第71話 討伐と怪我

 ジャイアントラビットとフェルナン様たち騎士団との戦闘は、素人である私の目から見ても、明らかにフェルナン様たちの方が優勢に見えた。


 ジャイアントラビットは確実に数を減らしていくけど、その間に騎士さんたちはほとんど怪我をしていない。


「団長はやっぱり凄いね〜」


 フェルナン様がジャイアントラビットに剣を振り、さらに追い打ちをかけるように火球を放ったところで、ノエルさんがそう呟いたのが聞こえた。


「フェルナンは剣術と魔法、どちらもトップレベルの実力だからね」


 ノエルさんの言葉に答えるようにレイモン様がそう口にし、私は改めてフェルナン様の凄さを理解する。


 騎士の中に魔法が使える人はもちろん存在するけど、フェルナン様はその魔法のレベルがとても高いのだ。あまり詳しくない私でも凄いと分かるほど、威力や命中度、連射性などに優れていた。


「団長は魔術師団に入ったとしても、片手の指に入る実力なんだよね〜」


 ノエルさんは呆れるような眼差しをフェルナン様に向けている。


「本当に羨ましい才能だよ」

「それはノエルさんも、周りの皆さんから思われているのでは……」


 思わずノエルさんにそう伝えてしまうと、ノエルさんは不思議そうに首を傾げた。


「僕? そうなのかな?」

「絶対にそうだと思います」


 やっぱり才能がある人は、自分でそのことを認識できないのかしら。それともノエルさんが周囲をあまり気にしないから?


 そんなことを考えていたら、ルイさんがボソッと呟いたのが聞こえてきた。


「リリアーヌ様も思われてるんじゃ……」


 しかし声が小さくてよく聞こえず、聞き返そうとしたその時。騎士さんたちの方から歓声が上がった。


 咄嗟にそちらへと視線を向けると、ジャイアントラビットの討伐が終わったようだ。最後の一匹が倒れたのを確認すると、皆さんの表情が少し緩む。


「怪我をした者は申告してくれ。周囲への警戒を怠らずに、魔物の片付けをするぞ」

「はっ!」


 フェルナン様が緩んだ空気を引き締めるように声を掛けると、すぐに騎士さんたちは動き出した。


 怪我をした人は……いないみたいだ。


「治癒薬の検証にはなりませんが、怪我人がいなくて良かったです」


 思わずホッとしてそう呟くと、レイモン様とルイさんも頷いてくれた。ルイさんが取り出していたメモ用紙やペンを仕舞おうと、鞄をガサゴソとしていると――


 突然、ノエルさんが鋭い声を上げた。


「魔物だっ!」


 さっきまでのんびりと宙に浮いていたノエルさんが突然叫んだことで、ビクッと体が跳ねてしまう。咄嗟にノエルさんへと視線を向けると、その表情は厳しいものに変わっていた。


 今度の魔物は、ジャイアントラビットより強いのかもしれない。


 すぐにフェルナン様たちの方へ視線を向けると、すでに戦闘態勢で魔物を待ち構えているのが見えた。


「ホワイトウルフだ!」


 フェルナン様が真っ先に叫ぶ。するとそれから数秒後、体毛が真っ白な獣が何匹も姿を現した。瞳はギラギラと光っていて、気が昂っているのか、唸り声を上げながら鋭い牙を露出させている。


「大きな群れだ。二十はいるぞ! 氷魔法に気をつけて、足を絶対に取られるな!」


 皆さんに忠告をしたフェルナン様は、一番に先頭のホワイトウルフへと駆けていった。ホワイトウルフから放たれた無数の氷弾を火炎で蒸発させると、剣を振り下ろす。


 振り下ろした剣が、ホワイトウルフを確かに捉えた――はずなのに、僅かに血が吹き出しただけで、すぐに傷口が塞がってしまった。


 いや、違う。傷口が塞がったのではなく、凍らせて血を止めているようだ。

 力技で血を止めたホワイトウルフは、怒りを露わにしてフェルナン様に飛び掛かる。フェルナン様はそれを火球で吹き飛ばしたけれど、他のホワイトウルフもフェルナン様に飛び掛かり――


 数人の騎士さんが加勢して、フェルナン様を守った。


 それを見てホッとしたけど、すぐにまた危機が襲う。


「リリアーヌ様、僕も加勢してきます。ここから絶対に動かないように」


 ハラハラしながら戦いを見守っていたら、いつになく真剣な表情のノエルさんはそう告げ、一瞬にして前線まで飛んでいってしまった。


 フェルナン様たちは苦戦しているようで、ノエルさんもいつもの緩さは鳴りを潜めている。そんな状況に、私はレイモン様に尋ねた。


「あの、レイモン様。ホワイトウルフとは、かなり強い魔物なのでしょうか」

「一匹ならそこまで脅威ではないけど、群れになると一気に強くなるんだ。ただ普通は、こんな場所にいるような魔物ではないはずだけど……」


 レイモン様の呟きに、私はなんだか嫌な予感を覚える。ラウフレイ様が仰っていた異変、これもその一部なのかしら。


「師団長、凄いのですね……」


 色々と考え込んでいたらルイさんの驚いたような声が聞こえてきて、私は顔を上げた。すると前線では、ノエルさんが大活躍している。


 ホワイトウルフの氷魔法は、一番が足を地面に縫い止められるのが厄介みたいだけど、ノエルさんは空を飛べるので関係がないのだ。


 自在に空を飛んでホワイトウルフの攻撃を躱し、さらに風魔法でホワイトウルフを切り付けている。


「ノエル! 足を狙ってくれ!」

「もちろんです、よっ!」


 フェルナン様の頼みにノエルさんが答え、二人は上手く連携してホワイトウルフを倒していった。


「凄い……」


 二人の戦いに思わず目を奪われていたが、別の場所からの叫び声にハッと我に返る。


「逃げろ!」

「意識を失ったら死ぬぞ!」


 すぐそちらに視線を向けると、一人の騎士がホワイトウルフに肩を噛みつかれたようだった。






〜あとがき〜

本日発売の月刊プリンセス8月号に、コミカライズ5話が掲載されています。

コミカライズ本当に素敵ですので、お読みいただけたら嬉しいです!

よろしくお願いいたします。


蒼井美紗

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