第58話 婚約者の隠しごと

 セリーヌ様のことを待つこと数分で、服飾店の扉が開いた。お店の中から出てきたのはセリーヌ様と、そのすぐ後ろにジスラン様もいる。


 お二人の雰囲気は柔らかいもので、一目で誤解が解けて良い方向に向かったのだと分かった。


「良かったわ」


 私がそう呟くと、マリエット様も笑顔を浮かべた。


「解決したようですね!」


 ジスラン様に挨拶をしようと考えて、私とマリエット様が馬車を降りると、まず口を開いたのはジスラン様だ。ジスラン様は深く頭を下げ、申し訳なさそうに眉を下げた。


「初めまして、セリーヌの婚約者でありルフォール伯爵の長男、ジスラン・ルフォールでございます。この度は私の誤解を招く行動により、お二人にご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」

「いえ、顔を上げてください。お二人の問題が解決したのなら良かったです!」


 マリエット様の言葉と笑顔に、ジスラン様はホッとしたような表情になる。


「こちらこそ後を付けるようなことをしてしまい、申し訳ございませんでした」


 私は尾行を謝ると、ジスラン様は慌てたように手を横に振り、「気にしないでください」と仰った。


「セリーヌを不安にさせてしまった私が原因ですから、お二人には感謝しております。お二人がいらっしゃらなければ、もっと関係が拗れてしまっていた可能性も……」


 そう言ってジスラン様が申し訳なさそうにセリーヌ様に視線を向けると、セリーヌ様は僅かに唇を尖らせ、ジスラン様を見上げた。


「私を喜ばせようとしてくださるのは嬉しいですが、隠し事をされるのは悲しいです。私は突然プレゼントをいただくより、こうして一緒に出掛けられる方が嬉しいですよ」

「セリーヌ……」


 ジスラン様がセリーヌ様を見つめられ、突然甘い雰囲気が辺りに漂う。


 私とフェルナン様って、周囲から見ていつもこのような感じなのかしら――少し恥ずかしいわ。


 これからはもう少し人目を気にしましょう。そう決意していると、セリーヌ様が私とマリエット様に視線を戻した。


「ジスラン様は私の誕生日にサプライズを企画されて、内緒で出掛けていたようです。この度は私のために動いてくださり、本当にありがとうございました。お二人のおかげで最近の不安が一気に晴れました」


 そう言って笑ったセリーヌ様は、とても可愛らしい。


「セリーヌ様が幸せそうで良かったです」

「私たちも嬉しいです!」


 私とマリエット様が笑いかけると、セリーヌ様は楽しそうな笑みになり、私とマリエット様の手を取る。


「せっかくですから、一緒にドレスを見ませんか? とても可愛らしいドレスがたくさんありましたの」

「それは良いですね!」

「素敵です」


 前のめりで答えたマリエット様に私も続けて口を開くと、セリーヌ様は私たちの手を引いた。


「では行きましょう」


 そうして私たち三人は、楽しそうなセリーヌ様に頬を緩めるジスラン様とともに服飾店へ入った。するとそこにはたくさんの可愛らしいドレスが並んでいて、心が浮き立つ。


「うわぁ、とてもセンスが良いお店ですね!」


 マリエット様がそう仰るということは、本当にセンスが良いのだろう。皇族であるマリエット様は、私以上にたくさんのドレスを見ているはずから。


「内装もとても可愛らしいです」


 ジスラン様はセリーヌ様のことがよく分かっているわ。セリーヌ様にはこのような、可愛らしいドレスが似合うだろう。


「そうですよね。……そういえばジスラン様は、私にどのドレスをご購入される予定だったのですか?」

「いや、購入ではなくデザインから決めて注文していた。今日は最終確認で――」


 店内に控えていた美人な女性店員に視線を向けると、店員さんはにこやかな笑顔で口を開いた。


「後は最終調整となっており、ドレスをご覧になっていただくことも可能ですが、いかがいたしましょう」


 その問いかけに少しだけ悩んだジスラン様は、首を横に振る。


「……今日は止めておこう。セリーヌ、完成したドレスは誕生日を祝う時に一緒に見ないか?」

「ふふっ、分かりました。では楽しみにしています」


 セリーヌ様は嬉しそうに頷かれた。お二人は本当に仲が良いようね……なんだかフェルナン様にお会いしたくなってきたわ。


 そんなことを考えながら何気なく店内のドレスに視線を巡らせると、あるドレスに目が止まった。


 このドレス、とても可愛いわ。

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