第59話 可愛いドレスと迫る魔の手

 とても可愛いドレスに目を奪われていると、マリエット様が私に声を掛けてくださった。


「お義姉様、あちらのドレスが気になるのですか? とっても似合うと思います!」

「そうかしら……」


 レースがたくさん使われた淡い色合いのドレスで、私には可愛すぎないかと少しだけ心配になる。でもそんな心配を吹き飛ばすように、セリーヌ様も後押ししてくださった。


「本当ですね。とてもお似合いになると思います」

「リリアーヌ様、お兄様に購入していただくと良いですよ!」

「フェルナン様に?」

「はい。ドレスが欲しいと言ったら、お兄様は絶対に喜びます」


 確かに……喜んでもらえるかもしれないわ。フェルナン様が瞳を輝かせる様子がすぐに思い浮かぶ。


「ただ、フェルナン様はお忙しいかしら……」

「こちらに並ぶドレスを持参し、お屋敷を訪問させていただくことも可能ですよ」


 私の呟きを拾った店員さんが、笑顔でそんな提案をしてくれた。マリエット様とセリーヌ様も、それが良いと後押しをしてくれて、私は少しのわがままを通してみることにする。


「ではユティスラート家にお願いしても良いですか?」

「……もちろんでございます。一応のご確認ですが、ユティスラート公爵家でお間違いないでしょうか」

「はい」

「かしこまりました。こちらはいつでも伺えますので、ご予定に合わせてお申し付けください」


 店員の女性は、とても綺麗な笑顔で受け入れてくれた。


「では後ほど使用人がこちらを伺うと思いますので、よろしくお願いします」

「かしこまりました」


 そうして店員の女性との会話が終わると、マリエット様が満面の笑みを浮かべて私に抱きつく。


「お義姉様、楽しみですね!」


 最初は驚いたけど、その笑顔に私まで楽しくなってしまった。


「はい。とても楽しみです」

「では本日は、ドレスの購入は控えましょう。三人でお揃いの小物などはいかがでしょうか?」

「素敵です!」


 セリーヌ様の提案にマリエット様が頷いて、私たちはお揃いの小物を探すことになった。このお店には装飾品もいくつか置かれているようで、皆でそこへ向かう。


 宝石などの装飾品というよりも、服飾店らしくリボンやレースを使った装飾品がほとんどだ。


「どれも可愛いですね〜」

「このレース、とても繊細ですわ」

「こちらのリボンはマリエット様に似合いそうです」


 私が一つのリボンを手にしてマリエット様の髪に近づけると、セリーヌ様もリボンとマリエット様を交互に見た。


「確かにとてもお似合いです」

「本当ですか? 嬉しいです。じゃあ……お義姉様はこの色味ですね!」


 そう言ってマリエット様が手にしたのは淡い黄色のリボンで、次にレースで花柄の白いリボンを手に取る。


「こっちはセリーヌ様に似合うと思います!」


 全員で自分に合うだろうリボンを手に取って軽く髪の毛に当てると、円形になり顔を見合わせた。


「可愛いですね」

「はい、とても」


 セリーヌ様の言葉に私が頷くと、マリエット様も満面の笑みで頷く。


「ではこのリボンを、色違いのお揃いということで買いましょう!」

「そうですね」


 そうして三人で買い物を楽しんだ私たちは、とても満たされた気持ちで帰路に就いた。



 ♢ ♢ ♢



 リリアーヌたちが退出して静かになった服飾店内で、店員である女性は綺麗な笑顔のまま他の店員と変わり、店の裏に向かった。


 従業員の休憩室のようなところでソファーに腰掛けると、浮かべていた綺麗な笑みを――


 一瞬にして消し去る。先ほどとは別人のような変わりようを、もしリリアーヌたちが見ていたら底知れぬ恐怖を感じていただろう。


「はぁ……疲れた。貴族家で甘やかされてる女たちは、見てるだけでイライラするわ」


 乱暴気味にポニーテイルにしていた髪を解き、胸元のリボンも解いてボタンをいくつか外した女性は、足を組むとソファーの背もたれに深く体重をかけた。


「でも、やっとチャンスが巡ってきたわ。まさかユティスラート公爵家当主、フェルナン・ユティスラートの婚約者と接触できるなんてね。しかも屋敷にうちの店を呼んでくれるなんて、これ以上ないほどのチャンスだわ」


 ニヤッと口角を上げた女性は、解いた髪を指で弄りながら瞳をぎらつかせた。


「あの婚約者を懐柔して、少しでもフェルナン・ユティスラートの、そして帝国中枢の情報を仕入れるわよ」

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