第73話 嫉妬とまさかの事態

 帝都への帰還を決めてからすぐに隊列を組み直し、私たちは大きな問題なく森を進んでいた。しかしふと後ろを振り返ると目に入るリリアーヌとルイの親密さに、つい眉間に皺が寄ってしまう。


 リリアーヌはルイと仲が良すぎるのではないか? あのような可愛らしい笑みを向けたら……ほら、ルイが照れているじゃないか!


 内心で二人の様子に歯噛みしていると、私の護衛であるレオに声を掛けられた。


「フェルナン様、顔が怖いですよ」


 苦笑しながら告げられたところを見るに、レオは私の心情が分かっているらしい。


「……仕方がないだろう?」

「まあ確かに、仲が良さそうですよね。お似合い――ってことはないです。うん、断じてないです。フェルナン様とお似合いです」


 あの二人が似合いだと言い掛けたレオを思わず睨んでしまうと、レオは慌てて否定した。


 自分でもリリアーヌのことになると、心が狭すぎると分かっているのだが……。


「はぁ」


 思わずため息を吐くと、今度はノエルがやってきた。宙に浮きながら私の頭に腕を乗せたノエルは、楽しげな声音で言った。


「団長、心が狭いと嫌われますよ〜」


 こいつは、なんで私の考えていたことが分かるんだ。


「僕が二人の間に割って入りましょうか? その代わりに魔物討伐への同行頻度を増やしてもらえるとありがたいのですが!」


 今度は私の目の前にやってきたノエルは、瞳をこれでもかと輝かせている。ノエルの望みをこんな交換条件で叶えるのは癪だし、そんなことをすればリュシーに悪い。


 それに……


「お前が行ってもルイがノエルに変わるだけだ。意味がない」


 そう伝えると、ノエルは唇を尖らせて拗ねた様子で私から離れた。


「今ならいけると思ったのにな〜」


 おい、聞こえてるぞ。


「でも真面目な話、最近の魔物の様子はおかしいですし、戦力は多いほうがいいと思いませんか?」


 今度は真面目な表情でそう言ったノエルに、私はゆっくりと頷いた。確かにその通りなのだ。


「それは分かっている。少し今までとやり方を変えても良いかもしれないな」

「ですよね。見回りの頻度も増やすとか……っ!」


 ノエルがガバッと後ろを振り返った瞬間、私にも魔物の気配を感じ取れた。これは、かなりの数だ。


「魔物が来るぞ! 戦闘態勢を取れ!」

「はっ!」


 すぐに騎士たちへと指示を出し、私たちもいつでも戦えるよう準備をした。そんな中で飛び出してきたのは……


 ビッグベアだった。それは人間を超える大きさの魔物で、魔法は弱い土魔法程度しか使えないのだが、その弱点を補って余りあるほどに身体能力が高い。


 鋭い爪で切り裂かれれば人間は骨まで断たれ、突進を正面から受ければ内臓が破裂する。さらに噛みつかれたら、そのまま肉を持っていかれる。


 そんな危険な魔物だ。


「ビッグベアってこの森にいるんでしたっけ!?」

「少なくともこんな外側にはいないはずなんだが……」


 レオの焦ったような声に混乱しながらも答えると、ノエルが叫んだ。


「ビッグベア、全部で五頭もいるよ!?」

「は!? ビッグベアって単独行動が基本じゃないんですか……!」

「私もそう認識している。しかし群れている以上、全て倒すしかない!」


 今回はリリアーヌがいるのだ。絶対に危険に晒すようなことをしてはいけない。改めてそう決意して、私が前線で戦おうとビッグベアがいる方向に足を踏み出したその瞬間、また別の方向から魔物が来る気配を感じた。


 どうなってるんだ……これは大変な異常事態かもしれない。


 緊張や不安から無意識のうちに剣を握る手に力が入っていると、隊列の右横から今度は別の魔物が現れた。


「こっちはウォーターボアです!」


 ウォーターボアは水魔法を高度に扱う魔物だ。しかし体はそこまで大きくなく、ビッグベアほど厄介ではない。それを瞬時に判断し、私は指示を出した。


「一、二班はウォーターボアを、他の皆はビッグベアを倒すぞ!」

「はっ!」


 これだけならなんとか切り抜けられるはずだ。この場で倒して、それから急いで帝都に戻ろう。


 そう判断した私の耳に、絶望してしまうような報告が飛び込んだ。


「団長! こちらからはレッドカウがっ!」

 

 今度は隊列の左側からだ。三方向から種類の違う魔物が襲ってくるなど、どうなっているんだ?


 あまりにも信じられない事態に思考が止まりかけるが

私の判断で皆の生死が決まるのだ。止まっている場合ではない。


「皆、作戦変更だ! 魔物を牽制しながら、最大限の速度で帝都に戻る! 魔物を倒すのではなく、足止めすることを考えて攻撃しろ!」


 帝都に戻れば増援が期待できるし、街を囲う外壁を使って効果的な戦いもできるはず。魔物の主戦場である森の中よりは、確実に戦いやすいはずだ。


 あとは帝都まで無事に戻れるかどうか――いや、絶対に戻るんだ。


 私は決意を固めて、腰に差していた剣を抜いた。

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