第54話 植物園の代表者

 次の日の朝。私はフェルナン様と共に馬車に乗り、皇宮へと向かっていた。今日はさっそく植物園の代表者である方と、話し合いがあるのだ。


「代表者の方とフェルナン様は、お知り合いですか?」

「ああ、昨日は伝え忘れていたのだが、植物園を運営しているのは私の叔父だ」


 フェルナン様の叔父様……それってつまり、皇帝陛下のご兄弟!?


 私が驚いていると、フェルナン様が説明を続けてくださる。


「父上の弟にあたる方で、すでに皇位継承権は放棄している。昔から植物がお好きらしく、私が覚えてる限りではいつも皇宮の庭園にいたような人だ。ご結婚はされていなく、現在は植物園とその隣にある趣味の農園に入り浸っておられるらしい」


 そのような方がいらしたのね……植物がお好きで趣味の農園まで作ってしまうなんて、行動力があるわ。

 私が勉強している中でお名前を聞いたことがなかったのは、王位継承権を放棄し、私と関わりがある可能性は低いと考えられていたからかしら。


「お名前はなんと仰るのですか?」

「レイモン叔父上だ」


 レイモン・ユルティス様ということね。しっかりと覚えておかないと。


「分かりました。ご挨拶させていただきます」

「ああ、そうだな。しかし叔父上はとてもお優しい方だ。あまり緊張する必要はない」


 そう言ったフェルナン様は、何かを考え込むような様子で少しだけ動きを止め……小さく頭を振ると私から視線を逸らしてしまった。


「何か心配事がありますか?」


 気になって聞いてみると、フェルナン様は珍しく口籠る。


「いや、そんなことはない。ないのだが……リリアーヌが叔父上に惹かれないだろうかと、一瞬考えてしまった。すまない」


 それって……私がレイモン様を好きになるってこと!?


「ふふっ」


 そんな可能性が低いことにまで心配してしまうフェルナン様が可愛く思えてしまい、思わず笑みが溢れる。


「リリアーヌを疑っているわけではないのだ。ただこれは私の心が弱いせいで……」


 そう言い訳をするフェルナン様の手を、私はそっと掴んだ。そしてフェルナン様にしっかりと視線を向け、安心してもらおうと笑みを浮かべる。


「大丈夫です。私の心に他の方が入る隙間はありませんから」


 少しだけ恥ずかしく思いつつもそう伝えると、フェルナン様はポカンと固まり、少しして片手で顔を覆ってしまわれた。


「……天然でやっているのか?」


 フェルナン様がボソリとつぶやかれた言葉は、小さすぎて上手く聞こえない。


「なんと仰られましたか?」

「……いや、なんでもない。ありがとう、安心できた」

「それならば良かったです」


 そうしてフェルナン様と話をしていると、すぐに馬車は皇宮に到着した。馬車を降りて皇宮内を進み、植物園に向かう。


 植物園は皇宮の端に広い敷地が確保されていて、その入り口には門があった。今は開け放たれているけれど、多分夜は閉じられるのだろう。

 フェルナン様の後に続いて中に入ると、門から比較的近い場所に大きな建物が建てられていた。


「あの建物で待ち合わせている」

「分かりました。あそこはなんの施設なのでしょうか」

「あそこは研究所だな。植物の効能を調べたり、調薬の一部も行われているらしい。また植物園の職員が泊まるための設備も準備されている。夜に世話が必要なことがあるのだそうだ」


 夜にも世話をしなければならないなんて、植物園で働くのは大変だわ。


 建物の中に入ると小さなカウンターがあり、そこにいた職員の方が私たちを中へと案内してくれた。向かったのは一階の奥にある部屋だ。


「こちらでレイモン様がお待ちです」


 職員の方はそう告げると、部屋のドアをノックする。


「レイモン様、ユティスラート公爵閣下とその婚約者リリアーヌ様がいらっしゃっております」

「どうぞ」


 中から聞こえてきたのは、柔らかくて穏やかな声だった。


 職員の方によってドアが開かれると……そこにいらしたのは、レイモン様ともう一人の男性。レイモン様がソファーに座られて、男性はその後ろに立っていることから、部下や従者のような方かもしれないわ。


「よく来たね。どうぞ座って」

「レイモン叔父上、お久しぶりです。こちら私の婚約者であるリリアーヌです」

「リリアーヌ・フェーヴルと申します。よろしくお願いいたします」

「丁寧にありがとう。私はレイモン・ユルティス。一応皇帝陛下である兄上の弟だけれど、あまり気にせずに接してほしい。よろしくね」


 レイモン様はそう仰ると、親しみの籠った笑みを浮かべてくださる。穏やかで優しい方だと聞いていたけど、予想以上だわ。


 それにあまり陛下とは似ていないかしら……長く伸ばされ後ろで纏められた髪は、綺麗な金髪だ。瞳の色も黒ではなく茶色に見える。


 私たちがソファーに腰掛けると、レイモン様は後ろに立たれた男性のことも紹介してくださった。


「後ろにいるのはルイ。私の助手で、この植物園の副代表だよ」

「ルイと申します。よろしくお願いいたします」


 従者ではなく副代表の方だったのね。家名を名乗らないということは、貴族ではないのかしら。

 ルイさんは濃い色の青髪を短く切り揃えていて、細身だけど筋肉がしっかりと付いているのが分かり、騎士と言われても納得できるような方だ。


「リリアーヌです。よろしくお願いいたします」


 そうして最初の挨拶が終わったところで、レイモン様が少しだけ身を乗り出し、フェルナン様に声を掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る