第4話 これはデートですか? いえ、違います。

 

 知らない街並みをきょろきょろする桃髪少女は子供のようだった。

 珍しさに開いた口が塞がらないとは少女のこと。

 民衆都市ウハイミルの四つの商店街で一番賑わっている中心のプラチナロード。あらゆる分野の商品を安く商売しているウハイミルの代表的な街路だ。衣類から植物や農産物に家畜の肉、装飾品、食品に日常品から骨董品にちょっとした錬金物など。ここに来れば生活に必要なものは大抵揃う。


「リヴさん! あの星みたいな形のものはなんですか?」


 五芒星ごぼうせい型の黄色い果実。


「スターフルーツだね。甘味は薄いけど煮たりサラダに加えたりして食べる果実。水分が豊富だからその果汁を使った料理が主流だね」

「これ果実なんですね。じゃあこの白くて小さな木がたくさんついてるのはなんですか?」

「それはカロリーフラワー。カロリーと大きさが比例してる野菜で、普通のサイズだけで三日分のカロリーがあるから気を付けてね」

「女の子の敵だ」

「まったくその通りなんだよねー。ま、三日分何も食べなくていいってことにもなるから長期で冒険に行くときの食料としては優秀だけどねー」


 リヴも常に持参しているカロリーフラワーくんとは彼のことだ。リヴの恋人と言えばカロリーフラワー君とも言える。言いたくはないが。


「冒険って、リヴさんが言っていた私がいたところにですか?」

「そうそう。【エリア】って言うんだけど、この地下にあたしたちが住んでる規模の大地が十二個あったりするねー」

「十二個も⁉」

「伝記に残されているのが十二個だから、それ以上は誰もわからないんだけど。とにかくエリアには未知が溢れてる。変な生き物だったり特殊な植物だったりすごい遺跡とかもね。そういう浪漫溢れる世界を冒険する、それが冒険者であたしってわけ」


 ドヤ顔のリヴ。店主が口笛を吹いて笑った。馬鹿にされたのでカロリーフラワー君を額に投げつけてやった。


「ふふん! まったく冒険者ってだけで馬鹿にしてくる連中とかいるから気を付けること。はい、カロリーフラワー君を持っておくように」

「精神も太るんですか?」

「太ったらあたしは超合金になってるんだけど……」


 リヴの心臓にはカロリーフラワー君が咲いていることだろう。

 近くの露店で売っていたクリックベアの串焼きを二本買い一本を少女に渡す。


「ありがとうございます。これは?」

「クリックベアっていうクマだね。ま、おいしいから食べてみて」


 少女は恐る恐る香ばしく食欲をそそる串肉をみ、「んっ!」と大きく眼を開いた。その表情だけでどれだけおいしいかが伝わってくるほどだ。


「すごく美味しいです! ジューシーでだけど味はきつくなくて、お肉が柔らかい」

「そういうこと。見たことない生物は怖いけどね。まーこうやっておいしい奴もいるんですよ。誰かがそいつを食べておいしいって気づけばこうして市場に出回る。珍味家も役に立つよねー」


 エリアは広大だ。広大で何層にも連なり、その層自体が未知で溢れている。数多の種類のパンテオンが生息し、特殊な植物が咲き誇り、未知なる現象で溢れている。

 そんな世界を飽くなき探求心、あるいは生きがいとして潜るものがいる。カッコよく言えば冒険者だ。冒険をする者だ。しかし、これを忌避する者もいる。


「冒険者ってかっこいいですね」


 それは子供が御伽噺おとぎばなしの冒険に憧れを抱く眼差しそのもの。それを、この天場てんじょうは許さない。

 リヴは少女に身体を寄せ声を小さく。


「あまり冒険者についてはそういうことは言わない方がいいよ」

「?」

「冒険者はそりゃ活躍を見ればカッコよく見えるよ。でも、冒険の舞台にはたくさんの危険があって冒険に出かけて帰らなかった人はたくさんいる」

「……っ」

「で、ここで生きている人たちは軍人が穴から侵略してくるパンテオンと戦ってみんなを守ってくれてるから生きてるわけ。この生活も軍が身を削って戦い手に入れた平和。冒険者は守ってもらった命でわざわざ死地に命を投げ捨てる行為なわけ。それは必至に戦ってる軍への侮辱だし、命を粗末にする行為自体も許容できない。そんな理由があって『死に急ぐ者』とか訳して『モータル』なんて忌み嫌ってそう呼ばれてたりするね」

「死に急ぐ者……死ぬんだ……」

「ま、だからってあたしはやりたいことをやめるなんてしないけどね。別にあたしの命だし誰かに迷惑かけるわけじゃないしね。やったもん勝ち。そういうこと」


 自信満々に胸を張るリヴには微塵も淀みは感じられない。そうあるべき心を持ち合わせているのだろう。少女の眼には眩しく映っていた。それは、正しく冒険者として。

 食べ終わった串をゴミ箱に捨て、左手に曲がり次の大きな路地に出る。


「ここは違う商店街?」

「ブロンドロード。専門的なお店が立ち並ぶところ。もうちょっと先に女性専門のお店があるからそこで買うよ」


 そう言えば下着を買いにきたのだと少女は忘れていたようで少し身をよじった。フードを被っているので顔はよく見えないが頬がほんのり赤みかかっているのはわかる。こんなに素直な子がいるのかとリヴは一周回って疑いたい気持ちになった。

 少女が誤魔化すように「そうだ」と顔を上げた。


「あの時。そのよく覚えてないんだけど、私が眼を覚ました時。あの大きなかまを使って何をしてたんですか?」

「あれは錬金術」

「錬金術?」


 今更だが少しずつ敬語が外れている。先輩感があって気持ちよい思いだったが、堅苦しいよりフレンドリーな方がやっぱり好ましい。強制はせずにリヴは気にしないで話しを続ける。


「錬金術は簡単に言えば既存の複数の物体や液体から一つの新しいものを生み出す技術なの。わかる?」

「えっと、石と水を組み合わせてまったく違うものを生み出すってこと……ですか?」

「ふふ」

「な、なんですか?」

「その通りよ」

「なんで一回間を開けたの?」


 少女は訝しい気に見た。リヴは可愛らしいと先輩風を吹かせる。吹いていないが。


「原理はそう。複数の素材に付属するエレメントに神力ナギで干渉して錬成する。この過程まるごと錬金術って言うの」


 また知らない言葉が出て来て首を傾げ頭の上に?がぷかぷか。

 リヴは近くの露店の中で今から錬金術を始めようとする薬師を指さす。少女は指先を辿ってみる。


「まず、錬金窯っていうちょっと特殊な窯に必要な素材を入れていくの。作るものによって量とか素材が違うから気を付けること」


 薬師は錬金窯に薬草を入れていく。次は窯を掻き混ぜる錫杖のようなものを手に大きくかき混ぜていく。


「今はエレメントにナギを注ぎこんで素材を加工しているところ。で、まずエレメントだけど、これは世界を形成している自然などの理の源を差すの」

「???」

「エレメントは四つあって。火、水、風、土。四大エレメントって呼ばれてる。その四つのエレメントが世界を育てて維持してるらしいってこと。土のエレメントは大地を築き、火のエレメントは熱を生み出し、水のエレメントは植物を育み、風のエレメントは空気を保護してる。あたしたちが生きている上で眼に見えないけど切り離せないもののことだよ。わかる?」

「う、うん。なんとか」

「まー感じることができれば自然に納得できるから」


 世界があるのは名もなき星に四つのエレメントが生命を生み出し育んだからと言われている。火と水、風と土が自然の摂理を生み出してリヴたち人間や動物、植物や草花や水に大気、大地に光や闇と。命を支えるものがエレメントだ。


「で、神力ナギだけど、これは少し曖昧というかよくわかってなかったりするんだよねー」

「わかってないのに使えるの?」

「そうなんだよねー。まず、ナギがエレメントに干渉すると現象が起こるんだ。火のエレメントにナギで干渉すると炎を生み出せるみたいな、ね。で、ナギを発見するより先に現象を発見したのが先だったりするわけ。エレメントに偶然なんらかの方法でナギが干渉して現象が引き起こった。だから、ナギは後からあるものとされた力なの。よくわかんないよねー」


 つまり、現象が先に起こり、その現象にエレメントが関係しているのは明白だった。が、エレメントだけではその現象を引き起こせない。エレメントを現象化させる何かがあると考えられ、そこから逆算して世界にナギというもう一つの力が満ちていることが判明した。

 錬金術の勉強の際に育ての兄貴に教えてもらってナギの歴史である。兄貴論によれば、エリアと繋がったことで天場にも満ち人が知覚できるようになったかもとのことらしい。


「まー、感じ取る練習をすればわかるようになるよ」

「そうなのかな?」

「そうなの」


 薬師の錬金窯から淡い光が溢れ出し、光は収縮して薬と思われるものが完成していた。


「すごい浮いてるよ!」

「そこ? もっとないの。本当に薬ができちゃったよ! とか。すごい凄い! リヴもできるんだよね! リヴすごい! とか。リヴ天才! リヴかわいいとか」

「わっ私の真似しないでよー!」

「可愛いでしょ」

「リヴが褒められたいのだけなのはわかった」

「可愛くない」


 錬金術には一定の素質が必要だ。それが満たされていなければそもそも錬金術を扱えない。

 リヴは色々と語りたい気持ちを必死に抑え込む。

 忘れがちだけどこの子供のような少女は記憶がない。出生も名前も好物も初恋すらも覚えていない。

 一定の知識はあるようだが、リヴにとって当たり前のことさえ少女には知らないものだ。子供が親にねえねえと聞く好奇心と同じ。十五のリヴよりも年上であるはずの少女は記憶を失った少女。リヴの勝手でその純白な魂に何か彩をつけてしまうのはどうしても怖いものがあった。あるいはその時、少女の人生に対する責任に怯えたのかもしれない。律義さなど持ち合わせていないが、無垢な少女を誑かし歪めるのは趣味ではない。

 リヴは今さらだが自制する。


 少女は終始きょろきょろ子供だった。二人は下着屋に入り、少女に似合う下着を選ぶ。


「ちょっちょっとリヴぅうう! これ派手過ぎるよ!」

「じゃあこれは?」

「く、黒! 素敵だけど、もっとこう普通のは」

「ならこれでどうだ!」

「なんで過激になってるの⁉」

「いいじゃん! そんないいもの持ってるんだから見せないと!」

「見せないよっ!」


 てんわやんわ。

 結局はある部分の格差に嫉妬したリヴが虐めるように派手なものから変わりものまで試着させるという羞恥プレーを強行なさった。

 やがて、リヴの頬に紅葉てがたが押され、哀れんだ店員さんは「彼女を自分の色に染めたいのはわかるけれど、自制もしないとダメよ」と慰められたリヴだった。


 結局、店員さんと少女がすべて選び下着一式を何着か買い揃えてお店から出てきた。

 少女はリヴを視るなりふくれっ面だが、「ありがとうございます」と律儀にお礼を言った。リヴの居心地が悪くなるだけなのだが。

 リヴも「あたしも、その、ごめん。ついえっちだったから」と謝れば、少女は顔を真っ赤にして「リヴのえっち!」と歩いて行ってしまった。

 ぼんやりとその背中を眺めていると店員さんが。


「下着の感想くらいはちゃんと紳士に言いなさいよ。彼女逃げちゃうわよ」


 助言はありがたいが、リヴは辟易と店主に背を向けた。


「彼女じゃないんだけど……」

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