第90話 客室と今後の予定
リナーフ王国の王宮はちょっとした丘の上に位置していて、馬車が止まると数人の使用人が出迎えてくれた。
「ユルティス帝国の皆様、リナーフ王国へようこそお越しくださいました。大変申し訳ございませんが、急遽決まった大陸会議の準備等で王宮はかなり慌ただしくなっておりまして……王族の皆様がこちらに顔を出せない状況です」
先頭で深く頭を下げている初老の男性がそう告げると、フェルナン様はすぐに口を開かれた。
「気にする必要はない。今は有事だからな。それよりも会議の場を提供していただきありがたく思っている」
「ご理解いただき、感謝申し上げます」
「そのような状況では、リナーフ国王への到着の挨拶などは省く形だろうか」
「はい。大陸会議の場で皆様とご挨拶できればと、陛下は仰っておりました」
本当ならば他国の王宮を訪問した時には、まず到着した時に謁見の間で挨拶をして、その日の夜には歓迎のパーティーが開かれるのが基本だ。
しかし今の状況で、そんなことをやっていられないのは分かる。
「分かった。会議まではあと何日だ?」
「三日後を予定しております。それまで皆様には、客室でお寛ぎいただければと」
「三日か……その時間も有意義に過ごさせてもらおう。では案内を頼みたい」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
それからさっそく客室に案内してもらい、私はエメ、クラリス、アガットと共に部屋に入った。フェルナン様の部屋は隣なので、何かあった時にも安心だ。
「とても綺麗に整えられておりますね」
客室内に荷物を運び込みながら、エメが感心するように言った。確かに凄く忙しかったはずなのに、部屋は完璧に整えられている。歓迎を示す生花が飾ってあったり、美しい籠に盛られたフルーツもテーブルの上に置かれていた。
「ありがたいわ」
ソファーに腰掛けるとふんわりと良い香りがして、なんだか気分が安らぐ。
「なんのお花かしら」
「これはなんでしょうか……もしリナーフ王国で有名なお花であれば、香水などをお土産にしたら喜ばれそうですね」
クラリスのその言葉に、少し楽しくなった。
「それ、素敵だわ。ヴィクトワール様やマリエット様にお渡ししたいわね。もちろんセリーヌ様にも」
「絶対に喜ばれますね!」
エメも笑顔で同意してくれる。会議は三日後とのことだったから、少し時間に余裕があるかしら。
そんなことを考えながら、テキパキと荷物を整えてくれている皆を眺めていると、部屋にフェルナン様の従者であるジョスがやってきた。
「失礼いたします」
「まあ、ジョス。どうしたの?」
しっかりと頭を下げているジョスに声をかけると、顔を上げたジョスはハキハキとした声で告げる。
「フェルナン様からの伝言がございます。リリアーヌ様が落ち着かれた頃にお話をなさりたいとのことですが、いかがいたしましょうか」
これからについてのお話かしら。それならば早い方が良いし、今の私はかなり暇を持て余している。
「では、今からフェルナン様のお部屋を訪れても良いかしら。そこまで疲れは出ていないし、すぐで大丈夫よ」
「かしこまりました。ではこちらへ」
その言葉に従ってソファーから立ち上がると、準備の途中だったエメが手を止めて一緒に来てくれる。アガットももちろん護衛として側についてくれて、クラリスは客室で留守番をしてくれるようだ。
「クラリス、こちらのことはよろしくね」
「かしこまりました。完璧に整えておきます」
部屋を出るとすぐ隣の部屋に着いて、ジョスがノックの後に扉を開いてくれた。中に入ると客室の様子はどちらも同じようだ。
しかし持ち運んだ荷物で客室を快適に整えているので、少しだけ雰囲気が違う。
「リリアーヌ、着いて早々に呼んでしまってすまないな」
「いえ、ちょうど時間を持て余していたのです」
そんな会話をしながらソファーに腰掛け、フェルナン様も私の向かいにもう一度腰を下ろした。
「客室はとても素敵に整えられていますよね」
「ああ、少し驚いたな。後でリナーフ王国には礼を送らなければ」
「落ち着いた時に送りましょう。帝国の特産品などが良いでしょうか」
「そうだな。共に選ぼう」
些細な約束が嬉しくて自然と頬が緩んでしまう。今はそんな場合ではないと頑張って表情を引き締め、話を変えることにした。
「それで、今はこれからの動きについてのお話でしょうか」
そう問いかけると、フェルナン様も表情を引き締められる。
「ああ、会議までの三日間、どう動くのか決めておきたいのだ。とりあえず今日はゆっくりと体を休めるので良いと思うのだが、明日からは他国と交流したいと思っている。目的は情報収集だな」
「確かに他国の状況については、ほとんど知る機会がありませんでしたからね」
刻一刻と被害状況なども変わっているのだろうし、鮮度の高い情報が必要だ。どこで魔物の被害が多いのかなどを知っておくことが、帝国の安全に繋がるかもしれない。
「そうなんだ。どの国もバタバタしていて、情報共有も最低限になっているからな」
「明日からの数日は大切な期間ですね。……私にフェルナン様の手助けができるかは分かりませんが、パートナーとして精一杯頑張ります」
「よろしく頼む。ただ私としては、リリアーヌが隣にいてくれるだけで大きな力となるぞ」
優しく微笑みながらそんな言葉を伝えられては、赤面するのは避けられなかった。
「うぅ……頑張り、ます」
そうして最後にはフェルナン様に翻弄されながら話は終わり、私はまた自分の客室へと戻る。
その日は治癒薬の確認をしたり、他国の情報についておさらいをしたりと時間を過ごし、夜は早めに眠りについた。
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