。お腹には殴られた青あざ。爪がはぎ取られた手から涙のように零れる赤。殴られた頭部から流れる血液が
「ッ~~~~~~っっっっっ‼」
声にならない声。全身の体毛は逆立ち虫に這いまわられるような悍ましい汚染に
少女が助けを請う余裕さえなくすべてを零し。
攫猿の、そのニヒルな赤く
――おまえたちもこの娘のように犯してやる、と。
ぞわりぞわり。己のすべてが吐しゃ物に変わりそう。悪臭が脳を狂わし現実が心を壊し
すべてすべて何もかもを吐き出して
「ルナ!」
それは
「眼を
少女への忠告だが少女は無気力に顔を上げることはなく、言葉の通じない
攫猿は眼があった。ブラインドスケープ――魂を入れ替える魚と。
瞬間、対象の空間がねじ曲がったかのように渦巻、水が流れるように捻じれた空間が元に戻ったと思えば攫猿はその場に倒れた。まるで何もない空白の人形のように。
「きゃっ!」
唐突にバタバタと動き出したブラインドスケープがルナの腕から逃げ出し、リヴが「ふん」とナイフを突き刺した。魚の身体は背骨が折れるほどにせり上がってはばたりと動かなくなる。
「これで……いいの?」
「完璧。さあ、あの子を助けて逃げるよ」
「リヴ! 後ろから!」
「こっちは任せて! ルナはその子をお願い」
リヴが土の魔術で首領を打たれた腹いせに襲って来る
「外したよ!」
「りょーかい。【ノームよ・人を真似ろ】」
すると土の塊は人型に変形し少女を易々と抱きかかえた。
「じゃあ脱出するから全速力で走って!」
ルナと土人形が同時に奔りだし、リヴが後を追う。地割れを引き起こし馬小屋は倒壊し何匹から巻き込まれて死ぬ。
「アディル!」
リヴの声に作戦成功したことを知ったアディルは数個のクォーツを一か所に投げると
「女は助けた。逃げるぞ」
「お嬢様! っ……はい!」
復讐心が牙を剥くが、ボロボロなカインは大人しく従いアディルと共に逃げる。
そして最後の仕上げとリヴは二つの鉱石を組み合わせた即席の錬金物を握りしめた。
「
クォーツに引き寄せられた攫猿の下へと弧を描いて飛んでいき、アディルが放った炎が
爆破に呑まれて死んだもの。音にやられて死んだもの。もうどうでもいい。
アディルの風とリヴの土に守られたルナたちは背を向けて攫猿の集落から逃亡した。
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