第57話 作戦決行日

 植物園でレイモン様とルイさんと顔合わせをしてから数日後。私はマリエット様とセリーヌ様と共に、お忍び用の馬車に乗って尾行の準備をしていた。


 今日のことはフェルナン様にも話をしていて、危険がないようにするならという条件付きで、許可をもらっている。


 最近はフェルナン様も私のことを信じてくださっているのか、自由にして良いと言っていただけることが増えた気がするわ……もっと頼りになる存在になれるよう、頑張らないと。


 そんな決意をして拳をグッと握りしめていると、楽しげに瞳を輝かせたマリエット様がぐいっと前のめりで口を開いた。


 馬車の席順は私とセリーヌ様が隣で、私の向かいにマリエット様だ。


「お義姉様、セリーヌ様! ついにこの日がやってきましたね!」

「ええ、少し緊張しますわ。……ただ、なぜ私の家の敷地内で馬車に乗っているのでしょうか」


 困惑の表情で首を傾げたのはセリーヌ様だ。


「セリーヌ様のご実家であるプランタン伯爵家に集合ということしか聞いていませんが、今日はどのように尾行するのですか?」


 私も問いかけると、マリエット様は笑顔で答えてくれた。


「ここプランタン伯爵家のお屋敷は、セリーヌ様の婚約者であるジスラン様のご実家、ルフォール伯爵家にとても近いのです。なので私たちはここで馬車に乗って待機し、ジスラン様の動向を探っている私の護衛たちから連絡が入り次第、ジスラン様の行き先にこっそりと向かうことになります!」


 とても楽しげなマリエット様の説明を聞き、私は安心する。しっかりと護衛の方に相談してくださったようで、良かったわ。

 これならば、大変な事態に陥ることはないでしょう。


「マリエット様、リリアーヌ様、私の問題に付き合わせてしまって申し訳ございません。本日はしっかりと自分の目で、ジスラン様が隠されていることを確認したいと思います。よろしくお願いいたします」


 そう言ったセリーヌ様の瞳には決意が宿っていて、私とマリエット様はしっかりと頷いた。


「真実を確かめましょう!」

「お二人の関係に憂がなくなることを祈っています」


 それからしばらくは三人で談笑して時間が過ぎ、一時間ほどしたところでジスラン様がルフォール伯爵家の屋敷を出たとの連絡が入った。


 そこで私たちの馬車も移動を開始し、追加の報告でジスラン様がある花屋に入ったということが分かり、その近くまで向かうことになった。


「花屋だなんて……」


 そう呟いたセリーヌ様の表情は、とても暗く悲しげだ。


 確かに花を購入するなんて、女性に会う可能性が高いけれど……。


「セ、セリーヌ様へ贈るための花かもしれません」


 私がそう伝えるとセリーヌ様は微笑みを浮かべたけど、それは無理しているのがすぐに分かるものだった。


「あっ、花屋が見えてきました」


 窓の外を覗いていたマリエット様が声を上げる。私とセリーヌ様も覗いてみると、確かに少し離れたところに花屋があった。しかしジスラン様はすでに中にいるのか、姿は窺えない。


「ジスラン様が退店されるまで待ちましょう」

「そうですね……」


 私の言葉にセリーヌ様は心ここに在らずと言った様子で頷くと、心配そうに花屋を見つめている。

 そんなセリーヌ様の様子に私とマリエット様は口を閉じ、静かにジスラン様を待った。


 するとそれから数十分後。店のドアが開き、機嫌が良さそうな一人の男性が出てくる。


「ジスラン様……」


 セリーヌ様がそう呟いたことから、あの方がジスラン様のようだ。

 明るめで癖のある茶髪を、肩に付くぐらいの長さにして後ろで一つにまとめている。とても優しげな風貌の人だ。


 とてもセリーヌ様を裏切るようには見えないけど……。


「お花を持っていませんね」


 マリエット様の言葉で、その事実に気づく。


「確かにこの後女性に会うのでしたら、ここで花を持ち帰るのが自然です」


 そうでないということは、ここには後日受け取る花を注文に来ただけということになる。

 しかしそれならば、セリーヌ様に対して秘密にした理由が分からないわ。


 チラッとセリーヌ様の様子を見てみると、先ほどまでよりは少し表情が明るくなったようだ。今は悲しみというよりも、困惑が勝っているのかもしれない。


「ジスラン様は、何をしているのでしょうか」

「まだ分かりませんね」


 セリーヌ様の呟きにマリエット様が首を傾げながらそう返し、私たちはジスラン様が馬車に乗り込むまでを見送った。


 そしてまたマリエット様の護衛からの報告を待ち、ジスラン様がどこかに寄ったら遅れてそこに向かう――というのを繰り返すこと数回。


 ジスラン様はスイーツ店に寄ったり、茶葉専門店に寄ったり、アクセサリーショップでしばらく過ごしたりして、今は服飾店に入っていた。


 その服飾店は女性のドレスを主に扱っているお店らしく、セリーヌ様は落ち込んでいらっしゃるけど……私の頭にはある可能性が浮かんでいた。


 もしかしてジスラン様、セリーヌ様への贈り物を探されているのではないかしら。


 そう考えると全ての辻褄が合う。サプライズをしたくて、セリーヌ様には隠されているのかもしれない。その隠し方が不自然で、セリーヌ様に疑われてしまったようだけれど……。


「セリーヌ様、誰かと密会しているということはないようですし、ジスラン様にお会いになってはどうでしょうか」


 もしサプライズならダメになってしまうけど、それよりもセリーヌ様の憂を晴らすことの方が大切だと、私はそう提案した。


 するとセリーヌ様は驚いたように瞳を見開いてから、決意を固めた様子でゆっくりと頷かれる。


「……そうですね。ジスラン様に直接聞くのが良いのかもしれません。このまま帰っても、何も解決していませんから」

「確かにそうですね……セリーヌ様が辛くないのであれば、それが良いかもしれません!」


 マリエット様もそう告げたところで、セリーヌ様は意を決した様子で口を開いた。


「馬車から降ります。準備を」


 それからセリーヌ様は緊張の面持ちで馬車を降りると、お一人で服飾店の中に入って行かれた。


「……セリーヌ様、大丈夫でしょうか?」


 マリエット様は心配そうな表情だ。


「多分大丈夫です。お二人で仲良くお店から出てくるのを待ちましょう」

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