第52話 セリーヌの悩み

 私とマリエット様の返答を聞いて、セリーヌ様は何かを決意した様子で口を開いた。


「私には婚約者がいるのですが……その婚約者が、最近少しおかしいのです」


 そう言ったセリーヌ様の表情は悲しげに沈んでいて、私はこの相談は重要な事柄かもしれないと、真剣に話を聞く体勢になった。


 マリエット様もそう考えたのか、椅子に座り直して真剣な表情を浮かべる。


「確かセリーヌ様の婚約者は、ルフォール伯爵家の方でしたね」


 マリエット様の問いかけに、セリーヌ様はゆっくりと頷いた。


「はい。名をジスランと言い、伯爵家の嫡男です。私とジスランは幼い頃からよく遊んでいた幼馴染で、十歳の頃に婚約しました。それからずっと良好な関係を保てていると思っていたのですが……最近のジスランは、何かを隠しているようで」


 幼い頃からの婚約者が、大人になってから様子がおかしい。そんな話に、私は思わずアドリアン殿下のことを思い出してしまった。


 ……婚約者には良い思い出がなくて、つい悪い方向に考えてしまうわ。


 私は頭を横に振って、アドリアン殿下の記憶を振り払う。そしてセリーヌ様に質問をした。


「その婚約者、ジスラン様は具体的にどのような様子なのでしょうか」

「そうですね……話をしていると突然言い淀んだり、視線が宙を泳いでいたり、そんなことが何度かありました。そして前回会った時に、最近流行りのレストランへ行こうと誘ったのです。しかしその日は予定があるからと、断られてしまい……」


 そこで言葉を途切れさせたセリーヌ様に、マリエット様が首を傾げて問いかける。


「お仕事があるのではないですか?」

「いえ、それならばいつも教えてくださいます。しかしあの時は、その日に何があるのかを教えてもらえず、明らかに何かを隠しているようで……ジスランは、嘘が下手なんです」


 そう呟いたセリーヌ様は愛おしそうな笑みを浮かべ、しかしすぐにその表情を曇らせてしまった。


 優しくて素敵なセリーヌ様を悲しませるなんて……ジスラン様、許しませんわ。私は会ったことがないジスラン様を脳内でぼんやりと思い浮かべ、拳をグッと握りしめた。


「セリーヌ様、その断られた日とはいつですか?」


 マリエット様の問いかけに、セリーヌ様は記憶を探るようにして答えた。


「ちょうど本日から一週間後です」

「それならちょうど良いわ」


 マリエット様は楽しげな表情でそう言うと、拳を握りしめ、椅子から立ち上がりながら宣言した。


「セリーヌ様、その日にジスラン様を尾行しましょう!」


 その言葉に私は少し驚いたけど、すぐに頷いて同意を示す。


「それは良いですね。私も賛成ですわ」

「……尾行、ですか? マリエット様はともかく、リリアーヌ様も賛同されるなんて」


 困惑を露わにしたセリーヌ様に、私は自分の変化に気づく。


 確かに以前の私なら、尾行なんて大胆な作戦に賛同することはできなかった。でも今は……自ら動くことが怖くない。大切な友人のために力を貸したいと思っている。


 ――フェルナン様のおかげだわ。


「セリーヌ様に笑顔を取り戻してほしいのです。……もしかしたら、嫌な場面に遭遇してしまうかもしれませんが」


 考えたくないけれど、ジスラン様がセリーヌ様を裏切っている場合を考えて眉を下げると、セリーヌ様は少しだけ悩んでから、まっすぐ顔を上げた。


「お二人とも、私のためにありがとうございます。私は結果がどうなるとしても……真実を知りたいです」


 決意を固めた表情でそう言ったセリーヌ様に、マリエット様が笑顔で口を開く。


「では作戦を立てましょう!」

「はい。尾行というのは、どのようにするのでしょうか」


 セリーヌ様は少し気持ちが明るくなったのか、僅かな微笑みを浮かべてそう聞いた。するとマリエット様が、自信ありげに口角を上げる。


「私に任せてください。実は騎士物語が好きで、その中に騎士が犯人を尾行する場面があるんです。そこでやり方はバッチリ学んであります」


 騎士物語で尾行のやり方を……マリエット様の言葉に少し不安を覚えたけれど、私も尾行のやり方なんて全く分からなかったので、マリエット様にお任せすることにした。


「そのジスラン様が隠れて出かける日は、どこに行くのか聞きましたか?」

「いえ、はぐらかされてしまい……」

「ではお屋敷から尾行をする必要がありますね。ジスラン様は馬車でしょうか」

「馬車だと思います。あの人は真面目な方ですから、他家からの見え方などを考え、必ず馬車に乗られます」

「では私たちも馬車で尾行ですね」


 貴族家の馬車をバレずに尾行することなんてできるのかしら……馬車は大きくて目立ってしまうし、伯爵家ならば護衛の数も少なくないはず。


「マリエット様、私たちだけではなく、プロに相談するべきではないでしょうか。例えば私たちの護衛などに……」

 

 そう提案すると、マリエット様は気分を害された様子もなくすぐに頷いた。


「確かにそうですね。さすがお義姉様、そのようにいたします! では私の護衛に相談するので良いですか?」


 その問いかけに私とセリーヌ様が頷いたところで、尾行に関してはマリエット様の護衛の方に任せるということになった。


 これでセリーヌ様の憂が晴れたら良いけれど……。

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