第94話 いつも通りの甘い二人
「それで、アメリー嬢にはなんと言われたのだ?」
フェルナン様からのその問いかけに、私は素直に答えることにした。こういう時には隠す方が、フェルナン様を傷つけるし悲しませてしまうと学んだのだ。
「えっと……役立たずな私がフェルナン様に捨てられていないのは、体で繋ぎ止めているからじゃないか。しかしそんな貧相な体に、その……反応するなんて、フェルナン様の趣味が悪いと」
改めてアメリーから言われたことを口にするのは、辛いというよりも恥ずかしかった。今更だけれど、アメリーったらなんて下品なことを言っているのかしら。
私がそんなことを考えて俯いてしまうと、フェルナン様に悲しんでいると誤解させてしまったらしい。素早く立ち上がったフェルナン様は、私の近くまで来ると肩に手を置いて言った。
「分かった。今すぐに私がアメリーを叩き潰してこよう。もうリリアーヌの前に一生姿を現さぬよう、徹底的に……」
とても綺麗な笑顔だけれど、その笑顔の奥には強い怒りがあることが分かって、私は慌てて立ち上がった。
「フェ、フェルナン様、お待ちください!」
「大丈夫だ、リリアーヌ。なんの心配もいらない。私が全て対処をするので……」
「違うっ、違います! 私はアメリーから色々と言われましたが、そこまで落ち込んでないんです。なので仕返しは必要ありません」
必死にそう伝えると、フェルナン様は少しだけ怒りを収めてくださる。綺麗すぎる笑顔が少し崩れ、いつものフェルナン様に戻った。
その事実に安心して、そっと息を吐き出す。
「それは、本当か?」
「はい。さっきは恥ずかしかっただけで……」
またアメリーから言われたことを思い出してしまい、頬が赤くなるのが自分で分かった。頬を両手で押さえてから、深呼吸をして言葉を続ける。
「アメリーに理解してもらえなくても、たくさんの優しい人たちが私の周りにはいますから」
「そうか」
「はい」
フェルナン様と微笑み合っていると、私はまだ自分の中に残っていた怒りを思い出した。
「ただ、フェルナン様への悪口だけはまだ怒っています」
ついその怒りを溢してしまうと、フェルナン様はぱちぱちと瞳を瞬かせ、気が抜けたように頬を緩める。
「ははっ、そうか。本当にリリアーヌは私を喜ばせるのが上手いな……」
そう言って私の髪を一束取り、そこにそっと口付けた。
「フェ、フェルナン様……!」
「アメリー嬢の悪口は全くの的外れで、私も不愉快だ。そもそもリリアーヌはこんなにも可愛らしく美しい。私は世界一趣味が良いと思うのだが」
「世界一だなんて……」
それはさすがに言い過ぎでは。そう思っていると、周りで話を聞いていた使用人たちにフェルナン様が視線を向けた。
「皆もそう思うだろう?」
「もちろんでございます」
「リリアーヌ様が世界一、当然のことです!」
「当たり前の事実ですね」
ジョス、エメ、クラリスと皆がすぐに肯定してくれる。それが嬉しくも恥ずかしくて、私はフェルナン様の視線から逃れるように、ソファーにストンと腰を下ろした。
するとフェルナン様も流れるような動作で私の横に腰掛けて、そっと腰に手を回される。結局より恥ずかしい体勢になっただけだった。
「リリアーヌ、本当に何もしなくて良いのだな。無理してはいないか?」
フェルナン様が改めて問いかけてくださり、私はすぐに頷いた。
「はい。あのぐらいの言葉を投げかけられる程度なら、私は大丈夫です」
「分かった。ではこのまま何もせずにいるが、アメリー嬢には特に注意しよう。そしてまた何かあれば、私にすぐ言ってくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
「リリアーヌ、無理するのは禁止だからな」
少し真剣な表情でフェルナン様に念押しされ、私がしっかり頷くと、フェルナン様は満足げに口角を上げる。そして話が終わりだからか、私の腰から手を離してソファーから立ちあがろうとして――私はつい、本当に無意識でフェルナン様の袖口を掴んでしまった。
まだ離れたくないと、そう思った気持ちが無意識の行動に繋がってしまったのだ。私はすぐ我に返り、パッと手を離す。
「す、すみません」
すぐに謝ったけど、フェルナン様には気づかれてしまったらしい。立ち上がられたフェルナン様はじっと私を見下ろしていて――私が掴んだ左手とは反対の手で顔を覆うと、天井を見上げた。
「どうされましたか……?」
不思議な行動に思わず問いかけると、フェルナン様が呻くように呟く。
「……いや、大丈夫だ。しかしリリアーヌ、あまり可愛いことをされると離れられなくなる。適度にしてくれ」
少し頬が赤いフェルナン様にそう言われたら、私の顔もボンッと赤くなった。
「も、申し訳ございません」
「今のはリリアーヌ様が悪いですね」
「リリアーヌ様、魔性です」
エメとクラリスにもそんなことを言われてしまい、私は慌てて立ち上がる。そして少しフェルナン様から距離をとって、軽く礼をした。
「で、ではフェルナン様、私はそろそろお部屋に戻って休もうと思います」
「ああ、そうだな。疲れているだろうから、しっかりと休んでくれ」
「はい。フェルナン様も、しっかりとお疲れをとってくださいね」
その言葉にフェルナン様が柔らかい笑みを浮かべて頷いてくださったのを確認してから、私は部屋を後にする。そしてしばらく、ドキドキする胸を押さえていた。
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