第70話 魔物と遭遇
先頭へと戻っていくフェルナン様の後ろ姿を見送っていると、レイモン様が私にも声をかけてくださった。
「リリアーヌは今のところ問題ないかい? 治癒薬が重いならば、もう少し私たちが持つよ」
今回の魔物討伐では、治癒薬は私とレイモン様、そしてルイさんで均等に分けて持っている。いつもは数人の騎士の方たちが分担して持つらしいけれど、今回は検証のやりやすさを考えて私たちにしてもらったのだ。
なので確かに少し重いけれど、これぐらいは問題ない程度だし、これも仕事のうちなので頑張ろうと思っている。
「大丈夫です。ありがとうございます。それよりもルイさんに紙やペンなどを全て持ってもらっていますが、大変じゃないですか?」
大きな鞄を肩から下げるルイさんにそう問いかけると、笑顔で答えてくれた。
「全く問題ありません。俺は無駄に力がありますから」
そう言ってグッと腕に力を入れたルイさんを見て、そういえばルイさんはガタイが良くて力がある人なんだと思い出す。
真面目でいつも丁寧に接してくださるから、ついそのことを忘れてしまうわ。
「ルイさんって普段から鍛えているのですか?」
「はい。植物園の仕事では、意外と力が必要ですから。それに仕事をしているだけでも筋肉が付きます」
「そうなのですね……羨ましいです」
私は昔から筋肉が付きにくい体質なのだ。ペルティエ王国にいた時代に、小柄な体格だけでもどうにかしようと思って筋トレに励んだけれど、見た目には全く変化が現れなかった。
「リリアーヌ様も鍛えたいのですか?」
「そうですね。もう少し筋力が欲しいかもしれません」
今は無理にガタイを良くしようとは思わないけど、筋力があった方が重いドレスなども綺麗に着れるはずだ。
「それならば、毎日少しずつ筋トレを取り入れるのがおすすめですよ。護衛の方と相談されるのもいいかもしれません」
ルイさんのその提案に護衛であるアガットに視線を向けると、アガットはこちらに視線を向けて頼もしい表情で頷いてくれた。
「メニューはお任せください」
「ふふっ、ありがとう」
また目標ができたわ。その事実に心が満たされていると、ノエルさんがぷかぷかと浮かびながら口を開いた。
「僕も筋肉が欲しいんだけど、全然付かないんだよね〜」
独り言のようなその言葉に、ついノエルさん以外の皆で顔を見合わせてしまう。
代表して、私が口を開いた。
「ノエルさん、その……いつも宙に浮かんで移動をされてるので、筋肉が落ちてしまうのではないでしょうか」
「……確かに!」
ノエルさんは驚きに瞳を見開いて、ポンっと手を打つ。
「リリアーヌ様、さすがですね!」
普通ならばすぐに気づきそうだけど……少し抜けているのがノエルさんなのよね。そう思ったら、なんだかほっこりしてしまった。
「ノエルは飛ばない時間を作ったら、解決するんじゃないかい?」
レイモン様のその助言に、ノエルさんは拳をグッと握り締めた。
「さっそく明日から始めてみます!」
「今日からじゃないのですか?」
「……森の中は疲れますから」
その言葉にがっくりと体の力が抜けそうになり、全員が思わず少しよろけた。
そうして楽しく会話をしながら進むこと数十分。隊列が突然止まり、フェルナン様の声が響いた。
「前方から魔物だ、戦闘態勢に入れ! 数は……十以上、ジャイアントラビットの群れだ!」
その声に騎士の方たちが素早く動いた。魔物がいる前方に多くの騎士が集まり、しかし私たちの警護や周囲への警戒のためにも数人が残っている。
その動きはとても洗練されていて、思わず見惚れてしまった。
「凄いですね……」
「騎士たちは毎日鍛錬をしているからね」
レイモン様の言葉に頷き、私は前方で指揮を取るフェルナン様に意識を向ける。洗練された騎士さんたちを率いるのがフェルナン様なのよね……その事実を改めて理解すると、心臓がいつもより激しく音を立てた。
しかし深呼吸をしてそれを落ち着かせ、騎士さんたちが戦っているジャイアントラビットに視線を向ける。
「ジャイアントラビットは、風魔法を使った素早い攻撃が厄介でしたか?」
「そうだね。それから鋭い牙も持ち、体毛は素手で触れば刺さるほどに硬いよ」
今までは情報として知っているだけだったけど、こうして目の当たりにすると、思っていた何倍も恐怖を感じる存在だ。
私たちの腰ほどの大きさであることも、これほど大きく感じるだなんて。
「ラビットって名前だけど、動物のウサギとは全く別物だよね〜」
ノエルさんのその言葉には、完全に同意する。動物と魔物の違いは魔力の有無だけれど、それにしても威圧感のようなものが全く違った。
ラビットという名が付けられたのは姿形が少し似ているから、それだけなのだろう。
「どんな怪我が予想されるでしょうか」
ルイさんの問いかけに答えたのは、レイモン様だ。
「やはり風魔法を使った突進、それから噛みつきだろうね。突進によって体毛が深く刺さり、さらに噛みつかれると酷い傷になる」
「そのような怪我を負った人がいたら、すぐに治癒薬を使いましょう」
「そうだね、準備しておこう。ルイは記録の準備も」
「はい」
そうして私たちはいつでも動けるよう態勢を整えながら、フェルナン様たちの戦いを見守った。
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