第53話 驚きの連続

 セリーヌ様、マリエット様とお茶会をした日から数日後。昼食後に屋敷の私室で帝国に関しての書物を読んでいると、突然フェルナン様が帰宅されたという連絡が入った。


「フェルナン様が?」


 こんな時間にご帰宅なんて、何かあったのかしら。


「エメ、クラリス、すぐ出迎えに行きます。支度を」

「かしこまりました」

「お任せください」


 勉強しやすいように、ゆったりとした部屋着に着替えていたので、二人に指示を出してすぐに簡易のドレスに着替えた。


 そしてフェルナン様がお待ちだという応接室に向かうと……そこには真剣な表情のフェルナン様がいらっしゃった。


「フェルナン様、出迎えが遅れて申し訳ございません」

「いや、構わない。私が突然帰ってきたのだからな」


 フェルナン様の向かいのソファーに腰掛けると、まっすぐに瞳を射抜かれた。


「何か問題でも発生したのですか? 私に関わることでしょうか」


 緊張しつつ問いかけると、フェルナン様は従者のジョスに指示を出し、一本の瓶をテーブルに置く。それは手のひらに収まる程度の小さなもので、中に入った液体は透明な緑だった。


「これは……治癒薬でしょうか」

「そうだ。少し前にリリアーヌから受け取っていた、光魔法の光で育てたという薬草を使った治癒薬だ」

「あの薬草から! 無事に治癒薬となったのですね」


 とりあえず失敗はしてないようだと、私は安心して頬を緩める。


 ジョスがとても良い薬草に育ったと言ってくれたけれど、やはり新しい試みだったので、心配していたのだ。


「それが、無事に治癒薬にはなったのだが……」


 そこで言葉を途切れさせたフェルナン様を不思議に思って治癒薬から視線を上げると、その表情は困惑が露わになったものだった。


「何か問題でも発生したのでしょうか」

「いや、問題というよりも……あまりにも優秀すぎるそうなんだ」


 優秀すぎる。それは、効果が上がったということかしら。


 私は目的通りの効果が現れたかもしれない可能性に、自然と口角が上がり、前のめりになってしまった。


「どのぐらい治癒効果が向上したのでしょうか!」

「調薬を頼んだ皇宮の薬師によると……今まで治癒薬では治癒不可能だった重症も治ったそうだ。また何本もの治癒薬を数日かけて使用しないと治らなかった傷は、一瞬で完治したと……」


 ――え?


 私はあまりの効果に思わず固まってしまった。効果を向上させたいとは思っていたけれど、まさか最初の試作でここまでの効果上昇を達成できるなんて……


「信じられません」


 思わずそう呟くと、フェルナン様も頷かれた。


「私もそう思った。先ほど話を聞いたのだが、今でも半信半疑だ。しかし薬師はとても興奮していて、治癒薬を試した騎士も効果を語ってくれた」


 では、本当にそのような素晴らしい薬草を作ることができたのね……


 だんだんと実感が湧いてきて嬉しさを噛み締めていると、フェルナン様が居住まいを正す。


「それでここからが本題なのだが、あの薬草を皇宮内の植物園で栽培することになった。さらにリリアーヌには、研究として栽培方法を発表してほしいとのことだ」

「研究として発表、ですか?」


 私は研究者ではないのに良いのだろうか。確かにアドリアン様の婚約者だった影響で、教育だけはしっかりと受けてきたけれど……


「そうだ。リリアーヌの名で発表して欲しいと。そして植物園での栽培にも助力を願いたいとのことだった」


 そこまでを告げたフェルナン様は、心配そうな表情で口を開かれた。


「……リリアーヌは帝国に早く馴染もうと、毎日勉学に励んでくれているだろう? そこに研究と植物園の手伝いという仕事が加わったら、辛くはないだろうか」


 私の体調を心配して、フェルナン様は神妙な顔つきをしていたのね。


 そのことが嬉しくて思わず頬を緩めてしまいながら、私は口を開いた。


「私ならば大丈夫です。皆のおかげで毎日楽しく余裕を持って過ごせています。ぜひ研究発表と植物園のお手伝い、やらせてください」


 これをすれば私個人の、帝国での実績になる。そうすればフェルナン様の隣にいる存在として、少しは相応しくなれるかもしれない。


 そう考えた私は、やる気を燃やして拳を握りしめた。


「この国のためにも頑張ります」


 その答えを聞いたフェルナン様は、ふっと表情を柔らかくする。


「分かった。効果の高い治癒薬があれば、多くの騎士たちが救われるだろう。リリアーヌ、よろしく頼む」


 そうして私の日々の予定に、薬草栽培の研究論文作成と、植物園での手伝いが加わった。

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