コミック1巻重版記念SS 執事と庭師のほのぼの茶会
ある日の昼間。使用人用の休憩室では、ユティスラート家の執事であるセレスタンと庭師のバティが昼食を兼ねた軽い茶会をしていた。
二人は歳が近いこともあって、結構仲が良いのだ。
「今日の薬膳料理は自信作ですよ。早朝に仕込みまして、先ほど仕上げを。出来立てです」
ほっほっと穏やかに笑いながらセレスタンがテーブルに置いたのは、何かの煮込み料理だった。いくつもの香辛料が使われているのか、スパイシーな独特の香りがする。
「おおっ、とても美味しそうですな。これは鶏肉の煮込みでしょうか」
「ええ、鶏肉をいくつもの材料に漬け込んで、特製のトマトソースで煮込んだものです。血の巡りを良くする効果が期待できますよ。それから旬の甘い芋も入れておりましてな、こちらは体を元気にしてくれます」
そんな説明を聞いたバティは、まず器を覗き込むと香りから楽しんだ。
「とても素晴らしい香りだ。これだけで健康になれる気がしますな。さすがセレスタン、料理の腕には感服です」
「ほっほっほっ、趣味が高じてですよ。しかし薬膳料理は奥が深く、私などまだまだ」
謙遜しつつスプーンを手にしたセレスタンは、さっそく自作の煮込み料理を口に運ぶ。それを見てからバティもまずはソースから口に入れ、その複雑ながらもまとまった味付けに感動した。
「今回も美味しいですな……!」
「良かったですよ。我ながら良い出来ですね」
体に良い鶏肉の煮込みを、二人は穏やかに食べ進める。少食なセレスタンは煮込み料理だけを、外で働くため年齢の割によく食べるバティはパンと共に味わった。
「そのパンはいつも食べているのと少し違うように見えますが」
「お、気づきましたか? 実はこのパン、自作の薬草を練り込んで焼いてもらったんです。料理長が空き時間に作ってくれましてな」
「なんと! 少しもらってもよろしいか?」
「もちろんです」
薬草パンと共に鶏肉を口に運んだセレスタンは、目元の皺を深め、大きく頷く。
「これはとても良い」
「そうでしょう?」
そうして二人がほぼ同時に食事を終えたところで、席を立ったのはバティだ。
「では、お茶を淹れますな」
バティは自分で栽培したハーブを使って、オリジナルハーブティーを作っているのだ。少し癖はあるが香り高いそのお茶は、セレスタンだけでなくメイドなどにも密かに人気だったりする。
「今日はどんなブレンドですか?」
「今回は少し酸味のある味わいになっておりましてな、疲労感を軽減してくれたり、風邪を引いた時に飲むと症状が和らぐようなブレンドなんです。おすすめですよ」
「ほう、それは良い」
バティがカップにお茶を注ぐと、室内には独特な香りが広がった。
「落ち着きますな〜」
バティが呟いた言葉に、セレスタンも同意する。
「ええ、とても」
二人で熱いお茶を静かに口に運び、ほぼ同時に息を吐き出した。
「はぁ……」
「ほぉ……」
しばらく無言でお茶を楽しんでから、セレスタンが口を開く。
「このお茶は、リリアーヌ様にお飲みいただいても良いのではありませんか?」
「いや、そんな大層なものではありませんから。それよりもセレスタンの料理こそ、旦那様やリリアーヌ様もお喜びになると思いますが」
「私の料理をお出しするなど、烏滸がましい」
そこで会話を止めた二人が顔を見合わせていると、休憩室の扉がガチャっと開いた。そこから入ってきたのは、リリアーヌの専属メイドであるエメだ。
「セレスタン様とバティさん、休憩ですか? というか、とっても良い香りがします!」
瞳を輝かせたエメに、二人は少しだけ自慢げに答える。
「たまに二人でちょっとした茶会をやっているのですよ」
「薬膳料理とハーブティーです」
「わぁ、素敵です!」
顔の横で手を合わせたエメに、二人は好々爺な笑みを浮かべて立ち上がった。そしてまだ残っていた料理を器に盛り、ハーブティーを淹れる。
「もしよろしければ、少し味見を」
「ハーブティーもどうぞ」
「え、良いのですか? ではちょっとだけ……!」
椅子に座って料理を口に運んだエメは、目を見開いてから頬を緩めた。
「なにこれ、美味しいです……! え、ハーブティーも凄く美味しい!」
しばらく料理とお茶を堪能したエメは、しっかりと完食してお茶も飲み干してから、傍で見守っていた二人を見上げた。
「もしかして、この二つってお二人の手作りですか?」
「お恥ずかしながら」
「片手間で作っております」
「やっぱりそうなのですね! ぜひリリアーヌ様にも食べていただきましょう。絶対に喜ばれます!」
前のめりでそう言ったエメを、二人は慌てて止めた。
「リリアーヌ様にお出しするようなものでは……」
「リリアーヌ様には相応しいものが別にあるでしょうから」
しかし続いたエメの言葉に、二人の動きは止まる。
「リリアーヌ様はそんなこと気にしませんよ。この前も私が作ったクッキーを美味しいと食べてくださりました。実は僅かに焦がしてしまったので、次はもっと上手く作れるように特訓中です!」
焦がしたクッキーをリリアーヌに出したという事実への衝撃と困惑と共に、二人の心には嫉妬心が浮かび上がった。
二人も、自分の自信作をリリアーヌやフェルナンに食べてほしいという気持ちはあったのだ。しかし、しょせん素人の作ったものだと自制していた。
そんな中で焦がしたクッキーを食べてもらったという話を聞けば、ならば自分の自信作もという気持ちになるだろう。
「分かりました。リリアーヌ様にお出しする最高の薬膳料理を作りましょう」
「そうですな。最高のハーブティーをブレンドします」
二人は瞳の奥に炎を燃え上がらせ、やる気満々で拳を握りしめた。そんな二人の突然の変わりようにエメは首を傾げつつ、ハッと時計を見て慌てて立ち上がる。
「じゃあ、私は行きますね。また今度お話しさせてください」
そう言って休憩室に来た目的である忘れ物を手にしたエメは、慌ただしく部屋を出ていった。そんなエメを見送った二人は、言葉もなく顔を見合わせる。
そして決意のこもった表情で、大きく頷き合った。
〜あとがき〜
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
本作のコミック1巻が10/25に発売となりましたが、さっそく重版が決定いたしました!
たくさんの方にお手に取っていただき、本当に嬉しいです!
重版記念としてSSを書いてみましたが、楽しんでいただけたでしょうか。本編とは少し違った使用人たちのほのぼのな日常を楽しんでいただけたら嬉しいです。
実はセレスタンが薬膳を好きだという話はwebにはないのですが、コミカライズで玖米先生がオリジナルで加えてくださいました。
ちょっとした一幕なのですが、私はその場面が大好きで、今回のSSを書いてみました。皆様もぜひ、コミックでそこを読んでみてください!
この機会にコミック版の「可憐令嬢」も楽しんでいただけたら嬉しいです。
とっても面白くて綺麗で、満足度の高い一冊となっています!
よろしくお願いいたします。
蒼井美紗
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