第92話 会いたくなかった二人
アドリアン殿下とアメリーが茶会室にやってきたことで、私は無意識のうちにフェルナン様の腕を強めに掴んでしまった。
するとフェルナン様に手のひらを包み込まれ、その温もりに強張った心が解けていく。
「リリアーヌ、大丈夫だ。いつも通りで良い。もうリリアーヌはユティスラート公爵家の、そして帝国の一員なのだから。ペルティエ王国は生国というだけだ」
その言葉にも背中を押してもらい、私は胸を張ってフェルナン様の隣に立った。
「はい、ありがとうございます。……行きましょう」
意を決して、フェルナン様と共に二人の下へ向かう。二人はまず入り口付近にいた国の人たちと挨拶をしているようで、それが終わったら私たちの番だ。
二人が挨拶を終えて視線を少し上げたところで、フェルナン様が二人の下に進み出た。
「アドリアン殿下、アメリー様、お久しぶりです」
フェルナン様の挨拶は、とても丁寧なものだった。声音は柔らかく完璧な笑みを浮かべていて、敬称も忘れない。他国と同じように、国の代表同士であるという態度だ。
そんなフェルナン様に続けるように、私もいつも以上に綺麗な笑みを浮かべ、優雅さを意識して礼をした。
「アドリアン殿下、アメリー様、お久しぶりでございます。過去に色々あり、このような場での再会ですが、またお会いできたことを嬉しく思っております」
私たち二人の挨拶を聞いたアドリアン殿下とアメリーの反応は、とても大陸会議の場とは思えないものだ。アドリアン殿下は頬を引き攣らせ、アメリーなんて私のことをじっと睨みつけてくる。
アドリアン殿下の方がまだ笑みを浮かべようと努力してる分、アメリーよりは大人ね。ペルティエ王国にいた時にはとても大きな存在に感じられていた二人が小さく見え、私はなんだか冷静になれた。
笑みを絶やさずにいると、殿下が口を開く。
「――ユティスラート公爵閣下、そしてリリアーヌ、またお会いできて、嬉しく思います」
なんとか笑みを浮かべ直してそう告げた殿下に、フェルナン様が怖いくらいの満面の笑みを浮かべられた。
「ペルティエ王国では、他国の使者のパートナーに敬称を付けないという習わしがあるのですね。それは存じ上げておりませんでした」
その言葉をぶつけられたアドリアン殿下は、顔色を悪くして慌てて口を開く。
「い、いや、そうではなく……申し訳ございません。リリアーヌ様」
「……いえ、誰でも失敗はありますから」
大丈夫です。気にしていません。そんな言葉を口にしかけた私だったけど、ギリギリのところで言葉を変えた。私も少しぐらい、怒りを露わにしたって許されるだろう。
呼び捨てはそちらの失敗だということを強調すると、アドリアン殿下はさらに顔色を悪くする。
「本当に申し訳ございません……その、この度は竜の出現という大きな危機に向けて、共に助け合っていければと思っております」
話を早く終わらせたいのか無理やり軌道修正をした殿下に、フェルナン様は良い笑顔のまま乗った。
「いえ、こちらこそ貴国のお力にはとても期待しております。優秀なリリアーヌの力が必要ないほど、貴国には素晴らしい魔術師が溢れているようですから。他の皆様も期待されているかと」
フェルナン様の嫌味が止まらない。しかしあくまでも、外交をする上で問題ない範囲だ。そして一つも嘘や誇張はない。
そんな上手いやり取りに、私は口元が緩まないよう気をつけるのが大変だった。いつもは見られないフェルナン様が見られて嬉しいし、ずっと虐げられていた人たちが困ってるのを見るのはやっぱり楽しいのだ。
私って性格が悪くなってしまったかしら。そんなことを心配に思っていたら、アドリアン殿下がほぼ無理やりという形で挨拶を終わらせ、結局アメリーは私を睨むだけで一言も発さずに私たちの下を去っていった。
二人を静かに見送っていると、フェルナン様が私の耳元に口を近づけ、小声で囁かれる。
「大丈夫か?」
「はい。問題ないどころか、二人が困ってるのを見るのが少し嬉しくて……その気持ちは大丈夫でしょうか」
不安になってフェルナン様に聞いてしまうと、ハハッと小さな笑い声が聞こえてきた。
「そんなことを心配していたのか? リリアーヌがあの二人に嫌悪感を抱くのも、やり返されているところを見て嬉しく思うのも、ごく当たり前のことだ。私の方がよほど性格が悪いぞ? 何せあの二人を前にすると、嫌味を言わなければ気が済まない」
そんなフェルナン様の言葉に、私はクスッと笑ってしまう。
「確かに、フェルナン様はかなり責めておられましたね」
「あのぐらいは良いだろう?」
「はい。胸がスッキリしました。しかし……もうこの辺にして、向こうが歩み寄ってくるならば仲良くすることも考えましょう」
いつまでも個人的な感情で、一つの国との関係を悪化させておくのも良くないだろう。そう思っての提案だったけど、フェルナン様はご不満らしい。
「……私はまだ、仲良くなどする気になれないな」
「そのお気持ちは嬉しいです。しかし、表面上だけならば良いのではないでしょうか。向こうが歩み寄ってきた場合は、ですが」
さっきの様子だと、アドリアン殿下には反省の色が少しは見られた気がする。ただアメリーは……反省どころか、私を恨んでいるような様子だった。
私はアメリーに何もしていないのに、なぜあんなにも嫌われているのか。そんな答えの出ない疑問がまた浮かんでくる。
「……分かった。しかしそれも先になるだろうな。アメリー嬢が王妃になるなら、世代が変わるまでは難しそうだ」
やはりフェルナン様も私と同じ感想を抱かれたらしい。あまり前向きではない話に少し落ち込んでいると、フェルナン様が雰囲気を変えるように私の手をポンっと叩いてくださった。
「ではリリアーヌ、気を取り直してまた交流していこう。一通りの挨拶が終わった後の時間になると、男女に分かれての歓談ということもあるかもしれない。何かあったらすぐに言ってくれ」
「もちろんです。頑張りますね」
「ああ、よろしく頼む」
そうしてまた他国との交流に戻った私たちは、仲良くなったいくつかの国と交流を深め、いつの間にかフェルナン様の予想通り、男女に分かれての歓談となっていた。
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