第51話 検証の終わりとお茶会

 先ほどまでラウフレイ様がいらっしゃった場所をしばらくじっと見つめ続け、誰も言葉を発さないまま時間が過ぎていき――


 口火を切ったのはノエルさんだった。


「聖獣様とは、あんなにも神々しい存在なのですね」


 いつでも元気なノエルさんにしてはとても落ち着いた声音で、ポツリと呟く。するとそれに続いて、リュシーさんも未だ衝撃から抜け入れていないような様子で、口を開いた。


「身動きすることも、おこがましいと感じました……」

「分かるよ、分かる。というか……」


 そこで言葉を切ったノエルさんが、ゆっくりと私とフェルナン様に視線を向けた。


「お二人は凄いものをもらってませんでしたか?」


 その言葉に私とフェルナン様は顔を見合わせ、それぞれの手のひらの上に載った爪と髭を見つめる。


「さすがの私でも、かなりの衝撃を受けている」


 フェルナン様のその言葉に、私はこの手の中のものがどれほど希少なのかと、改めて実感することになった。


「これって、値がつけられないほどに希少ですよね」

「ああ、価値を決められるはずもない。持っているのはほぼ確実に、私とリリアーヌだけだ。身に付けているだけで命の危機から救われるなど、その効果が知られれば、大金を積んで欲しがる者がどれほど現れるか」


 帝国内だけでなく他国からも購入希望者が殺到し、さらには強硬手段に出る人もいるだろうと一瞬にして脳内に殺伐とした光景が思い浮かび、私は自分の顔色が悪くなるのを感じながら、慌てて口を開いた。


「こ、このことは秘密にいたしましょう。この場にいる四人だけの」


 その言葉に三人は、神妙な面持ちで頷いてくれる。


「それが一番だな」

「私たちは絶対に口にしません。ですよね、師長?」

「もちろんだよ。さすがの僕でもこの秘密を漏らしたりはしない」


 そうして私たち四人は秘密を守ることを誓い合った。


「加工はどうしますか? さすがに自分で加工は難しいと思うのですが」

「そうだな……加工せず身に付けられるようにしよう。お揃いでロケットペンダントを作成し、その中にそれぞれ爪と髭を入れておくのはどうだろう」

「それは素敵です」


 ロケットペンダントは大切な人の写真などを入れておく人が多いけれど、それ以外のものを入れることも珍しくはないはずだ。


「どのような形にするのか、一緒に考えませんか?」


 お揃いのペンダントというのが嬉しくて笑顔でそう尋ねると、フェルナン様も頬を緩めて頷いてくださった。


「そうだな。今度信頼できる装飾店を呼ぼう」

「楽しみです」


 そうして私たちが雰囲気を和らげて話をしていると、ノエルさんとリュシーさんも緊張が抜けたのか、肩の力を抜いて表情を柔らかくした。


 ノエルさんがいつもの調子を取り戻して宙にふわっと浮かぶと、楽しそうな笑みを浮かべる。


「じゃあ、検証の続きをやっちゃいましょうか」

「そうですね」


 それからの私たちは、気を取り直して検証を行った。


 それによって転移する場所は安全が確保されたところに自動で決定されること、一回の転移による魔力の消費量は重傷程度の怪我を治すのと同じぐらいであること、また魔力がある限り連続発動が可能であること、などが明らかになった。


 何度も魔法を使ったことで少し疲れたけれど、たくさんの結果が得られて安心だ。


「今日の検証は終わりにしよう。もう時間も遅いし、リリアーヌにもこれ以上は負担だ」


 フェルナン様のその言葉で、検証を終わりにすることになった。


「確かにそうですね。リリアーヌ様、たくさんのご協力、ありがとうございます!」

「いえ、こちらこそ検証の手助けをしてくださり、ありがとうございました」


 そうして笑顔で挨拶をしてから魔術師棟を後にして、一回目の検証は無事に終わりとなった。



 空間属性の検証をしてから数日後の昼間。私はユティスラート公爵家の庭園にある東屋にて、お茶会をしていた。主催は私で、参加してくださったのはフェルナン様の妹であり皇女殿下であるマリエット様と、侯爵家のご令嬢であるセリーヌ様だ。


「マリエット様、セリーヌ様、本日は足をお運びくださって、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ主催してくださりありがとうございます! お義姉様ともっと仲良くなりたいと思っていました」


 そう言って明るい笑みを浮かべるマリエット様は、本当に可愛らしい。

 少しだけフェルナン様の面影があるわ。


「そう言っていただけて嬉しいです」

「私も招待してくださり、とても嬉しく思っております」


 セリーヌ様はそう告げると、ふんわりとした柔らかい笑みを浮かべた。


 セリーヌ様は、皇妃殿下であるヴィクトワール様が皇宮で開いてくださったお茶会に参加していた方だ。

 そのお茶会では深く交流ができなかったけれど、私の失踪をとても心配してくださったようで、私が落ち着いてからユティスラート公爵邸へとお見舞いに来てくださった。


 そこで少し仲良くなることができ、今回はセリーヌ様とマリエット様がよくお茶会をする仲だと知り、お二人を招待させていただいたのだ。


 セリーヌ様は穏やかで優しくて、私ととても波長が合うから、もっと仲良くなれたら嬉しいのだけど。


「本日はたくさんのことをお話しいたしましょう」


 私のその言葉にお二人は笑顔で頷いてくださり、お茶会はとても良い雰囲気で始まった。


 まずは最近の流行であるドレスや装飾品の話で盛り上がり、さらに本日用意されたお茶といくつかのスイーツを楽しみながら、最近帝都で人気がある菓子店に話は移る。


 そこから日中の過ごし方や趣味などを話し、全員が同じタイミングでお茶を口に運んだところで、少しの沈黙が場を満たした。


 もう二時間ほどは話していたのかしら……こんなに楽しいお茶会は初めてだわ。


 そんなことを考えていると、ティーカップをそっと置いたセリーヌ様が、少しだけ躊躇いながら口を開いた。

 先ほどまでよりも小さな声で、私たちに顔を近づけるように、少し体も前のめりになっている。


「マリエット様、リリアーヌ様、少しご相談があるのですが……お話ししてもよろしいでしょうか」


 その言葉に私とマリエット様は顔を見合わせ、セリーヌ様に視線を戻すと同時に頷いた。


「もちろんです!」

「何でもお話しください」







〜あとがき〜

月刊プリンセス5月号が発売されており、可憐令嬢のコミカライズ第2話も掲載されています!

小説と合わせてコミカライズでも本作を楽しんでいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします!

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