第88話 リリアーヌの活躍
「ではリリアーヌ、さっそく作戦を開始しよう」
その声かけと共に、私はフェルナン様に脇腹あたりを少し強めに掴まれた。
「ひゃっ」
突然の出来事に思わず変な声で叫んでしまうと、次の瞬間にはぐんっと視線が上に上がる。そして気づいた時には、安心感のある馬の背に座っていた。
「凄い……」
その視線の高さに感動していると、フェルナン様が身軽に私の後ろへと飛び乗る。後ろからフェルナン様の腕で体を固定されると、少しだけ感じていた不安感が完全になくなった。
「もし怖かったら、私の腕を掴んでいてくれ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。なんだか楽しいかもしれません」
いつもとは違う高さからの景色をつい楽しんでいると、後ろから楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「ははっ、それなら良かった。今度、騎乗デートなんてありかもしれないな。少し遠乗りをして、丘の上でお茶を飲むなんてどうだろうか」
「それ、とても素敵です!」
そんな素敵なデートを、小さな頃に思い描いていた。なんだか懐かしい思い出と共に、凄く嬉しくなる。
「では、帝国に戻ったらすぐにデートをしよう」
「はい、楽しみです」
「ただ今は、フォレストマウスの群れをどうにかしなければならない。もう魔法は使えるか?」
「もちろんです」
私がすぐに頷くとフェルナン様も微笑まれ、私たちは共にフォレストマウスを見据えた。そしてフェルナン様が手綱を握り直し、全員に聞こえる声音で告げる。
「作戦を開始する!」
その合図と共に、私は光魔法を発動させた。光の蝶を無数に作り出して、数えきれないほどのフォレストマウスに近づける。すると……さっきまではあまり動きを見せていなかったフォレストマウスが、一斉に覚醒したかのように動き出した。
「……っ」
多くのフォレストマウスが一気に光の蝶へと群がる光景はかなり不気味で、私は息を飲んでしまう。しかし魔法は消さず、必死に光の蝶を動かした。
フォレストマウスは予想以上に光魔法が好きみたいだ。光の蝶へと一心不乱に向かってくるため、意外とコントロールが難しい。
新たに街道へと侵入してくるフォレストマウスがいないように、街道の両脇に光の蝶を移動させ、上手く誘導していった。
フォレストマウスは敏感に光の蝶の大きさや光量の差を感じ取るようで、少し光が強い蝶がいると、広範囲のフォレストマウスがそこに向かって動いてしまうのだ。
そうなると街道上にフォレストマウスが侵入してしまうので、必死に集中力を高めて、街道の左右に向かう光の蝶を同質のものにする。
「皆、行くぞっ!」
街道に馬車が通れるほどの幅が空いた。私がそう思った瞬間、フェルナン様が叫ばれた。それと共に私たちが乗っている馬が駆け出して、皆さんがそれに続いている音が後ろから聞こえてくる。
「私に続け!」
「はっ!」
騎士さんたちの返答が聞こえる中、私はとにかく光魔法に集中した。フォレストマウスの群れはかなり先まで続いていて、集中力を切らしたら、周囲をフォレストマウスに囲まれることになる。
たまに光魔法への興味が薄い個体がいて、そういう個体には個別の蝶を作り出して誘導した。どうしても誘導できない個体は、騎士さんたちが接近せずに倒してくれる。
「リリアーヌ、あと少しだ!」
「はいっ」
群れの終わりが見えてきた。あと少し――
「抜けた!」
その声につい力が抜けそうになるけど、慌ててフェルナン様の腕を掴んで気合いを入れ直した。合図があるまで光魔法を消してはいけないし、消した後もフォレストマウスの群れから離れるため、しばらくはこのまま走り続けるのだ。
「リリアーヌ、魔法はもう消して良い」
少ししてその声が聞こえ、私は魔法を解除した。そこで余裕ができて周囲を確認すると、私たちを追ってきているフォレストマウスはいないようだ。他に襲ってきそうな魔物もすぐ近くには見えない。
とりあえず、安心できるかしら。
そんなことを考えていたら、フェルナン様に後ろから囁かれた。
「私に身を預けて構わない」
フェルナン様は何気なく告げた言葉なのだろうけど、私はなんだか照れてしまう。さらに危機を脱したことで、後ろから抱きしめられているという現状に意識が向いた。
今更だけれど、一緒に馬に乗るのって距離がとても近いわ……!
今度はフェルナン様との近さに緊張していると、しばらくして馬の駆ける速度が遅くなり、フェルナン様は完全に馬を止めた。
後ろもそれにならって、隊列は一時停止だ。
「よしっ、ここまで来ればもう大丈夫だろう」
まずはフェルナン様が馬から降りて、私も手を借りる形で馬の背から地面に移動した。自分の足でしっかりと地面を踏み締められることに思っていたより安心して、なんだか新鮮な気持ちだ。
「無事に作戦が成功して良かったです」
「リリアーヌ様のおかげですね。ありがとうございました!」
「とても素晴らしい魔法でした」
一息ついていると、リュシーさんとレオ、さらにアガットが私に声をかけてくれた。また三人に続いて他の騎士や魔術師の方たちも感謝を伝えてくれて、胸が温かくなる。
「お役に立てて良かったです」
「では皆、また今まで通りの配置に戻ってくれ。フォレストマウスを振り切ったとはいえ、この場からは早めに移動するべきだろう」
フェルナン様がよく通る声でそう告げて、その場の空気が引き締まった。
「かしこまりました」
「護衛はお任せください!」
「ああ、頼んだぞ。――ではリリアーヌ、私たちはまた馬車に戻ろう」
「はい」
私はフェルナン様が差し出してくださった手を取り、達成感に包まれながら馬車へと戻った。
〜あとがき〜
いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
昨日発売の月刊プリンセス12月号に、『可憐令嬢』コミカライズ9話が掲載されております!
玖米先生がカッコ良すぎるバトルシーンを描いてくださっているんです。ぜひ読んでみてください!
そして重版の決まったコミック1巻もよろしくお願いします!
蒼井美紗
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