第60話 お家デート

 マリエット様、セリーヌ様と共に、服飾店でお揃いのリボンを買った日から少し経ったある日。私は朝からそわそわと準備を進めていた。


 今日はお二人と一緒に行ったあの服飾店を屋敷に呼び、フェルナン様とお買い物を楽しむ日なのだ。


 あらかた準備が整ったところで私室の扉がノックされ、フェルナン様が顔を出す。


「リリアーヌ、準備は終わったか? 服飾店側の準備が終わったと連絡が来たのだが」

「はい。フェルナン様自ら伝えにきてくださり、ありがとうございます。ちょうど準備が終わったところです」

「そうか、では行こう」


 フェルナン様が差し出してくださった手に自分の手を重ね、フェルナン様と視線を交わして頷き合ってから、服飾店の人たちが待っているという応接室に向かった。


「フェルナン様、本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」

「全く問題はない。リリアーヌはいつもわがままを言わなすぎるから、話を聞いた時にはとても嬉しかった。これからもしたいことがあれば、好きに言ってくれ」


 その言葉が嬉しくて頬を緩めていると、フェルナン様がいつも通りのどこか安心する笑みを向けてくださる。


 フェルナン様が近くにいると、本当に安心するわ。


 そんなことを考えているうちに応接室に着き、私たちは服飾店の方たちが跪く中で部屋に入った。二人掛けのソファーに隣り合って腰掛け、フェルナン様が口を開く。


「面を上げよ。本日は我が婚約者のために時間を取ってくれたこと、感謝する。さっそく商品を見せてもらいたい」

「かしこまりました。では当店おすすめのドレスからご覧いただければと思います」


 服飾店側の代表者は以前店舗に伺った時の女性店員さんで、今日も綺麗な笑みを浮かべていた。


 そんな店員さんが一つずつ丁寧に見せてくれるドレスは、どれも可愛くて心踊るものだ。


「リリアーヌ、このドレスはどうだ?」

「とても可愛いです。ただ胸元のレースが少し多いので、私にはもう少しシンプルな方が良いかもしれません……」

「ふむ、そうか。私としては豪華なドレスもリリアーヌに似合うと思うが、確かにシンプルな方がよりリリアーヌ自身の可愛らしさが際立つな」


 顎に手を当てて真面目な表情で、思わず顔が赤くなってしまうようなことを言ったフェルナン様は、さっそくデザインを少し変更したドレスを発注していた。


 恥ずかしいけれど、とても嬉しいわ。


「リリアーヌ、デザイン変更をするならば色なども変えられるそうだ。他に変更したい部分はあるか?」

「そうですね……」


 それからの時間は、とても楽しく和やかな雰囲気で過ぎていった。前回一目惚れしたドレスはフェルナン様も気に入ってくださったのですぐに購入を決め、他にもたくさんのドレスを発注していく。


 ドレスの次は室内着として着心地が良さそうなワンピースに購入品が移り、ドレスに合わせた小物など見ているところで……部屋のドアがノックされた。


 フェルナン様の従者であるジョスが扉を開くと、中に入ってきたのはユティスラート家執事のセレスタンだ。

 セレスタンは私たちに一礼をしてからフェルナン様の下に向かい、その耳元でこそっと何かを伝えた。するとフェルナン様は少しだけ悩みながら立ち上がり、私に向けて眉を下げる。


「リリアーヌ、少しだけ席を外さなければいけない用事ができてしまった」

「かしこまりました。私は大丈夫ですので、そちらに対応してください」

「すまない、ありがとう。そこまで時間は掛からないだろうから、茶でも飲んで待っていてくれ」

「はい、お待ちしております」


 私が笑顔で答えると、フェルナン様も少しだけ頬を緩めてから応接室を出て行った。


 するとすぐに私のメイドであるエメ、クラリスがお茶の準備をしてくれて、テーブルには香り高い紅茶とクッキーなどの食べやすい茶菓子が並ぶ。


「どうぞ、お召し上がりください」


 向かいのソファーに腰掛ける服飾店の代表である女性に紅茶を勧めると、笑顔で頭を下げて、手を伸ばしてくれた。


「ありがとうございます。恐れ入ります」


 お互いに紅茶を飲んだところで、数十分間の会話を円滑にするために、まずは名前を聞く。


「店舗でお会いした時にも聞きそびれてしまったけれど、お名前をお聞きしても?」

「もちろんでございます。私はシルヴィと申します」

「シルヴィさんね。あなたのお店の衣服はとても素敵なものが多いわ。デザイナーが優秀なのかしら」

「ご評価いただき、感謝の念に堪えません。優秀な者たちに支えられ、店を続けられております」

「それは素晴らしいわ。……お店はいつ頃からやっているの?」


 その問いかけにシルヴィさんは少しだけ間を空けてから、笑顔で答えてくれた。


「三年ほど経つでしょうか」

「ではまだ新しいお店なのね。新しく何かを始めるというのは大変なことでしょう。立派にお店を経営されていて素晴らしいわ」

「ありがとうございます。……しかしリリアーヌ様も遠くから嫁いでこられたとのこと、お聞きしております。勝手ながらその話を耳にし、新たなことに挑戦されているリリアーヌ様を尊敬しておりました」


 尊敬しているという言葉を聞いて、私は頬を緩めながらクッキーを口に運び、温かい紅茶で心を落ち着かせてからまた口を開いた。


「それは嬉しいわ。フェルナン様は本当に素敵な方だから、隣にいて当然だと思っていただけるように努力を重ねているの。私は光魔法が得意だから、たまに騎士団にも協力させていただいているわ」


 そう伝えた瞬間、シルヴィさんの体が僅かに揺れた気がした。しかしそのことについて考える暇はなく、シルヴィさんの声が耳に届く。


「騎士団に協力されているだなんて、素晴らしいですね。私たちの生活の安全を確保してくださり、いつもありがとうございます」

「私にそこまでの功績はないわ。でもありがとう。今度騎士団の演習に参加するから、騎士さんたちにも伝えておくわね」


 そう伝えるとシルヴィさんの口角がさらに上がり、より綺麗な笑みを浮かべてくれた。


「お伝えいただけるだなんて、ありがとうございます。……演習とはどのようなことをされるのですか?」

「魔物など外敵と戦う想定で、連携などを確認するらしいわ。指揮系統が上手く機能しているかや、日頃の鍛錬の成果も確認されるとか。帝都近くの草原で行うのよ」


 私はそこまで話をしてから、ハッと口元を自分の手で塞いだ。


「少し話しすぎたわ。シルヴィさん、この話は内緒よ?」


 そう伝えてニコリと笑いかけると、シルヴィさんも少し崩した笑顔で頷いてくれる。


「もちろんでございます」


 そこで話が途切れると、ちょうど良いタイミングで部屋の扉がノックされた。







〜あとがき〜

先日発売された月刊プリンセス6月号に、コミカライズ3話が掲載されています。

リリアーヌが本当に本当に可愛いので、ぜひお読みください!


よろしくお願いいたします。


蒼井美紗

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