第55話 薬草の育て方

 フェルナン様に声を掛けるレイモン様の声音は、楽しげに弾んでいる。


「それにしても、フェルナンに婚約者ができて嬉しいよ。まさか私のようにずっと一人でいるのかと思っていたから」

「私もそう思っておりました。しかしリリアーヌと運命的な出会いを果たし、今は幸せです」

「うん、良かったね」


 そう言って微笑むレイモン様は、とても優しげな目元をしていた。

 レイモン様にとってフェルナン様は、大切な家族なのね……私もレイモン様とも親しくなれれば嬉しいわ。


「叔父上はやはり、ご結婚なさらないのですか?」

「私に結婚は向いていないからね……一人の方が気楽で良い。でもフェルナンは一人が良いと言いながら、どこか寂しそうだったから。一緒にいる相手が見つかって良かったよ」


 その言葉に、フェルナン様は僅かに頬を赤く染める。珍しい表情……と思わず横にいるフェルナン様の顔をじっと見つめてしまうと、フェルナン様の大きな手が目元に当てられた。


「……リリアーヌ、そんなに見られると恥ずかしい」

「ふふっ、申し訳ございません」


 そんなやり取りをして正面に視線を戻すと、レイモン様にニコニコと見られていることに気づき、私も少し恥ずかしくなり居住まいを正した。


「そうだ、リリアーヌ。君の出身である王国の植生について、教えてもらうことはできるかい? 珍しい植物だったり、帝国にはない植物が思い当たれば教えて欲しいんだ」


 私にそう問いかけたレイモン様の瞳は、楽しげに輝いている。


 レイモン様のお役に立ちたいけど……王国独自の植物なんてあったかしら。


「あっ、そう言えば王国ではよく見た雑草が、帝国ではまだ一度も目にしていないかもしれません」

「おおっ、やはりそういうものがあるのだね。ぜひ教えて欲しい」

「かしこまりました」


 それからはレイモン様に促されるまま植物の特徴などを話して、私の緊張も解れたところで、フェルナン様がソファーの背もたれから体を起こされた。


「……このまま私もここにいたいところだが、どうしてもこの後に外せない仕事が入っているため、そろそろ行かなければならない」


 眉を下げて心配そうな表情でそう告げたフェルナン様に、私は少しでも安心してもらおうと笑みを浮かべる。


「かしこまりました。私は一人でも大丈夫です。お仕事、無理せずに頑張ってください」


 そう伝えると、フェルナン様はまだ悩んでる様子ながらも、笑みを浮かべてくれた。


「……分かった。必ず帰る時には誰かに伝言を頼み、アガットにここまで迎えにきてもらうように。皇宮内では護衛や従者を伴わないのが一般的とは言え、この前の事件があったのだ。護衛を迎えに呼ぶぐらい構わないだろう」

「かしこまりました。そのようにします」


 すぐに頷くと、フェルナン様は後ろ髪引かれる様子ながらも、レイモン様とルイさんに挨拶をして部屋を出て行った。


 そんなフェルナン様を見送ると、レイモン様が楽しそうな笑いを溢す。


「フェルナンは本当に君のことが好きみたいだ」

「……恥ずかしいのですが、嬉しいです」


 頬が赤くなるのを感じながら答えると、レイモン様は表情を少しだけ真剣なものに変えて、私にまっすぐ視線を向けてくれた。


「リリアーヌ、フェルナンのことをよろしくね」

「はい」


 そうして話に一区切りがついたところで、レイモン様はルイさんを自分の隣に呼んだ。


「ルイも座った方が話しやすいから、ここへ」

「かしこまりました」


 ルイさんがソファーに腰掛けたところで、改めてレイモン様が口を開く。


「ではさっそく本題に入ろうか。あの薬草は、本当に素晴らしい効果だったよ。どのように育てたのか聞いても良いかい?」

「もちろんです。ただ私もお試しという気持ちで育てたものですので、光魔法を使って自然治癒促進の効果がある光を薬草に浴びせただけなんです」


 そう説明すると、レイモン様とルイさんは同じように顎に手を当てて考え込む。


「他の条件、例えば肥料だったり太陽光、水やりの頻度などは、何か特殊なものにしたかな?」

「いえ、通常の薬草を育てるのと変えていないと思います。中心となって育ててくれたのはうちの庭師のバティですので、話を聞かれますか?」

「そうだね。今度ここに来てもらいたいな」

「かしこまりました」


 バティ、仕事を増やしてしまってごめんなさい。


 私はバティのニコニコとした安心する笑顔を思い浮かべ、心の中で謝った。今度何かお礼を渡しましょう。


「レイモン様、まずは様々な条件下で光魔法の光を当てた薬草を育て、治癒効果の変化を検証したいですね」


 ルイさんの言葉に、レイモン様はすぐに頷いた。


「そうだね。ただ肝心の光魔法を使えるかどうか。使えたとしてもリリアーヌと同じ効果が出せるのか、また何人も光魔法を使える人材を確保できるのかも問題だよ」

「さすがにレイモン様お一人では難しいですよね……俺は水属性ですし」

「レイモン様は光属性なのですか?」


 お二人の話を聞いて問いかけると、レイモン様は笑顔でこちらに視線を向けてくださった。


「そうなんだ。ただ話に聞いている限り、リリアーヌほどには使いこなせない。さっき言っていた自然治癒効果のある光というのは、誰にでも出せるものなのかい?」


 誰にでも…というのは難しいかしら。ただコツを掴めばできるようになるはずだわ。


「やり方を伝えさせていただきますね。そこまで難易度が高いものではないと思います」

「それは朗報だね。では私がその光を出せるようになったら、まずは小規模から薬草を育ててみよう。リリアーヌの光との差も検証したいのだけど、構わないかい?」

「もちろん協力させていただきます」

「ありがとう。じゃあルイ、薬草栽培のために一画を空けられるかい? そこに様々な条件を作り出して欲しい」


 完全な暗所、数時間だけ太陽光を当てる場所、気温、土の質、肥料の種類、薬草の種類、水やりの頻度、光魔法の光を当てる時間……などたくさんの条件をレイモン様が挙げていき、それをルイさんがメモしていった。


 聞いているだけでとても大変そうな条件の数々だったけど、メモをするルイさんは楽しそうだ。


 レイモン様もルイさんも、このお仕事が本当に好きなのね。

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