第61話 デートの裏側

 ノックの後にフェルナン様が戻ってこられたことが伝えられ、私が答えるとすぐに応接室の扉が開いた。


「リリアーヌ、待たせたな」

「いえ、早かったですね」

「ああ、思っていたよりもすぐに解決した。では買い物の続きをしよう」

「はい」


 それからはいくつかの小物を注文し、楽しい買い物の時間は終わりとなった。


 私たちはシルヴィさんに挨拶をして、皆を連れて応接室を後にする。そして向かうのは――フェルナン様の私室だ。


 室内に入ってソファーに隣り合わせで腰掛けたところで、フェルナン様が柔らかい笑顔で私の髪を一房手に取った。


「楽しかったか?」


 横から顔を覗き込まれた私は、顔が思っていたよりも近くて頬が赤くなってしまう。


「は、はい……」

「それならば良かった。今日決めたドレスを着て、今度デートに行こう」

「デート……嬉しいです。どこに行きますか?」


 フェルナン様は忙しい方だから、デートに行けるのはとても嬉しい。


「リリアーヌの好きなところでも良いが、特に希望がなければ私が行き先を決めよう」

「では、フェルナン様にお任せします」

「分かった。楽しみにしていてくれ」


 そう言って近い距離感で微笑むフェルナン様に、恥ずかしさから逃げ出したいような嬉しいような微妙な気持ちになっていると、部屋の扉がノックされた。


 少しだけ残念な気持ちで離れていくフェルナン様の横顔を見ていると、セレスタンの声が聞こえてきた。


「セレスタンにございます」

「入って良いぞ」


 フェルナン様が声を掛けて、セレスタンが部屋の中に入ってくる。そして重要な報告をしてくれた。


「フェルナン様、リリアーヌ様、服飾店の者たちは全員が確実にこの屋敷の敷地から外に出ました。使用した応接室の点検も終わり、問題はありません。また屋敷内の全てを見回りもいたしましたが、特に問題はないようです」


 その言葉を聞いた瞬間に、私は思わず深く息を吐き出してしまった。


「ふぅ……」


 朝からずっと気を張っていたから、やっぱり疲れたわ。


「セレスタン、報告感謝する。リリアーヌ、大丈夫か?」

「はい、少し疲れただけですから。私は問題なく役割を果たせたでしょうか。演習の話を伝える際に、違和感はなかったか心配で……」


 不安になってしまい眉を下げると、近くで待機してくれていたエメが口を開いた。


「僭越ながら、リリアーヌ様は完璧に役割を果たされていたように思いました」

「はい。私もシルヴィさんの表情を見ておりましたが、何かを察知したようには思いませんでした」


 クラリスもエメに賛同してくれて、それを聞いたフェルナン様は二人に対して頷くと、私に視線を向けてくれた。


「二人がそう言っているならば、問題ないだろう。リリアーヌ、大役を果たしてくれてありがとう」


 フェルナン様のその言葉を聞いて、やっと安心できる。


「はい。お役に立てて良かったです。それにしてもシルヴィさんが隣国の間諜だなんて、今でも信じられません」



 ♢ ♢ ♢



 数日前。リリアーヌから服飾店の話を聞いたフェルナンが調査を依頼し、その結果が出たところでリリアーヌと向き合っていた。


 場所はユティスラート公爵家の執務室で、室内には信頼できる最低限の側近だけがいる。


「フェルナン様、大切なお話とは何でしょうか」


 リリアーヌが不安げな表情でソファーの向かいの席に腰掛けるフェルナンに問いかけると、フェルナンは厳しい表情のまま口を開いた。


「リリアーヌ、あまり驚かずに聞いてくれ。数日前にリリアーヌが屋敷に呼びたいと伝えてくれた服飾店なのだが――あの店は、隣国であるブラン王国の間諜のアジトであることが分かった」


 その言葉を聞いたリリアーヌは瞳を見開き、僅かに震える声で口を開く。


「か、間諜……それは、本当なのでしょうか」

「ああ、最初の調査では分からなかったのだが、深く調査をしてもらう過程で判明した」

「なぜそのような、調査を……元々怪しいお店だったのでしょうか。そんなお店と関わりを作ろうとしてしまい、申し訳ございません……! あっ、セリーヌ様やジスラン様は」


 リリアーヌが混乱している様子で言葉を紡ぐと、フェルナンが立ち上がってリリアーヌの隣に腰掛け、両手で震えるリリアーヌの手をふんわりと包み込んだ。


「リリアーヌ、落ち着いてくれ。リリアーヌに落ち度は全くない」

「本当ですか……?」

「ああ、むしろお手柄だ。誰も目をつけていない店だったからな」

「ではなぜ、詳しい調査なんて……」


 その問いかけにフェルナンは少しだけ躊躇うと、僅かに視線を逸らして小さな声で答えた。


「――リリアーヌに何かあっては困ると思い、関わる者たちへは詳細な調査を行っているのだ」

「皇帝陛下が訪れる先を調査するのと同等のことを、フェルナン様は毎回行っているのです」


 セレスタンが付け足した説明に、リリアーヌは驚いて瞳を見開く。

 フェルナンは慌ててセレスタンを嗜めた。


「セレスタンッ、余計なことは言わなくて良い」

「申し訳ございません。口が滑りました」


 澄まし顔で謝罪を述べるセレスタンに、フェルナンは額に手を当てて息を吐き出すと、僅かに眉を下げながらリリアーヌに視線を向けた。

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