第66話 お茶会の終わりと忠告
ペルティエ王国での日々をゆっくりと思い出し、穏やかな雰囲気のラウフレイ様に背中を押される気持ちで口を開いた。
「ペルティエ王国の貴族社会に生まれた女性は、容姿が重視されます。美人とされる基準が、今思えば他の国とは少し違っていて、私の容姿は王国ではかなり劣っていると分類される容姿でした。幼少期に王太子殿下の婚約者となりましたが、成長するにつれて醜くなる私は次第に蔑ろにされ――」
それからの話はとても長くなった。今まで意識的に思い出さないようにしていたことを、一つずつ思い出して口にすることで、なんだか胸が軽くなっていく。
フェルナン様やたくさんの優しい人たちのおかげで、話をしていて辛くなることはなかった。
それどころか一つずつ思い出していくことで、過去の必死に努力していた私が報われる思いだ。あの頃の私に声をかけられるのなら、幸せな未来が絶対にやって来るからと、そう伝えたい。
「――長いお話を聞いてくださり、ありがとうございました。こういう経緯があって、私はペルティエ王国に対しては複雑な思いを抱えています。もちろん王国の大多数の人たちは、心優しい民だということは分かっているのですが」
そこまで告げたところでラウフレイ様が首を横に振り、真剣な瞳で口を開いた。
『そんな過去があったのならば、国自体を恨んでも仕方がないだろう。元凶はリリアーヌの養父母であるフェーヴル家のルイゾンとマリーズ、そして妹のアメリー、さらに王太子のアドリアンだな。名前まで覚えたぞ』
私から視線を外して森の奥深くを睨むようにしたラウフレイ様は、どこか獰猛さを感じるような笑みを浮かべられる。
視線の先にペルティエ王国がある、なんてことはないわよね……?
「あの、ラウフレイ様、このまま一生関わることがなければ、それで良いと思っています。なのでラウフレイ様のお手を煩わせることでは……」
『もちろん我からは何もしない。しかし向こうが懲りずにリリアーヌへ手を出すかもしれないだろう? その時のために、敵が誰なのかは明確にしておかなければ。さらに我が人間と関わる時の参考にもさせてもらう』
聖獣であるラウフレイ様に悪い意味で名前を覚えられるというのは、大丈夫なのかしら。今更少し不安になったけれど、すでに国を出た私のことなど誰もが忘れているでしょうと、気にしないことにした。
これから関わることがなければ、何も心配はいらないのだから。
「ラウフレイ様、暗いお話ばかりになってしまいすみません。次はフェルナン様とのお話を聞いてくださいませんか? あっ、それよりも先にラウフレイ様は何かお話があるでしょうか」
ラウフレイ様と話をしているとつい口が軽くなり、話しすぎてしまった。自分のことだけを話し続けるなんて、公爵家に嫁ぐ者として失格だと落ち込んでいると、ラウフレイ様は優しく首を横に振ってくださる。
『いや、我はリリアーヌの話を聞くのが楽しいのだ。遠慮せずに話してほしい。そう落ち込む必要はない』
そういえば、ラウフレイ様は心が読めるのだったわ。
「恥ずかしいです……」
失態と反省の流れが全て筒抜けだったことに、思わず頬が赤くなる。するとラウフレイ様は楽しそうに笑みを浮かべられた。
『気にすることはない。さあ、フェルナンとの話だったか?』
「……はい。では屋敷の庭で昼食を共にした時のお話を聞いていただけますか?」
『もちろんだ』
それから私は恥ずかしさを振り切って、ラウフレイ様にたくさんの話をした。どんな話でも楽しそうに聞いてくださるラウフレイ様に、つい話が長くなってしまう。
持ってきたお菓子や飲み物が減ったところで、ラウフレイ様が立ち上がられた。
『今日はそろそろ解散としよう。外に長時間いて、リリアーヌが体調を崩しては大変だからな』
まだ大丈夫だと言おうとしたけれど、自分でも気づいていなかった手足の冷えに気づいて、ラウフレイ様の気遣いを素直に受け取ることにする。
「ありがとうございます。では次のお茶会で、またお話を聞いてください」
そう伝えると、ラウフレイ様は笑顔で頷いてくださった。その表情に温かい気持ちになりながら、私はお皿などを籠に片付ける。
綺麗に片付いて立ち上がったところで、ラウフレイ様がさっきまでよりも真剣な表情をしていることに気づいた。
「何かありましたか?」
問いかけるとラウフレイ様は少しだけ逡巡し、静かに口を開く。
『我の気配があるにも関わらず、近くに魔物が来たみたいだ』
「え、ここは危ないでしょうか」
『いや、近づいてから我に気付いたらしい。もう遠ざかっていったので問題はない。しかし、最近は魔物が常にない動きをするな』
そういえば、フェルナン様も似たようなことを仰っていた。最近の魔物は数が多く、今までよりも凶暴性を増しているとか。
何か原因があるのかしら……ラウフレイ様も感じているとなると、広い範囲での異変ということになる。少し心配だわ。
『一時的なものかもしれないが、気を付けてくれ。少し嫌な予感がするのだ』
「……分かりました。フェルナン様にもお伝えしておきます」
聖獣であるラウフレイ様が嫌な予感を覚えているというのは、軽く流して良いことではないだろう。
「ではラウフレイ様、本日はありがとうございました。とても楽しかったです」
雰囲気を切り替えるように明るい声で伝えると、ラウフレイ様も表情を穏やかな笑顔に戻した。
『うむ、我も楽しかった。ではまたな』
「はい。また連絡します」
そうして私はラウフレイ様に手を振りながら、転移で屋敷に戻った。
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