第65話 ラウフレイ様とお茶会
昼食後に少し休んでから、私はエメやクラリスに中身の詰まった可愛らしい籠を渡された。
「リリアーヌ様、こちらにお菓子や果物がたくさん入っておりますので、ぜひラウフレイ様と共にお召し上がりください」
「お茶は淹れたてにはなりませんが、もしよろしければこちらの水筒をお持ちください」
飲み物は木材で作られた水筒に入れてくれたようだ。騎士の方たちはよく使うものだけど、私が実際に使うのは初めてになる。
「ありがとう。なんだかピクニックに行くみたいね」
思わずそう呟くと、二人は瞳を輝かせた。
「ピクニック、ぜひ今度行きましょう!」
「旦那様もお喜びになるはずです」
フェルナン様とピクニック……楽しそうだわ。
「では今度、提案してみるわ」
「楽しみにしております」
そうして二人との話を終え、護衛のアガットにも私が帰るまでは休んでいて欲しいと伝えてから、転移を発動させた。
ラウフレイ様がいる場所へと転移をすると――瞬時に景色が変わり、とても綺麗な湖が視界いっぱいに広がった。
底が見えるのではないかというほどに澄んだ湖は陽の光を浴びて輝き、畔には可愛らしい草花が咲いている。
「素敵だわ……」
思わず呟くと、すぐ近くから声が聞こえた。
『リリアーヌ、久しぶりだな』
横を向くと、そこには以前と全く変わりないラウフレイ様がいらっしゃった。
「ラウフレイ様、お会いできて嬉しいです」
自然と頬が緩んでしまうと、ラウフレイ様は私に体を寄せてくださる。
『我も嬉しいぞ。リリアーヌと出会えて本当に良かった。最近は以前よりも毎日が楽しいのだ』
「ふふっ、良かったです。私と夜に話をするのは、負担になっていないでしょうか」
話をしているのは週に二回ほどだけど、それでも多いかと気にしていたのだ。ラウフレイ様はもっと多くても良いと伝達で仰ってくださっていたけど、やはり顔を見なければ本音は分からなかった。
『負担どころか、もっと多くても良いぐらいだ。ただあまり多くても特別感がない。今ぐらいがちょうど良いかもしれないな』
そう言って私に視線を向けてくださるラウフレイ様は楽しげな笑顔で、これは本心だとすぐに分かった。
「ではこれからも、今までのような頻度でご連絡いたします」
『ああ、よろしく頼む』
「ところでラウフレイ様、ここはどのような場所なのですか?」
転移してきた時から気になっていたことを聞いてみた。てっきり私が前に飛ばされた場所のような、鬱蒼と生い茂る森の中に転移すると思っていたのだ。
『気に入ったか? ここは深淵の森の中で我が好きな場所の一つなんだ。とても綺麗だろう? せっかくリリアーヌが来るのだからと、ここまで移動しておいた』
「私のために……ありがとうございます。とても嬉しいです。そして景色は本当に美しいですね」
『そうか、ならば良かった。ではさっそくあちらにでも座ろう。立ったまま話すのも落ち着かない』
ラウフレイ様が示してくださったのは、とても綺麗な切り口の切り株だった。ここが深淵の森の中だと考えると、ラウフレイ様がわざわざ準備してくださったのだろう。
その気遣いが嬉しくて、心が温かくなる。
「本日はお話ししながら食べようと、いくつかお土産を持参しました。ラウフレイ様が気に入ってくださると良いのですが」
そう話しながら膝の上に置いた籠の布を取り除くと、中に入っていた美味しそうなお菓子や果物が姿を見せた。
「うわぁ、美味しそうですね」
私が持ってきたのに私の方が先に声が出てしまい、恥ずかしくて頬が赤くなるのを感じる。
「す、すみません。私が持ってきたのに一番に盛り上がってしまって……」
『ははっ、構わない。やはりリリアーヌは飽きないな』
ラウフレイ様は上機嫌に笑うと、籠の中を覗き込まれた。そして見るだけで楽しいお菓子と果物に、さらにはその芳醇な香りに、一気に笑顔になられる。
「食べたいものがありましたら、仰ってください」
『そうだな……ではそちらのクッキーと、それから果物をいくつかもらいたい』
「かしこまりました」
私は籠の中に準備してあったラウフレイ様用の木皿に、クッキーと果物を綺麗に盛り付けた。そして自分用の小さな木皿にもクッキーを数枚取り出し、さらに私が最近ハマっているカップケーキも一つ取り出す。
『うむ、このクッキーは美味いな。我の好みだ』
「本当ですか?」
ラウフレイ様の感想を聞いてから口に運ぶと、いつも食べているクッキーより少しだけ硬めで、ザクザクとした食感を楽しむことができた。
甘さは控えめで、その代わりにドライフルーツが多めに入っている。素材そのものの美味しさを感じられるクッキーだ。
「とても美味しいですね」
ラウフレイ様に美味しいと思っていただけるように、皆が工夫してくれたのかしら。心遣いが凄く嬉しい。
『森でもこのようなものを食べられたら良いのだが……さすがに難しいな。やはり人間は器用だ』
独り言のように呟いたラウフレイ様が少しだけ寂しげに見えて、私は気づいたら口を開いていた。
「私がいつでもお持ちしますね。他にも食べたいものがあれば、仰ってください。甘いものだけではなく、お食事もお好きですか?」
『本当か? では楽しみにしておこう。我は基本的になんでも楽しめる』
「分かりました。料理人に伝えておきますね」
そうして和やかに二人きりのお茶会は進み、ラウフレイ様に近況を聞かれたところで、自然とブラン王国との話になった。
服飾店にマリエット様、セリーヌ様と一緒に向かった日の話から、フェルナン様に真実を聞き、屋敷で重要な役目を果たし、その結末まで。
ラウフレイ様はとても興味深そうに聞いてくださって、私が最後まで話し終えてから一言。
『ブラン王国はリリアーヌの敵ということだな。覚えておこう』
と告げられた。そのお言葉に心強く思いながら、ブラン王国が敵という言葉には少しだけしっくりと来ない。
「確かにブラン王国とは仲が良いわけではないですが、今回のことで国同士は表面上では和解しましたし、私個人としても思うところはあまりないです」
『そうなのか?』
「はい。私が強い感情を抱いてしまうのは、やはりペルティエ王国で……」
以前よりペルティエ王国での日々を思い出すことは少なくなった。でもふとした瞬間に、やはり浮かび上がってくるのだ。辛かった記憶、寂しかった記憶の数々が。
もう思い出しても身の置き場がないような不安感に襲われることはないけれど、やっぱり少しだけ気分は沈む。
『そういえば、リリアーヌが帝国に来る前の話は知らないな。何があったのか聞いても良いか?』
「もちろんです。ただあまり楽しい話ではないのですが」
『構わない』
ラウフレイ様が穏やかな声音で頷いてくださったので、私はなんだか心が軽くなり、すんなりと過去の出来事を口にした。
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