第93話 変わらないアメリー

 女性だけが集まっての歓談では、流行りのドレスや髪型、お茶やお菓子など様々な話題が次々と移り変わっていった。


 そんな女性たちの輪に、アメリーがやってくる。


「皆様、私にもそのお話を聞かせてくださらない?」


 最初は当たり障りない会話から参加したアメリーは、私の方など一瞥もせずに、自慢のドレスの説明に明け暮れていた。

 それが国の代表として相応しいかはさておき、こちらに興味がないことに安心していたのだけど……しばらくするとアメリーが、急に私の方へと視線を向ける。


「リリアーヌ様のドレスも、とても素敵ですわ。ぜひ近くで見せてくださらない?」


 そう言って突然近づいてきたアメリーは、他の女性たちの目もあるからかしばらくは普通にしていたけど、話題が移って私たちから皆さんの視線が逸れたところで、ガシッと腕を掴んできた。


 鋭い眼差しで睨まれ、嫌な笑みを浮かべる。


「……まさかあの役立たずなお姉様が来ているなんて、本当に驚いたわ。どんなに姑息な手を使ったのかしら。それに、まだフェルナン様に捨てられていないなんて、必死に体でも使って繋ぎ止めているの? しかしその貧相な体じゃ、いつまで興味を持ってもらえるのか……」


 小声でそこまで告げたアメリーは、私の体を見下ろしてふんっとバカにするように笑った。


「フェルナン様もフェルナン様ね。たとえ一時の過ちとはいえ、こんなに見窄らしい体に反応するだなんて。趣味が悪いわ」


 私は自分のことを言われるだけなら我慢できたけど、フェルナン様を馬鹿にされるのは我慢できなかった。アメリーの腕をぐっと掴み返すと、静かに伝える。


「訂正しなさい。フェルナン様は素晴らしいお方よ。私のことをとても大切にしてくださっているわ」

「ふんっ、見苦しいわよ。まあせいぜい、これ以上はフェルナン様に恥をかかせないよう頑張ることね」


 アメリーはそう言うと、私に反論する隙を与えず話の輪の中に戻っていってしまった。さすがに社交を止めてまで個人的な話をするわけにもいかず、私は悔しい気持ちを飲み込む。


 アメリーに分かってもらう必要はないわ。私とフェルナン様、そして周りにいてくれるたくさんの優しい人たちが分かってくれれば良いの。


 自分にそう言い聞かせ、フェルナン様だけでなくエメやクラリス、アガット、レオポルド様、ヴィクトワール様、マリエット様、セリーヌ様、ノエルさん、リュシーさん。


 他にもユティスラート公爵家で働いてくれている心優しき皆のことを思い浮かべ、心を持ち直した。


「ふぅ……」


 私は大丈夫。もうペルティエ王国のリリアーヌじゃない。ユルティス帝国のリリアーヌなんだから。


 気持ちが落ち着いたところで、また社交をしなければと笑みを浮かべ直し、皆様の輪に入ろうと一歩を踏み出した――


 その時。後ろから力強い腕が私の腰に回り、体を支えられた。


「リリアーヌ、大丈夫か?」


 フェルナン様だ。私とアメリーが話をしているのに気づいて、来てくださったのかしら。


 気づいてくれて、さらに心配してくれたことがとても嬉しく、私はなんだか胸がいっぱいになった。フェルナン様のパートナーとして相応しい表情が、あと少しで崩れてしまいそうだ。


「フェルナン、様」


 なんとか名前だけを口にすると、フェルナン様は私の腰に回している腕に少し力を込め、女性の皆様ににこやかな笑みを向けた。


「皆様、お話を中断してしまって大変申し訳ない。しかし長旅の疲れか少し目眩を感じたので、私たちはそろそろ失礼させていただく。リリアーヌ、一緒に来てくれないか?」


 その問いかけに、私はほぼ反射的に頷いた。


「もちろんです」

「ありがとう。では行こう」

「はい。……皆様、急な退席となり、大変申し訳ございません。またお話しさせてくださいませ」


 なんとかフェルナン様のパートナーとしての体裁を保って挨拶をすると、ほとんど女性たちからは羨望や心配の眼差しを向けられる。


 嫉妬のような視線は、ほんの僅かだ。


「もちろんですわ。またいろいろと聞かせてくださいませ」

「本日はゆっくりと休まれてください」


 そうしてフェルナン様によって女性たちの輪から連れ出された私は、そのまま茶会室を出た。まっすぐフェルナン様の客室に向かって二人で入り、扉が閉まったところですぐに正面から肩を掴まれる。


「リリアーヌ、大丈夫か? アメリー嬢に何かを言われていただろう? すぐに駆けつけられなくてすまなかった」

「いえ、大丈夫です。少し嫌味を言われただけですから。それよりも社交を中断させてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 迷惑をかけてしまったと肩を落としていると、フェルナン様はすぐに首を横に振った。


「なんの問題もない。ちょうどこちらは話に区切りがついたところだったのだ。そろそろ退室しようかと考えていた」

「そうだったのですか? それならば良かったです」


 安心して頬を緩めると、フェルナン様に手を取られる。


「まずはソファーに座ろう。疲れただろう?」

「そうですね。少しだけ」

「ゆっくりと休もう。ジョス、茶を頼む」

「かしこまりました」


 ジョスが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついたところで、改めてフェルナン様に問いかけられた。

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