第62話 作戦と敵の動き
「……私の心が弱いせいなのだ。リリアーヌを信用していないわけではなく、申し訳ない」
フェルナンが眉を下げながら告げた言葉を聞いて、リリアーヌは頬を緩めながら首を横に振った。
「いえ、気になさらないでください。心配してくださったのですよね? とても嬉しいです」
「リリアーヌ……ありがとう。しかしもっと私を怒ってくれても良いのだぞ?」
怒るという言葉にリリアーヌは首を傾げると、僅かに眉間に皺を寄せて言った。
「フェルナン様に怒るべき部分が見当たりません……」
本心でそう告げている様子のリリアーヌに、フェルナンは気が抜けたような表情で頬を緩める。
「君は私に甘いな」
「それはフェルナン様だと思います」
「いや、君も大概だぞ?」
「そうでしょうか?」
フェルナンとリリアーヌが隣に座って手を繋ぎながらそんなやりとりをしていると、セレスタンが「ごほんっ」とわざとらしく咳払いをした。
「えー、旦那様、お話を進めた方がよろしいかと」
「そうだったな。とにかくあの服飾店はブラン王国からの間諜が集まるアジトなのだ。そして、この事実にこちら側が気づいている優位性を最大限に活用したいと思っている」
真剣な表情でそう言ったフェルナンに、リリアーヌは気負いなく頷いた。
「かしこまりました」
しかし次に続いたフェルナンの言葉に、リリアーヌは思わず固まる。
「そこでリリアーヌに協力してもらえないだろうか。今度うちの屋敷に来る間諜に、ある情報を流してもらいたい」
自分に大役が回ってきているという事実を理解するのに時間が掛かったリリアーヌは、しばらくしてゆっくりと瞬きをすると、自分で自分を指差して問いかけた。
「私、ですか?」
「そうだ。リリアーヌに頼みたいと思っている。それが一番あちらに違和感を覚えさせないだろう」
元々リリアーヌが服飾店を屋敷に呼ぶ予定だったことから、リリアーヌが適任だと判断された。フェルナンは僅かに心配そうな表情も見せたが、リリアーヌのことを信頼しているからか、真っ直ぐとリリアーヌの瞳を見つめ続ける。
そんな視線を受けて、リリアーヌも覚悟を決めたのか瞳に力を宿して頷いた。
「――分かりました。精一杯頑張ります」
「ありがとう。では流してもらう情報なんだが、それとなく騎士団の演習があることを伝えてもらいたい。他国の間諜が一番知りたいのは、我が国の軍事情報だろう。したがって演習と聞けば、必ず情報を得るために姿を現すはずだ」
それからフェルナンは嘘の演習を行う場所やその日時、そしてどこまでを間諜に情報として流すか、さらに演習当日はどのようにして間諜を捕える予定なのかなど、細かくリリアーヌに説明をした。
それを聞いたリリアーヌはごくりと喉を鳴らすと、真剣な表情で口を開く。
「作戦が成功するよう、全力を尽くします」
「ああ、この国のために頼んだ」
♢ ♢ ♢
「シルヴィさんたちは、演習の場に来るでしょうか」
心配になって問いかけると、フェルナン様は私を安心させるようになのか、優しい笑みを浮かべてくださった。
「心配しなくても大丈夫だ。かなりの高確率で来るだろうし、たとえ来なくとも問題はない。今回の作戦が失敗しても、こちらの優位性は崩れないからな」
確かに……シルヴィさんたちが来なければ、普通に演習をすれば良いのだわ。そう考えたら、気が楽になった。
「確かにそうですね。ただ、作戦の成功をお祈り申し上げます」
「ありがとう。後は私たちに任せてくれ。結果は後ほどリリアーヌにも伝えよう」
「はい。……フェルナン様、お気をつけて」
フェルナン様が怪我をしないかと心配になり、つい眉を下げてしまうと、フェルナン様は頼もしい笑みを浮かべてくださった。
「もちろんだ」
♢ ♢ ♢
服飾店の者たちを屋敷から帰し、リリアーヌとフェルナンが間諜について話をしていたのと同時刻。ユティスラート公爵邸から服飾店へと帰還していたシルヴィは、裏の休憩室で数人の間諜に本日の成果を自慢していた。
「皆、聞きなさい。今日は最高の情報を手に入れたわ」
ニヤッと笑みを浮かべたシルヴィに、一人の男が面白くなさそうに問いかける。
「どんな情報だよ?」
「ふんっ、聞いて驚きなさい。――騎士団の演習に関する詳細よ」
一拍おいてから発されたシルヴィの言葉に、その場にいた数人は瞳を見開いた。
「それは、確かにすげぇな」
「どうやって手に入れたんです?」
「確実な情報なんでしょうね」
「もちろんよ。情報源はあのフェルナン・ユティスラートの婚約者からだもの。次の演習場所が分かったわ」
シルヴィがさらに情報を開示すると、疑っていた者たちも顔つきを変える。そして先ほどまでよりも心なしか小声になりながら、作戦会議を始めた。
「日時は分かってないんだな?」
「ええ、でも場所が分かっていれば十分でしょ?」
「ああ、すぐその場所について調べるべきだな。演習当日に偵察できたら、騎士団の情報が一気に集まるぞ」
「情報を集めるよりも、罠を張って騎士団の壊滅を狙った方が良いんじゃないの?」
シルヴィよりも少し背の低い女が発した言葉に、一人の男が首を横に振った。
「まだその段階じゃない。現状では情報収集に専念するべきだ」
「そうよ。無茶しなくたって、騎士団の情報を送っただけで報酬が期待できるんだから」
男に続けてシルヴィも口を開くと、女はとりあえず納得したのか無言で頷いた。そんな女を見て、さらに他の者たちにも視線を向けてから、シルヴィは口端を持ち上げる。
「一番の功績は私よ?」
「分かってるよ。仕方ねぇな〜」
男が苦笑しつつ頷き、全員で示し合わせたように視線を絡ませた。そしてそのまま男が告げる。
「じゃあ、さっそく動くか。これはチャンスだが、絶対に不審がられるようなことはするなよ」
「分かってるわ」
そうして間諜である数人の男女は、静かに情報を得るための準備を開始した。
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