第91話 社交の場

 翌日の朝食後。私とフェルナン様はさっそく客室を出て、他国からの大陸会議参加者に開放されている茶会室に向かった。


 そこではリナーフ王国の使用人たちがお茶や軽食を準備してくれていて、自由に出入りして休める場所となっている。


 しかし、もちろん実態は社交の場。


 私はエメとクラリスによってフェルナン様の隣に相応しいよう着飾り、フェルナン様のエスコートで茶会室に入った。


「たくさんの方が来ていらっしゃいますね」

「そのようだな。とりあえず、近くにいる国から順に挨拶をして回ろう」

「かしこまりました」


 フェルナン様は騎士団長として働かれている時とは少し違った、柔和だけれど隙のない笑みを浮かべられる。そして、まずは一組の男女に声をかけた。


「ご歓談中、失礼いたします。私はユルティス帝国のフェルナン・ユティスラートと申します。こちらは婚約者のリリアーヌです」

「リリアーヌ・フェーヴルと申します」


 私たちが挨拶をすると相手も快く挨拶を返してくれて、さっそく交流が始まった。何気ない雑談から、少しずつ魔物被害や竜に関する話題に移行して、情報を得ていく。


 こうしてフェルナン様が社交をされているところを間近で見るのは初めてだけれど、さすが皇族の一員だわ。私も足を引っ張らないように頑張らなければ。


「我々の国は霊峰から距離があるので、そこまでの被害は出ておりません。ただやはり魔物が常にない動きをしており、魔物の大移動のような事態も起きていて……」


 やっぱり他国も同じような状況みたいだ。


「やはり影響は広範囲にわたっておりますね。原因は竜とのことですが、討伐となればどの程度の戦力が必要なのか」

「そこは危惧しています。我々の国は小国ですから戦力も他国と比べて乏しく、現状ですと国を守ることで精一杯なのです。そこに竜の討伐となれば……」


 交流相手の男性はそう告げると、鎮痛な面持ちを浮かべた。帝国は大国だから戦力も十分にあるけれど、やはり小国は厳しいらしい。


 ペルティエ王国だって決して小さな国ではなかったけど、あの国の戦力を思い出すと、今回の事態に多数の戦力を注ぎ込むことは難しいはずだ。


 これから先の話し合いで方針が決まるのか……難しい会議になるかもしれない。


「此度の事態は大陸全体の危機です。ぜひ力を合わせて乗り越えましょう」

「はい。我々もできる限り力を尽くしたいと思っております」


 そうして一組目との社交が終わると、すぐに次だ。また自己紹介から始まり、雑談を経て今回の問題に話題は移っていく。


 基本的に話をするのはフェルナン様で、私はその場に相応しい表情で相槌を打つのが仕事だ。またさりげなく周囲の様子を確認して、何か私たちが気にするべき事態が発生していないか、気を抜かずに確認する。


 二組目の男性と話が盛り上がっていると、茶会室に新たな国の代表者がやってきた。フェルナン様の腕に軽く合図をすると、フェルナン様は上手く話をまとめにかかる。


「ではまた、貴国がなされている政策について、時間をとってお聞かせください」

「もちろんです。今回の問題が解決しましたら、改めて交流をいたしましょう」


 そんな会話で締めて、また次に向かった。


 それからも大きな問題なく社交は進み、想像していた以上に霊峰から近い国の被害が大きいことが判明したところで、茶会室にいた全員に挨拶をし終えた。


 一息吐こうということで、準備された飲み物を片手に軽食に手を伸ばす。


「リリアーヌ、少し食べておいた方が良い。疲れただろう?」


 そう言ってフェルナン様が示したのは食べやすいよう短い串に刺された前菜で、私はその中でも野菜が中心のものを選んだ。


「んっ、美味しいです」


 自分では疲れを感じていなかったけど、こうして美味しいものを口にすると緊張が霧散し、さっきまではかなり気を張っていたことに気づいた。


「良かった」


 頬を緩めるフェルナン様も、さっきまでよりも柔らかい表情だ。


「フェルナン様もどうぞ。こちらのお肉が入ったものはどうでしょうか」


 ちょうど良い焼き具合の牛肉が薄切りにされていて、いくつかの葉物野菜と共にソースをかけられている。ソースは半透明で香辛料のようなものがたくさん使われているようだ。


「そうだな。食べてみよう」


 優雅に前菜を口に運んだフェルナン様は、僅かに目を見開いて口元を緩めた。


「これは美味しいぞ。ソースが絶品だ」

「本当ですか。では私も……」


 おおっ、予想外の味だ。塩味や辛味が強いのかと思ったら、どちらかといえば甘めのソースだった。しかしそれがお肉とよく合っている。


「本当に美味しいですね」


 口をさっぱりとさせるためにもお茶を飲むと、そのお茶もとても美味しかった。最初に一口飲んだ時にはそこまでの感動はなかったけど、食事と共に飲むと美味しさが際立つようだ。


「この紅茶は、お肉と合うみたいです」

「そのようだな。少し癖のある味だと思ったが、それがよく合っている」


 さすが茶葉が特産品の国だわ。やはり余裕があればお土産に持ち帰りたいけれど、これからどうなるのか。


「リリアーヌ、果物も美味しそうだ」

「一つ食べてみましょう」


 そうしてフェルナン様と束の間の休息を楽しんでいると、また茶会室に訪問者があった。さっそく挨拶をしようとそちらに視線を向けて……私は思わず固まってしまう。


 現れたのは、アドリアン殿下とアメリーだ。

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