第69話 討伐に同行

 魔物討伐への同行が決まってから約一週間後。私はレイモン様、ルイさんと共に、帝都の近くにある森の入り口にいた。


 たくさんの騎士の方々が並んでいて、皆さんの前にいるのがフェルナン様だ。近くにはフェルナン様の護衛であり、騎士団にも所属しているレオさんがいるのが見える。


 もちろん私の近くには護衛であるアガットがいて、レイモン様の護衛の方も近くに控えていた。さらに今回は魔術師団から、ノエルさんと他五名の魔術師の方が参加されている。

 帝都近くで行われる魔物討伐では騎士だけのことがほとんどらしいけれど、今回は私たちのために、フェルナン様が手配をしてくださったそうだ。


「皆、本日の魔物討伐は森の奥まで向かう予定だ。最近は魔物の出現頻度が高いと民から声が上がっており、一匹でも多く討伐するのが今回の目標となる」

「はっ」

「また今回は改良された治癒薬の効果確認のため、植物園からレイモン叔父上、ルイ、そして私の婚約者であるリリアーヌが討伐に参加することとなった。皆にはいつも以上に周囲へ気を配ってほしい。またできる限り怪我を避けてもらいたいが、怪我を負ったら叔父上のところへ向かってくれ」


 騎士の方々に指示を出されるフェルナン様は、とてもカッコいい。思わず見惚れてしまったけれど、すぐにここはもう街の外なのだからぼんやりしていては危ないと思い出し、気を引き締めた。


「では皆、森に入るぞ」


 事前にフェルナン様から私たちの立ち位置については説明を受けていたので、悩むことなく隊列に入ることができる。

 私たちの居場所は列の真ん中だ。周囲を騎士の方たちが取り囲み、安全性を高めてくださっている。そしてフェルナン様は先頭で、魔術師の方々はそれぞれに散った。


 ノエルさんは私の護衛もしてくださるようで、すぐ近くをふよふよと飛んでいる。


「ノエルさん、緊張はされていないのですか?」


 あまりにも優雅に飛んでいるので思わずそう聞いてしまうと、ノエルさんは満面の笑みを浮かべられた。


「全然です! むしろ久しぶりの魔物討伐が楽しみで仕方がなくて……!」


 そういえばノエルさんは、勝手に魔物討伐へ同行してしまうような方なのだったわ。楽しそうにくるっと宙で一回転をしたノエルさんに、思わず苦笑を浮かべてしまう。


「そんなことよりリリアーヌ様、いつもの服装と違ってお似合いですね」


 ノエルさんが宙を飛んだまま私にグッと顔を近づけ、そう褒めてくださった。


「似合っていますか……? 少し不安だったのですが」


 今日は動きやすい格好じゃなければいけないということで、いつものようなドレスではなく、動きやすい服装を皆が選んでくれた。


 生地がしっかりとしたワンピースに長めのブーツ、上にはローブを着て、腰にポーチを下げているという格好だ。


 エメやクラリスは最高に似合っていると言ってくれたし、二人のセンスを疑っているわけじゃないけど、鍛えていない細身の私に似合っているのかは不安だった。


「そうなのですか? 美しさの中に強さがあって、とてもお似合いだと思います」

「……あ、ありがとう、ございます」


 ノエルさんからの予想外の褒め言葉に、思わず頬を赤らめてしまう。たまに忘れそうになるけど、ノエルさんも貴族なんだわ……さすが褒めることには慣れているのね。


 そんなことを考えながら頬に手を当てていると、突然ノエルさんが呻き声を上げた。


「ぐへっ」


 驚いて視線を上げると、そこにいたのは仏頂面のフェルナン様だ。ノエルさんは襟首を掴まれたのか、自分の首を摩っていた。


「ちょっと団長! 何するんですか!」

「それはこっちのセリフだ。リリアーヌとさすがに距離が近すぎるぞ」

「えぇ〜、団長、嫉妬する人は嫌われますよ〜」


 そう言ったノエルさんをフェルナン様は完全に無視して、私に視線を向ける。


「リリアーヌ、大丈夫か? こいつに何かされたらすぐに言ってくれ」

「……ふふっ、はい、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」


 ノエルさんと私の仲まで心配してしまうフェルナン様が、なんだか可愛く見えてしまった。でもノエルさんがさすがに可哀想なので、少しだけ味方をすることにする。


「ノエルさんは私の緊張を解いてくれたんです」


 そう伝えると、フェルナン様は眉を下げ、不本意な様子ながらもノエルさんを振り返った。


「……すまなかった」


 小さな声での謝罪に、ノエルさんは満面の笑みを浮かべる。


「団長が謝るなんて珍しいですね! へへっ、僕の偉大さがやっと分かりましたか〜?」


 宙に飛んだまま煽るようにフェルナン様の顔を覗き込んだノエルさんを、フェルナン様は眉間に皺を寄せて顔を背けた。


 そして一言。


「分かった。リュシーにノエルの書類仕事を、十倍にしておくよう頼んでおく」

「え、ちょ、ちょっと団長、それはないです! 止めてください……!」


 泣きそうな表情で慌てるノエルさんを、フェルナン様は今度こそ完全に無視した。そして私に声をかけてくださる。


「リリアーヌ、今のところ何か問題はないか? 少し時間ができたので来てみたのだが」

「そのために来てくださったのですか? ありがとうございます。フェルナン様とお話ししたら、不安は全て吹き飛びました」


 嬉しさのあまり本心が溢れると、フェルナン様は片手で顔を覆い隠す。そして小さく呟いた。


「それなら、良かった」


 フェルナン様の耳は赤く染まっていて、なんだか私まで恥ずかしくなってくるかも……と思っていると、近くにいたレイモン様が声を掛けてくださった。


「ほら、フェルナン。そろそろ戻らなくて良いのかい? リリアーヌがいるのだから、仕事に精を出さなければ」


 苦笑しながらのその言葉に、フェルナン様はすぐ真剣な表情になる。


「……そうですね。ではリリアーヌ、行ってくる。何かあったらすぐ助けを求めてくれ」

「はい。頑張ってください」


 キリッとした表情のフェルナン様は、足早に先頭へと戻っていかれた。

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