第72話 治癒薬の検証と話し合い

 別の騎士によってホワイトウルフは吹き飛ばされたけど、肩を噛まれた騎士はかなり傷が深いようだった。


 肩からドクドクと血を流し、安全な後方へとふらつきながら歩いてくる。

 そんな騎士の様子を見て、私はすぐに声を上げた。


「レイモン様、ルイさん! 治癒を!」

「もちろんだ、すぐ治癒をしよう。リリアーヌが治癒薬を準備してくれるかい? ルイは記録を」

「は、はい!」

「分かりましたっ」


 レイモン様の指示ですぐに動き、私は治癒薬を取り出した。護衛のアガットたちにも付いてきてもらい、三人でこちらに歩いてくる騎士の下へ向かう。


「すまないね。少し服を切るよ」


 私たちに気づいた騎士の方がその場に座り込んでしまうのを確認したところで、レイモン様がそう言ってナイフを取り出した。


 噛まれた肩を露出させるように、血だらけの服を切っていく。


 すぐにでも治癒をしなければ命の危機である場合はさておき、患部の様子を確認する余裕があるときには、一度確認してから治癒を施した方が良いのだ。

 これは光魔法でも同じことで、例えば患部に何かが刺さった状態で治してしまうと、その何かが体内に残る可能性がある。


「大丈夫、綺麗だね」

「では、すぐにこれを飲んでください」


 レイモン様の言葉を聞いて、蓋を開けた治癒薬入りの瓶をすぐに差し出した。騎士の方は辛そうに瓶を手に持ち、ぐいっと呷る。


 するとその瞬間――騎士の肩がじんわりとした光を帯び始めた。

 それは光魔法で治癒をするときに出現する光と似たようなもので、肩の傷がじわじわと、しかし目に見える速度で治っていく。


「本当に凄いね……」

「信じられない、光景です」


 レイモン様とルイさんの呟きが聞こえてきた。


「治癒薬がここまでの効果を持つなんて……」


 私も実際に見ると衝撃を受けて、そんな言葉を発してしまう。事前に凄いのだと聞いていても、実際に見るとその驚きは相当だった。


「この光は、普通の治癒薬にありませんよね?」

「ないはずだよ。これはもう、治癒薬というよりも光魔法の方が近いかもしれないね」

「確かにそうですね……光魔法より治りが遅いような気はしますが、それでも十分な治癒効果です」


 レイモン様とルイさんの考察は、真剣な眼差しで進んでいく。私もそんな二人の会話に参加した。


「光魔法には及ばないけれど、従来の治癒薬よりは確実に効果が高いという感じでしょうか。……いや、治る速度は遅くても、最終的な効果はかなり高くなりそうですか?」


 いまだに治癒が進んでいる騎士の肩を見て私がそう呟くと、レイモン様とルイさんは頷いてくださる。


「確かにそうだね。予想以上に治癒の持続時間が長いようだ」

「これ、完治する可能性もありそうです」

「さっきの深い傷が完治したら凄いことだよ」


 それから少しして、治癒薬の効果が止まった。肩の傷は血は止まっているけど、まだ完全に傷は塞がっていない状態だ。


「ここで止まるのですね」


 ルイさんが真剣にメモを取っていく。


「かなりの大怪我だったから、さすがに完治は難しいようだね。でも今までの治癒薬だったら、血を止めることすら叶わなかったかもしれない。これは凄いことだよ」

「光魔法を使える魔術師の負担を減らせるでしょうか」


 私の問いかけに、レイモン様は笑顔で頷いてくださった。


「そうだね。これからは一刻を争う怪我は光魔法で、少し時間をかけての治癒で問題ない怪我は治癒薬でと分けられるかもしれない。魔術師の魔力を温存できて、より騎士たちの身が安全になりそうだ」


 その言葉に、私は湧き上がってくる嬉しさで頬を緩めてしまった。騎士さんたちの安全に――フェルナン様の安全に役立てたことが、とても嬉しかったのだ。


「ではもう一本、治癒薬を飲んでもらえるかい? 連続使用時の確認もしておきたい」

「もちろんです」


 それからも私たちは治癒薬の検証を続け、そうしている間にホワイトウルフの討伐は、他に大きな問題なく終わっていた。



 私たちが他に怪我人がいないことを確認していると、フェルナン様がノエルさん、そして護衛も兼ねているレオさんと共に、こちらまでやってきてくださった。


「リリアーヌ、怪我はないか?」

「はい、私は大丈夫です。一人騎士さんが深い怪我をしていましたが、治癒薬で完治しています」

「そうか、良かった」


 報告を聞いたフェルナン様は、騎士団長として引き締まっていた表情をいつものように緩め、私の頬に手を伸ばされる。


「えっと……」


 周囲にたくさんの人たちがいる状況でのことに、私は戸惑いと恥ずかしさで頬が赤くなってしまった。するとフェルナン様は私の髪を一房手に取ると、そこに口付けを落とした。


「リリアーヌと仕事を共にできるというのは、嬉しいものだな」

「……わ、私も嬉しいです」


 恥ずかしいけれど、しっかりと伝えると、フェルナン様がさらに頬を緩められ――


 私たちの間にノエルさんが飛びながら割り込んできた。


「団長、今はイチャイチャしてる場合じゃないですよ!」


 その言葉にフェルナン様は少しだけ不満そうな表情を浮かべたけれど、すぐに真剣な眼差しで口を開かれる。


「そうだな。リリアーヌ……それから叔父上とルイも聞いて欲しい。実は先ほどから魔物の数と分布が常にない様子で、このまま討伐を続行するか迷ったのだが、今回はここで帝都へ戻ることにした」


 急遽戻るのね……そんな判断を下すほどに異常が起きているというのは心配だわ。


 そう考えてしまい、自分でも表情が強張ったのが分かると、フェルナン様は安心できるような笑みを浮かべてくださった。


「大丈夫だ。万が一を考えてのことだからな。叔父上とルイも構わないでしょうか」

「もちろん騎士団長であるフェルナンに従うよ」

「俺もです」


 二人の返答を聞き、フェルナン様は真剣な表情で頷かれる。そして、その場で宣言した。


「では皆、今回はここで帰還とする! 隊列を組み直してくれ。アガット、リリアーヌのことを頼んだぞ」

「はっ、命に変えてもお守りいたします!」


 フェルナン様はアガットの言葉を聞くと、騎士さんたちの下へと戻っていった。

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