第64話 その後の顛末

 フェルナン様から無事に五人の間諜を捕えることに成功したと聞いてから、数週間が経過した。


 今日はブラン王国との関係に進展があったということで、フェルナン様が説明のために時間を取ってくださり、私は屋敷の応接室でフェルナン様と向かい合っている。


「フェルナン様、お時間を取ってくださりありがとうございます」

「いや、構わない。今回の件はリリアーヌから始まったことだからな、リリアーヌにも知る権利がある」


 そう言ったフェルナン様は、真剣な表情で説明を始めてくださった。


「まず五人の間諜は、ブラン王国の者たちで間違いはなかった。しかし雇い主は国ではなく、王国の一貴族家だったそうだ」

「一貴族家が暴走して、他国に間諜を……? それは、大変ですね」


 私も一時は王族の婚約者として教育を受けていたから分かる。国にとってその貴族家の暴走は、独断で他国に宣戦布告をされてしまったようなものだ。


 知った時には大騒ぎとなったでしょうし、今も後始末に奔走しているのが想像できるわ……。


 敵国なのに同情心が湧いてしまい微妙な表情を浮かべていると、フェルナン様も苦笑を浮かべてくださった。


「リリアーヌの気持ちは分かる。間諜はお世辞にも高い能力を有しているとは言えず、碌な拷問も受けずにベラベラと情報を明かしていた。……私も少しブラン王国に同情したほどだ」

「帝国からすると、ありがたいことでしょうか?」


 間諜が情報をたくさん明かしてくれるという事態は今まで考えたこともなく、疑問系の問いになってしまう。


「そうだな。結果的に今回の件では、帝国側が被った実害はなく、利益だけを得ることができた。つい先日までブラン王国の王族である方が謝罪に直接いらして、こちらがブラン王国の動きを許す代わりに、帝国に有利な条件でいくつもの条約を結ぶことができたほどだ」

「それは凄いですね。そのような結果になって良かったです」


 安心して頬が緩むと、フェルナン様は優しく微笑みかけてくださった。


「全てはリリアーヌのおかげだ。ありがとう」

「い、いえ、私は本当に偶然ですから。それよりもフェルナン様が調査をされたからです」

「しかしリリアーヌが話を持って来てくれなければ、調査はしなかった」

「そんな……」


 二人で謙遜し合って、視線が合ったところで同時に笑みが溢れた。


「ふふっ、私とフェルナン様、二人の連携ということにいたしませんか?」

「そうだな。そういうことにしておこう」

「そうだ、間諜たちはどうなったのですか?」


 敵だけれど顔を知っている相手なので、つい動向が気になってしまった。フェルナン様はそんな私の問いかけに、言葉を選ぶようにして答えてくださる。


「間諜たちは我が国としても引き止める理由がないため、ブラン王国に連れ帰ってもらった。国に帰ってからどうなるのかは我が国の関知するところではないが……今回の元凶となった貴族家に属する者たちは、死罪や国外追放、または罰金刑などの処分となるそうだ」


 随分と罪が幅広いけれど……罰金刑などに収まる人たちは、その貴族家で働く下級使用人などでしょう。シルヴィさんのように、この件の首謀者的な方たちは――


 考えるのはやめましょう。仕方がないことだわ。


「リリアーヌ、大丈夫か?」


 フェルナン様が心配そうに問いかけてくださったので、私は笑顔で答えた。


「はい。問題ありません」


 私もフェルナン様の隣に相応しいよう、もっと強くならなければ。そう決意して、静かにやる気を滾らせた。


「そういえばフェルナン様、一つお話があるのですが」


 ふと思い出したことがあって、空気を変えるためにもそう切り出すと、フェルナン様は聞く体勢を取ってくださる。


「なんだ?」

「そこまで重要なお話でもないのですが、本日は昼食後にラウフレイ様のところへ行ってきます」


 ラウフレイ様とは一人で私室にいる夜に話をしているけど、一度ラウフレイ様が皇宮に来てくださった時以来、実際にはお会いしていない。

 今日は私が深淵の森に向かう予定なので、とても楽しみなのだ。


「そうか、私が共に行けないのは寂しいが、楽しんでくると良い」

「ありがとうございます」


 フェルナン様は快く了承してくださって、本当にありがたい。最近は私が突然いなくなってしまったことによる、フェルナン様の傷も癒えたかしら。

 もしそうならば、とても喜ばしいことだ。


 ……こんなことを考えられるのも、フェルナン様のおかげだわ。前の私だったら、私がいなくなったことで傷つく人がいるだなんて考えられなかった。


「ラウフレイ様と、色々とお話しをしてきます。あっ、今回のことは話しても大丈夫でしょうか。他国も絡むことですが……」


 その問いかけに、フェルナン様は少しだけ悩まれる。


「そうだな……いや、聖獣様には何をお伝えしても問題ないだろう。リリアーヌが好きなように話をすると良い」

「本当ですか? では機密などはあまり気にせず、楽しくお話ししてきます」


 そうして私とフェルナン様の話は終わりとなり、フェルナン様は少し遅れてお仕事へ、私はラウフレイ様のところへ向かう準備を始めた。

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