第63話 演習当日と作戦成功
数日後の演習の日。フェルナンを筆頭とした騎士団は、帝都周辺にある草原へと向かっていた。その草原はいくつもの森の狭間に存在していて、四方を森で囲われた自然の囲いがあるような場所だ。
特殊な環境であるため、草原での軍の大規模展開に関する演習や、森の中での騎士たちの連携や指揮系統の確認、さらに見通しが悪い場所における戦闘練習など多様な訓練ができるため、重要な演習場所の一つとなっていた。
この草原の周囲にある森は、一定の場所から許可なしでの立ち入りが禁止されており、騎士団は演習が行われていることが周知されないよう、いくつかの隊に分かれて草原へと向かう。
これは他国との情報戦における対策だが、間諜たちに怪しまれないよう、今回も対策を万全にしていた。
「団長、敵の存在を確認したようです」
一人の騎士がフェルナンの下へ報告にやってきた。
「分かった。まだ動くなと伝えろ。それから絶対に敵に悟らせるな。こちらが気づいていることを知られれば、一気に逃げられるぞ。偵察に来た全員の身柄を確保したい」
「はっ」
フェルナンの鋭い視線に、報告に来た騎士はごくりと喉を鳴らしながら素早く下がっていく。
そうして僅かにいつもと違う部分がありつつ、演習準備は順調に進んでいった。
騎士たちが演習準備を進める中、草原を囲う森の中では、ブラン王国の間諜たちが散らばって息を潜めていた。
「演習の規模によって、騎士団全体の規模がだいたい予想できるでしょう。それから騎士たちの魔法の実力に関しても情報が欲しいわね。あとはできれば、機密情報を漏らしてくれると……」
ぶつぶつと呟きながら森の中に潜んでいるのは、ユティスラート公爵邸に服飾店の店員としてやってきたシルヴィだ。
シルヴィは草原に向かう騎士団の小隊が通るルート近くに潜み、より近づける機会を窺っていた。
「やっぱり演習が始まってから近づくのが無難ね……」
現在の各々が好きな方向に意識を向けている状態では、とても気づかれないように近づくのは不可能だった。しかし演習が始まれば、騎士たちはそちらに意識が集中する。
そうなったら、あとは近づきたい放題だ。相手の動きを把握し、身を隠して偵察するなんて、間諜としての技術を磨いてきたシルヴィにとっては簡単なこと。
そう思ったシルヴィは、あまり緊張もせず演習の開始を待った。しばらくして演習が開始され、シルヴィも含めた間諜たちが情報収集のために動き始めた頃――
草原を囲う森のさらに外周から、多くの騎士たちが森の中に足を踏み入れていた。
「そろそろだな。合図があったら一斉に間諜の捕縛にかかるぞ」
「かしこまりました」
フェルナンの言葉に周囲にいた隊長格の騎士が頷き、演習は表面上のみ問題なく続いていく。それから数分後、森の中から火球が打ち上がった。
それを視界に映した瞬間、フェルナンが叫ぶ。
「敵を必ず捕らえよ!」
騎士たちが全方向に分かれて、森に駆け入った。森の外側から間諜を捕縛するために動いていた騎士たちも一気に動き出し、森の中がざわざわと騒がしくなる。
大勢の鳥が一斉に飛び立った様子が、森の中で常ならぬことが起きていることを感じさせた。
草原側と森の外周側から挟み撃ちする作戦は概ね成功したようで、森に潜んでいた間諜は次々と捕えられる。
運良く騎士の隙間を縫って森の外へ逃げた間諜も、森の外周にそのまま待機していた騎士たちによって、難なく捕まった。
「全部で五人か」
手足を縛られたままフェルナンの前に連れられた間諜たちは、悔しそうにフェルナンを睨みつけている。
「はい。事前の調査でも五人という予想でしたので、これが全員である可能性が高いかと思います」
近くにいた騎士の言葉に頷くと、フェルナンは表情をより鋭いものに変えて、間諜たちに声を掛けた。
「さて、話を聞かせてもらおうか。まず貴様らは、ブラン王国の間諜で合っているな?」
最初の問いかけには誰も答えず、フェルナンが怒りを滲ませた声音で再度問いかける。
「もう一度聞く。貴様らは、ブラン王国の間諜だな?」
それでも口を開かない間諜たちに、フェルナンは手のひらを間諜たちに掲げるようにして、口端を持ち上げた。
「答えないのならば、答えたくなるようにしてやろう。話は変わるが、私は火魔法が得意なんだ。死なない程度に全身に火傷を負うのが良いか? それとも髪の毛でも燃やそうか?」
冷酷な笑みを浮かべながら実際に炎を作り出していくフェルナンに、間諜たちの顔色は一気に真っ青になった。
(リリアーヌに近づいたこと、絶対に許さん)
フェルナンがここまで怒っているのは、口を割らせるには恐怖が一番というのもあるが、リリアーヌが巻き込まれたからという私情の面も大きい。
「フェルナン様……」
それを理解しているフェルナンの護衛であり騎士でもあるレオは、近くで苦笑を浮かべていた。
しかし間諜たちにとっては微笑ましく感じられるような要素はなく、ただひたすら恐怖なだけだ。
少しの沈黙が場を支配し、フェルナンが生み出した炎がゴウっと音を立てた瞬間、シルヴィが叫んだ。
「そうよ! 何でも話すからその炎を消して!」
その叫びを聞いて、フェルナンはにっこりと微笑むと炎を消した。それにシルヴィが安心したように息を吐く中、他の間諜たちが慌てた様子で口を開く。
「おいっ、捕まっても何も話すなって言われてるだろ!」
「命令違反は死罪だぞ!」
「何よ、じゃああんたたちは炎に焼かれてこの場で死にたいの? 馬鹿じゃない? 捕まったらもう終わりなのよ」
「そ、それは……」
シルヴィの言葉に他の間諜たちの勢いが衰え、それを見てさらにシルヴィが言葉を重ねた。
「ねぇ、何でも話すわ。聞かれたことを何でも正確に。だから命だけは助けて欲しいの。お願い」
間諜としてはあり得ない提案をしてきたシルヴィに、フェルナンは表情を変えることなく、内心で考え込む。
(この五人はプロの間諜ではないな。プロにしては捕えるのが簡単すぎたし、それ以前の動きも杜撰だった。さらに全員が逃げることを諦めている様子で、それなのに自害する気配もない。プロの間諜ならば、逃げる希望がなくなった時点で躊躇いなく自害するものだ。それか死んでも自国は売らない)
色々と考えた結果、フェルナンの頭には一つの可能性が浮かんだ。
(もしかすると、この者たちはブラン王国の王家に属する間諜ではないのかもしれない。そうなると、一貴族家の暴走か? ――何にせよ、上手く使えば外交で有利に事を運べそうだな)
そうしてフェルナンは結論を出し、五人の間諜へと告げた。
「分かった。では貴様らが知る情報を全て明かせば、今後については口添えをしてやろう。しかし嘘を言ったらその場で終わりだ。それぞれ別の場所で話してもらう」
「分かったわ。ふんっ、私に感謝しなさいよ?」
シルヴィが他の間諜に対して自慢げに笑いかけるのをぼんやりと眺めながら、フェルナンは内心で本音を漏らしていた。
(口添えをすると言っただけで、助けてやるとは言ってないがな)
そんな心情をおくびにも出さず、フェルナンは騎士たちに命じて、五人を一人ずつ護送する手筈を整えた。幸いにも騎士たちは大勢いるので、すぐに体制は整う。
「では皆、帝都へ帰還する」
「はっ!」
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