第76話 ギリギリの帰還

 私の腕の中でリリアーヌが気を失った直後、戦場でさえ神秘的な輝きを放っていた蝶が全て消えた。


 その瞬間に、私は叫ぶ。


「帝都まで走れ!! 遅れたら命はないと思え!!」


 今はもう、全員で無事に帰ろうと隊列を整える余裕もないのだ。私は騎士たちの個々の力を信じることにして、そう叫んだ。


「リリアーヌ、絶対に帝都まで連れて帰る」


 ぐったりとしているリリアーヌを抱え上げ、私も帝都に向かって全力で走った。隣にはリリアーヌの護衛であるアガットと、私の護衛であるレオがいてくれている。


「フェルナン様、絶対にお二人はお守りします!」

「周囲の警戒はお任せください!」

「ありがとう、頼んだぞ。前方に姿を現した魔物は私が魔法で吹き飛ばす。二人は左右と後ろの警戒をしてくれ」

「はっ!!」


 二人と軽く打ち合わせて、もう周りも見ずにひたすら帝都を目指した。どこから湧いてくるのか、無数に姿を表す魔物を必死に火魔法で吹き飛ばす。


 皆は無事でいるのか。それを確認したいが、確認できる余裕がない。それどころか火魔法と相性の悪い水魔法を持つ魔物に苦戦し、そんな自分の無力さに唇をかみしめるしかできなかった。


 リリアーヌを抱き上げていることなど、言い訳にならない。この状態で、どんな魔物に対しても圧勝できるよう鍛えなければ。


 改めてそんな決意を固めていると、上空からノエルの声が聞こえてきた。


「西側から魔物の大群がやってきてるよ! 進路を東寄りに変えて帝都まで走って!」


 ノエルは上空から戦況を把握してくれているようだ。普段は問題児だが、やはりとても頼りになる存在だな。


 これからはもう少し、ノエルの好きにやらせても良いかもしれない。


「皆、あと少しだ! 命さえあればなんとかなる! とにかく帝都に着くことだけを考えろ!」

「はっ!」


 近くにいた騎士たちからの返事が聞こえ、少しだけ安心した。しかし最後まで油断してはいけない。


 まず帝都の外門は開いているだろうから、そこから駆け込むのは良い。しかし開けたままにしておけば、魔物も帝都内に引き入れることになってしまう。


 それを避けるために、しばらくは外門を完全に閉じないまま、魔物の群れに対処をする必要がある。とにかくすぐに外門にいる門番と兵士に加勢してもらい、陣形を組まなければ。


 また皇宮に早馬を出して、騎士団の援軍も呼ぶ必要がある。それから魔物の不自然な発生がこの場所だけとは考えづらい。

 他の場所でも発生しているならば、他の外門や外壁でも対処が必要で、さらに街の外に出ていた人たちの安否確認もしなければ。


 やることは山積みだ。


「帝都が見えました!」


 アガットの言葉に、リリアーヌを抱く腕にさらに力が入った。


 外門は――途中まで閉められていたが、人が通れるようには保ってくれているみたいだ。


 その事実に安堵し、私は叫ぶ。


「帝都の中に駆け込め! その際に魔物を中へ入れぬよう、まだ動ける者は外門近くで魔物に対峙するように!」

「はっ!!」


 騎士たちの力強い声を聞きながら、私は最後まで振り返らず帝都内に駆けた。

 まずはとにかくリリアーヌを安全な場所に運ぶこと、そして私は前線で戦うよりも、今の状況では全容を把握して指示を出すことのほうが大切だ。


「騎士団長!!」


 魔物の異常な行動に気づいていたらしい、外門に詰めていた兵士たちが駆け寄ってきた。全員がしっかりと武装をしていて、今すぐにでも戦える様子だ。


 その事実に、僅かに口角が上がる。


「兵士は魔物が帝都内に絶対に入らぬよう、外門に隊列を組み魔物を押し留めてくれ! それから負傷者が多数いる。この場に応急処置ができる場所を!」

「は、はい!」

「かしこまりましたっ」

「お前たち、まずは一班が……」


 兵士長らしき者が指示を出し始めたのを見て、私はとりあえず安堵した。この様子ならすでに皇宮へ報告が行っているはずだ。援軍はすぐに来る。


 今はとにかく騎士団の皆の安否と、リリアーヌの安全だ。


 私は兵士が準備してくれた布の上にリリアーヌを寝かせ、アガットに声を掛けた。


「アガット、リリアーヌのことは頼んでも良いか? 絶対に安全を確保し、見知らぬ者は近寄らせるな。身分を振りかざす者がいたならば、私の名を出して良い」

「かしこまりました。必ずやお守りいたします!」


 アガットが背筋を伸ばして答えたところで、私はすぐに踵を返す。そして続々と帝都内に駆け込んでくる仲間たちに視線を向けた。


 するとその中に、レイモン叔父上とルイを発見する。


 良かった。二人とも無事だったのか。


「叔父上、ご無事で良かったです。ルイもよく生きていてくれた」

「私には、護衛もいたからね。騎士の皆も全力で守ってくれた」

「俺も、騎士の皆さんに助けられました……あの、リリアーヌ様は」

「大丈夫だ。魔力が尽きて意識を失っているが、怪我はない。……あちらで寝ているので、近くにいてもらえますか?」


 レイモン叔父上がいれば、リリアーヌはより安全になるだろう。そう思っての頼みだったが、叔父上は正確に理解してくれたらしい。


「もちろんだよ。任せておいて」

「ありがとうございます」


 そうして二人と離れて、私は帝都の外に視線を向けた。まだ騎士の数が少ないし、ノエルもいない。ノエルはああ見えて仲間思いで正義感の強いやつだから、最後まで森に残るはずだ。


「レオ、お前はここに残って良いぞ」


 私に付き従う護衛のレオにそう声をかけると、レオからはキッパリと否定の言葉が返ってきた。


「一緒に行きますよ。護衛なんですから」


 その言葉に私は僅かな笑みを浮かべ、剣を抜いた。


「分かった。では行くぞっ」

「はいっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る